第34話 ハクナ・マタタ

小枝ちゃん話がやたらと長くなっちゃった!

なので鈴音回は次回になりそうです、ごめんね。



────────────────



見間違いだな、うん。


いや、先程なんだかおかしな文面を目にした気がしてね、思わず目を閉じて現実逃避を図っていた訳だけど、よくよく考えればあの二人がそんな要求をしてくるとは考えにくい。

さっきの小枝ちゃんの要求がインパクト強すぎて、そっち方向に思考が引っ張られているだけだよきっと。


うん、そうに違いない。


(だから大丈夫きっと大丈夫…)


俺はそんな希望を胸に、恐る恐る薄ーく目を開けた。



………うん。全然引っ張られてなかった。



ふつーにさっき見たのと同じ文面だった。


もうさ…何考えてんだよあの二人は…はぁ……



「要相談」 ×2 



とりま、今は考えたくないのでそう返信しておいた。


だいたい、俺の体を求める以上それは俺だけの問題じゃないんだよな。

出来るだけ恩には報いたいとは考えているけれど、さすがに涼が嫌がりそうな案件はちょっとね。

エリマリは……しらん。


と言うわけで、後で涼に頼んでこの二人の件は処理してもらおう。

よしそうしよう。



「ねぇキョーくん!聞いてる?もぉ!眠たいの?まだお昼ですよー!起きて下さーい♪♪」



おっと、そーだった、まだこっちの案件が途中だった。


先程トラウマが克服され、現在キラキラアゲアゲモードの小枝ちゃんは終始楽しそうだ。

にこにこでキャッキャしているその姿はまるで子供みたいに愛くるしい。

そんな小枝ちゃんとしばらく戯れていたい気持ちはあるものの、さっき告白された件にはきっちりと答えを示さなければならない。

こんな少女のように純真な小枝ちゃんの想いに応えられないのは心苦しいけれど、今後の事を考えると関係性はハッキリさせないとね。



「小枝ちゃん!」


「ハイっ!」



うお、いい返事だ。

このキラキラまなこ健気けなげな少女を前にしちゃうと、どうしても一瞬覚悟が怯んじゃうけどちゃんと伝えねば。



「小枝ちゃん。君は一つ、勘違いをしているよ」


「かんちがいー?」



コテンッ と首をかしげてテンプレのようなリアクションをする小枝ちゃん。

その嫌味のないあざとさといったらもう少女を超えて子猫の域だ。


可愛い!愛でたい!だっこしてほっぺたプニプニしてたい!


そんな衝動につい駆られる。


でも言わねば!

どうしても言わなくてはならない!


俺は心中で血の涙を流しながらも、なんとか言葉を続けた。



「お、俺はけして、花みたいな人じゃーないんだよ小枝ちゃん。いくら群生していようと、結局は孤独で、それ故に儚くて美しいのが花ってやつだ。俺はそんな気高く孤高な存在じゃないし、そんなに強くなんかないんだ。俺は、冒険者。どちらかと言えば、広大なサバンナを家族と共に旅するライオンのように生きたい。家族がいないと、俺は頑張れないからね。だから、俺は君の思うような人間じゃないし、君の好きな花のようには生きられない。ごめんな小枝ちゃん。俺は、君の隣で大人しく咲いているような彼氏には、絶対に、なれないんだ」



なるべく言葉は選んだつもりだ。

純真少女の小枝ちゃんに納得して貰えるようにと、なるべく傷つけないように、分かりやすく例え話も盛り込んで。

でも、どうだろうか……

少女の泣く姿が見たくなくて、実はまだ顔も見れてなくて……



「小枝はライオンさんも好きです!」



そんな元気いっぱいな小枝ちゃんの声が花壇にこだまする。

その予想外の反応にビックリして顔を上げると、そこには笑顔満開の小枝ちゃんがいた。



「いやいや、ライオンだよ?怖いよ?噛まれるよ?」



ダメだ話が通じない…と、もはや彼女は小学生なのだと認識した俺は、とても高校生にするものとは思えないような発言をしていた。



「でも、キョーくんは、怖くないでしょ?」



でた!首コテンッ だ!

違う!小学生じゃない!

そう!この子は子猫ちゃんだった!

まずい!愛でちゃう!


またもや訪れたそんな衝動に抗うため、俺はおもむろにポケットからリンパンを取り出して高々と掲げた。



「違う!俺は悪いライオンだ!見ろ!これが今日の狩りの成果だ!恋人じゃない女子から、俺は毎日パンツを狩るような悪いライオンなんだ!その人の前でクンクンだってするしな!だから俺を好きだと言うな!諦めろ!幻滅しろー!」



そう叫ぶ俺。

言ってて情けなくて、ちょっと涙が出てきた。

そんな俺をしり目に、彼女はいそいそとスカートの中に手を入れる。



「はい、召し上がれ♡」



そしてそう言って俺に獲物を差し出す彼女。

その時、風がふわりと悪戯をする。

自然と俺の視線はそこに釘付け。

なんてこった、草木の1本も生えていない綺麗な雪原に、控えめに伸びた一筋のクレパスが見えた。

これぞまさに絶景!ってやつだった。

俺は網膜に焼きついたその光景の余韻に浸りつつ、手にした獲物をテイスティング。


あぁ凄い……ほんのり甘くて、なんだかフルーティな香りだ…



「はぁ……ジューシー…」



感嘆のため息と共に思わず零れた感想。

そんな俺を見て「さすがに恥ずかしかったけど、でもよかったー拒否されなくて」と安堵する彼女。

そしてそんな彼女を見て俺も我に返る。


おいおい、どういう状況なんだよこれ。

なんで俺は拒否もせずに自ら率先してテイスティングなんてしてんだ?


