第35話 敵情視察 ①

(あっ…動いた)



私の所属するスポーツクラスは、一般クラスと比べて授業数が少ない。

概ね授業は午前中だけで、昼食後は各々の部活動に専念する体制となっている。


今は昼休みが終わり、丁度5時間目が始まった頃合い。

いつもであればこの時間は私も部室に向かっている筈なのだけれど、生憎私は故障中の身なので午後はフリー状態。

すぐに帰ってもいいのだけれど、私は響ちゃんの帰宅時間に合わせられるように毎日居残っている。

だって、今の私にとっての学校は響ちゃんに会うためだけの場所だから。

彼が帰る時間になるまでは部活で記録係をして過ごしてみたり、図書室で読書をしてみたり、自由に過ごしつつも時間を持て余しながら待っている訳だ。

今日も特にすることが無いので、一人寂しく教室でネットサーフィンをしながら時間を潰していた。


話は変わるが、最近の私の趣味の一つにGPSで響ちゃんの居場所を把握する、というものがある。

一時間に何回かの頻度で確認するのがもはや日課で、たとえ響ちゃんが学校に居て、特に動きが無いと分かってはいても、ついつい何度もチェックしてしまうのだ。

居場所を確認するだけで、なんか落ち着くからね。


今日で響ちゃんが家からいなくなってから約二週間。

未だに自宅に彼がいない状況には慣れないし、話すこと自体が少なくなったこの状況にも慣れない。

端的に言えば、私はいつも寂しさと虚しさを感じながら日々を過ごしている。


彼がそこにいる。

それを確認するだけで、それが少し紛れる。

今ではこのGPSが、一種の精神安定剤となっているのだ。


そんなGPSに先程動きがあった。

彼の時間割的には教室移動って訳でもない筈なのに。

だから早退かな?とも思ったけれど、彼は校外には向かわず、校舎の外をぐるりと周るようにして動いていた。

その動きが中庭あたりで止まった。

たしかこの辺は響ちゃんの花壇があるところだ。

何してるの?と、すぐにメッセージや電話で確認しようと手が動いたけれど、おそらく授業をサボって日向ぼっこでもする算段なのだと思い至り手を止めた。

自ら育てた花々を眺めながら、ベンチでのんびりとしている響ちゃんの姿が目に浮かぶ。

まるでおじいちゃんみたいな響ちゃん。

考えただけで、ニヨニヨしちゃう。

よし、いい機会だから私も一緒にのんびりしよう。

私は売店で二人分のジュースとお菓子を購入し、ルンルン気分で響ちゃんの元へと向かった。



……えっと、あの子誰だっけ…


私が中庭付近に辿り着いた時、視線の先のベンチには響ちゃんの他にもう一人、女の子が座っていた。

会話は無く、特別仲が良さげって訳でもないのだけれど、二人の距離は近く、女の子はスマホをいじる響ちゃんにチラチラと視線を向けては薄く笑みを浮かべていた。


私や涼達以外で、あの距離で女子と二人でいる響ちゃんを見るのは初めてな気がする。


(どうして……)


気づけば私は来た道を引き返していた。


動揺していたのだ。

明らかに響ちゃんに気がある女子が彼の側にいた。

彼の女性関係に関して、涼達以外を想定すらしていなかった私は半ばパニック状態になってしまったのだ。

引き返す道を歩きながら、どうにか心を落ち着かせようと状況を整理する。



(そっか……彼を世に解き放ってしまったからだ…)



今更ながら、私はその事に気づき、戦慄した。


今なら分かることだけど、今まではあのチャンネルのおかげで彼に変な虫が寄って来なかっただけだったんだ。


いくら私が低スペックであれ、私に一途な彼の姿を世間は見ていたから、彼に憧れはすれど、けして恋愛対象には結びつかなかったんだ。


でも、私が彼を捨て、彼を世に解き放ってしまったことで状況が変わった。


今では私なんかよりも遥かにスペックの高い涼達が恋人として認知はされているけれど、複数人と交際している、その事実が付け入る隙となってしまった。


だって、かく言う私もその隙を狙う一人なんだから。


今の今まで、チャンスは誰にでも平等だってことに気づきもしなかった。

未だに私はどこかで彼の特別であるとおごり、世間をナメていたのだと思い知った。


彼は私をライバルだと言ってくれた。

でも、私にとってのライバルは何も彼だけじゃなかった。

彼を狙う数多の女性達全てが、すなわち私のライバルだったのだ。

しかも、一度裏切り、先日バッサリと振られた私なんて、出遅れどころか周回遅れに等しいのに……



(バカだバカだバカだバカだバカだ!)



どうして私はこんな簡単な事にも気づけないの?!

どこまでバカなのよ私は!!

いくら振られて落ち込んでいたからといって、もっと接点を持てるように、彼をなんとしても家に繋ぎとめておくべきだった!!

もっと必死に縋りつくべきだった!!

また間違えた!!

あぁーーーーーーーーーーっ!!

もう嫌っ!!



自分に対する激しい憤りと後悔のさなか、私は目的の場所へと到着した。


ここは響ちゃんの座るベンチの真後ろに位置する廊下だ。

ベンチまでの距離はざっと2m。

耳を澄ませば声も聞こえてくる距離だ。

おあつらえむきにここだけ窓にスダレが掛かっており、外からは中が見えづらく、内側からは外がよく見える状況。

二人に気付かれないように静かに窓を開け、しゃがむ時に痛む足を我慢して床に座り、窓に目から上だけ出して覗き込む。


どうやら私は間違える女。

今だって、もしかしたら乗り込んでいくのが正解なのかもしれない。

だけど、私は知りたかった。

敵を、知りたかった。

どんな方法でアプローチをするのか。

どれほどの想いを抱えているのか。

そして、響ちゃんがどんな反応を見せるのか。


戦うために、私は敵を知らなければならない。

つまりこれはただのストーキングではない、敵情視察だ。


私は今、戦争をしているんだ。






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