第38話 新しい風

先程から俺の胸に顔を埋め、「撫でて撫でて」と言わんばかりに頭をぐりぐりと押し付けて甘えてくる女の子、小枝ちゃん。


ついさっき、成り行きで俺のペットとなってしまった子だ。


彼女は長く患ったトラウマが原因で、16歳にして既に人生諦めモードだった。


そこに偶然、俺という依存先を見つけた彼女は、これ幸いとばかりに人生丸投げモードへと移行しようと画策した。


先程、独白のような語り口調で俺にそれを訴えてきたのだ。


それを受け、『人生とはこれ即ち冒険である』を信条としている俺は、停滞と不変をポリシーとしているような彼女は正に正反対の存在だし、その姿勢もただ甘えているだけのように見えてさっそく興味を失ってしまった。


だってそうだろ?

これまで俺は何度も何度も拒絶され、数え切れないほどの罵声を浴び、いつも白い目で見られるし、時には親や人格までも否定された。

そんな中で、俺は何度も泣きじゃくりながらも、必死に歯を食いしばって今まで何とかクエストをこなしてきたんだから。


まぁ、俺はエリマリの親になりたくて、好きで苦労してきただけだから、いくら甘えているように見えたからと言って小枝ちゃんを否定する訳じゃないけど。


ただ、辛いからといって、ただ逃げて、殻に閉じ籠もり、身を委ねて満足しようとするような生き方は、俺からすれば面白くはなかったんだ。


だけどね…

彼女に興味を失うと同時に、丸投げをする対象が俺、という状況は『悪くないな』と、感じてもいた。


だって、彼女は俺が経済的に余裕がある事を知らないはずで、それなのに俺を頼るということは、俺の将来さえも疑わずに信じてくれているってことだと思うから。


それが地味にね、嬉しかったんだ。


だから彼女の独白を聞いた時点では、面白みのない女と断定しここで見捨てるのか、それとも要望に応えて一生彼女を囲うのか、俺の目の前には二つの選択肢があった。


そんな状態の中、俺が出した答えは、そのどちらでもなく『育てる』だった。


この甘えん坊の子猫ちゃんを、どうにか俺好みの女に変える事が出来ないかなぁ……というただの興味が先行した結果だ。


故に、半ば強制的にペットになれ、と提案。

下手すりゃ人権擁護団体と、動物愛護団体を一気に敵に回すような危険な提案だ、バレたらまずい。


そもそも、この提案はもはや自分が変わる事を望んでいない彼女からすればただの迷惑だし、ペット扱いとかお嬢様的にどーなのそれ、と思うような提案なはずなのに、彼女は喜んでそれを受諾した。


恋は盲目ってやつなのか、それともただの変人だからなのかはよく分からないけれど、とにかく彼女は先程俺のペットとなったのだ。


そして今、新たに名前を付けようか、俺のことはボスとでも呼ばせようか、そんな事を考えながら、「お手」とか「お返事」とかを教えている。


ちなみにお返事は「にゃっ♡」だ。

ちっちゃい「つ」がポイントだ。

それが可愛く言える度、俺はヨシヨシっと頭を撫でていたのだ。


そんな事をしているうちに、俺はまた『ついつい』調子に乗り始めてしまったのかもしれない。



「ペットなのに服着てるのって、変だよね?」



そんな事を口走っていたよ。


いやね、さすがに今回は言った後に『あ、これは違うよね』と気がついたけれど、彼女が「さすがにそれは…」とか言うもんだから、ペットの分際で口答えすんなよってね、思ったんです。

直接は言わなかったけど、内心イライラしちゃったんです。


昔見た映画でね、学校の心理学の実験で生徒を看守役と囚人役に分けると、看守役は自然と囚人役に横暴な態度を取る結果になる…ってやつがあったけど、今思うとさっきの俺はまさにそれだったね。



「そこの壁際に立って、ゆっくりスカートたくし上げて」



困惑する彼女なんてお構いなし、てな勢いでそんな事を言っていたよね。


そんな折、リンが松葉杖ダッシュをしながらやってきた。

これから!って時なのに、なんて空気が読めないんだコイツは…と呆れていたけれど、とりあえず、並べてみた。

この時の俺は、たぶん無敵だった。

すると、率先して意気揚々とスカートをたくし上げるリンを見て、小枝ちゃんは突然「にゃっ♡ にゃっ♡」と言いながらスカートを手繰りだしたのだ。

まるで「こっちを見ろ!」と言わんばかりに。


これも何か心理学的な作用が働いた結果なのだろうか?


そして何故リンはこの異常な状況に着いてこれているのだろうか。


まぁこの時の俺はそんな事を考えられるほど、頭に血が回っていなかった訳だけど。

その血液が一体どこに巡っていたのかって?

そんなの、言わずもがな、ですよ。


そして少しの間ではあるが、この場にいた三人それぞれが心理学の操り人形と化していた。



「響っ!!何してんのー!!」



そんな涼の怒声によって、目が覚めることになるまで。


まぁー怒られましたね。

いくら「洗脳状態だった」と弁明をしてもムダでした。

三回ほど、頬を叩かれました。



「エリナの分、真理の分、そしてこれが、ボクの分だー!」



と。


ヒリヒリと痛む左頬を手で押さえ、ビービーと泣きながら謝罪と弁明を繰り返す俺。


その横で虎視眈々と逃げ出す隙を狙っているリン。


泣いている俺にピトッとくっつき、飼い主を守ろうとする忠猫な小枝ちゃん。


そんな小枝ちゃんにしきりに「お手」とか命令を出すエリナは上下関係をハッキリさせようと必死だ。


真理は小枝ちゃん以上に猫になろうとしているのか、俺の涙を舐め取ろうと執拗に顔を近づけてくる。


そんな状況に頭を抱えた涼は「ペットは認める。だけど性的な命令は今後一切禁止。そういうのは全部、ボクがやる」と、何やら使命感を帯びた目でそう言っていた。



「私は命令されてなくてもやるけどね!」



涼の呆れと諦めにより、なんとか場が収まったと思った矢先にリンがそう笑顔で言い放つ。


また場が荒れる。


ほんと、いつもの光景。


ただ、涼達が来てからまた一切話さなくなった小枝ちゃんが、その光景を見ながら楽しそうにケラケラと笑っていた。


なんか、俺達の間に新しい風が吹いた。

そんな気がした。

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