第5話(最終話)

 わたしと篠田は、少し離れた場所にある携帯ショップへの道を歩いていた。


「突然、連絡してごめんね」

「いや、こっちとしてもいいタイミングだったよ。ちょうど、買い換えたいと思っていたんだ。しかし、お互い、高校卒業以来ずっと同じ機種を使っているなんて、物もちがいいな」

「まさか、携帯電話が壊れる前に、お店がなくなるとは思わなかったわ」

 携帯の調子が悪くなってきたので買い替えにつきあって。わたしがそう頼むと、篠田も新しい機種に変えようと考えていたと言われた。タイミングが良かった。

 しかし、なんたることか、以前篠田と行った販売店は既に閉店していた。そのため、わたしたちは少し遠くにある店まで、行かなくてはならなかった。

 そして、この機会に、携帯を自分の名義で契約しなおすことにした。

 携帯の解約に必要な書類は、事前に調べ揃えておいた。


 休日ということもあり、携帯ショップは混んでいた。わたしたちは受付の番号札を取ると、新しい機種の携帯電話を見始めた。

 ずらりと並んだ携帯は、わたしたちが持つものより薄く、画面は広く、全体としてはスマートになっていた。


「デザインとか、機能とか、こんなのが欲しいとかあるの?」


 篠田の以前と同じ問いに「電話、メール、写真かなぁ」と、答える。

 携帯は進化しているのに、わたしの使い方に進歩はない。 

 篠田は、少し考えるような顔をすると、壁にかかっていた携帯を手に取った。


「俺は、これにしようかと思う」


 篠田の手には、以前とよく似たスカイブルーの携帯があった。わたしは、前回も篠田と同じものにして間違いがなかったから、今回もそうすることを伝えた。


「これは、海外にも繋がるから」

 篠田がぽつりと言う。

「……海外」

「うん。海外」

 あぁ、やっぱり、という思いで頭が一杯になった。

 やっぱり、篠田は遠くに行ってしまう。

 ――やっぱり、やっぱり。

 そう、覚悟していたはずなのに、どこかで、そのやっぱりが否定されることをわたしは望んでいた。

 そして、人でにぎわう携帯ショップの店内で、わたしは不覚にも泣いてしまったのだ。


 今までだって、約束して会うなんてことはしてこなかったのに。

 なのに、海外って単語で涙を流してしまうわたしはずるい。

 でも、会わなくても、話しをしなくても。

 嬉しいことを真っ先に知らせる相手、それが篠田だったのだ。

 会わないのに、話さないのに、それでもそばにいて欲しい相手。

 それが篠田だったのだ。


 篠田は少し体を屈め、わたしの顔を覗きこんできた。

「これからもメール、待っているから」 

 声もなく、わたしは頷いた。

 篠田の手がぽんと、わたしの頭にのる。


 その様子は、どう贔屓目に見ても、迷子になった子どもに大人が「どうしたの?」と聞くようなもので、同学年女子相手への態度には思えない。

 けれど、篠田にとってのわたしは、そうなんだろうなと思った。

 近所の、機械オンチの女の子。


「本当に、待っているから」


 まっすぐな篠田の言葉に、わたしはなんども頷いた。

 せめて笑顔を見せようと頑張ったけれど、それが報われたかどうかは篠田にしかわからない。




 




 そして、またまた月日は流れ。

 わたしはサラダに加え、料理も作るようになった。

 まずは、オムライス。白いお皿に、ふっくら黄色いたまごとその上にかかった赤いケチャップの三色が美しい、昔ながらの一品だ。

 最近では、サラリーマンさんだけじゃなくて、若いOLさんも多く来てくれるようになった。


 大人になった幼なじみの面々も、自分たちが稼いだお金で食べに来てくれた。


 洋食屋の二代目が女性だってことは珍しいようで、タウン誌やこの間なんてグルメ雑誌の取材まで来たのには驚いた。


 経験は、自信を生む。


 きっと遠い空の下の篠田も、そうした日々を過ごしているのだと思った。





 閉店後に、余った材料で作ったオムライスを携帯で撮り、海外にいる篠田に送った。


 ――「食いたい」


 しばらくすると、そんなメールが返ってきた。

 篠田は海外に行ってから、写真だけでなく文字も送ってくるようになった。

 そんな篠田にならい、ちょっとした一言を、わたしもなんとか綴れるようになっていった。


 わたしたちの間に、交わす言葉が生まれた。


 だから、変な話だけど、以前よりも篠田のことを近く感じた。






 さらに日々は過ぎ、わたしは店の多くの料理を任されるようになった。

 ある日、朝からの雨を心配しながらランチの看板を表に出したわたしは、晴れ上がった空を見上げ、急いで店内に戻った。

 そして、携帯を持ち、空に向けて夢中でシャッターボタンを押した。


 その晩、篠田からメールが届いた。   


 ――「帰国します。オムライス、食わせて」


 わたしは今日撮った、とっておきの写真を篠田に送った。

 

 雨上がりの空にかかる虹。


 その写真に、わたしはありったけの気持ちを込めた「待ってるよ」の言葉を添えた。


                                

                                

                    

                               (おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

茜色の空と雨上がりの虹と 仲町鹿乃子 @nakamachikanoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説