あぁそっか、これはリンの調教のせいだな。

俺は悪くない。


うん。とりま、一言お礼を言ってこの場から立ち去るとしよう。

だってこの子に何を言っても無駄みたいだし、一緒に居ると俺、愛でたくなっちゃうしね。

と言うことで、宴もたけなわ、バイバイの時間です。



「さてと…」


「私さ、こうしてキョーくんとお話出来るようにはなれたけど、他の人とはたぶん無理なの。もう今更こんな自分を変えられるとは思っていないし、そもそも、今後誰かと話したいとも思っていないの。トラウマ以前に、マジで生粋の社会不適合者なんですよね、私って。もう、こんな私だからね、将来もさ、結婚とか、仕事とか、そんな人が普通に歩むような人生なんて送れるわけがないんです。だから、私はそんな人生をはなから望んでいないの。でも、こうしてキョーくんに餌を差し出せば構ってもらえるような人生なら、考えただけで幸せだし、諦めたくない。ねぇキョーくん、君が複数人と交際しているのは知ってるよ?だからさ、私もそのメンバーに入れてもらいたいの。この先私が裏切ったりするわけがないし、生涯賭けて尽くします。なので……どうでしょうか…」



俺がこの場を立ち去ろうと口を開いた途端、その雰囲気を察知したのか、焦ったような口ぶりでこんな事を言い出した小枝ちゃん。

少し大人ぶった口調で、先程までの少女小枝は鳴りを潜め、どこか諦めていたし、最後には俺に縋るような言い振りだった。


しかし、ふーん。へー。そーきますか。



「嫌だね」



予想だにしていなかったのか、そんな俺の反応に「えっ…」っと目を丸くする小枝ちゃん。


何を勘違いしているのか知らんけど、俺は別に優しい人間じゃないし、誰彼構わず救うヒーローなんかじゃない。


言ったろ?俺は、悪いライオンなんだよ。



「黙りなよ、世間に甘えた子猫ちゃん」


「え……子猫…」


「そうだよ。だいたい、君みたいな人生丸投げ子猫ちゃんの分際で、俺のライオンハーレムに入れるわけないじゃん」


「えっと……そ、そうだ…よね…私なんか…」


「うん。でもね、俺は君に人生を預けられたこと自体は、正直嬉しく思ってる」


「うん……私にはキョーくんしかいないから…」


「ふーん…。で、あるならば、俺は君を飼うことにします」


「か、飼う?!それって…ペット的な感じ?」


「そうだよ。俺は、君を子猫ちゃんから自立したメスライオンになるまで、育てます。俺はたった今、自らに『子猫小枝ちゃんのメスライオン進化クエスト』を発注し、それを受注しました」


「え、それってどういうこと?」


「しばらくは、俺の傍に居な。そんで、色んなことを君に経験してもらうから、いずれは立派なメスライオンになってください。で、将来的に君が立派なメスライオンに成長した時、俺のハーレムに入るのか、それとも独立して自分の旅をするのかを、選べばいいよ。このクエストでの俺への報酬は、それを一番近くで見届ける権利、だから」


「え…えっと……え…」


「あぁ、あと報酬とは別に、育つまでの対価はちゃんと払ってもらうからな。それは、俺に愛でられること。俺は飼い主になるんだから、俺は好き放題に君を愛でるよ。リードを付けるようなことはしないけど、君の全ては俺のものだと思って下さい。分かった?ペットになるってのはそういう事だけど、どうする?」


「いいです!!全然いいです!!なる!!むしろなりたい!!小枝ペットになる!!なりたいです!!嬉しい!!」


「そ。じゃ、契約の握手ね、はい、ハクナ・マタタ」


「ハ、ハクナマタタぁ〜♡わぁ!凄いよぉ!夢みたいだ!小枝、キョーくんのペットなんだねー♡わぁ…」





…ふむ。

なんかノリでペットが出来ちゃった件。

思いのほか喜んでるけど、結構色々手伝わせるつもりなの、きっと分かってないよね。

まぁ逃げたくなったら逃げればいいさ。

にしても、家元の娘をペットとか俺社会的に消されたりしないだろうか。

ま、なるようになるか、なんたって、ハクナ・マタタだしな。


そんな事を考えながらふと校舎に視線を移すと、松葉杖の女…まぁ間違いなくリンなのだが、何やら男に肩をポンポンされながら一緒にどっかへと歩いて行く後姿があった。

あれかな、あの男は会長かな?

後姿だから分からないけれど、もしかしたら寄りを戻すつもりなのかもね。



「ねぇキョーくん」


「ん?」


「小枝ね、キョーくんに出会えてよかった」



俺の胸にすっぽりと顔を埋めた子猫ちゃんが甘えた声でそんな事を言う。


あぁそっか。

涼達とはまたベクトルが違うけど、守るべき存在がまた一人増えたんだなって、実感した。


リンも誰かのそんな存在になれたらいいのにな……なんて、うれいもなくそんな風に思えてしまう自分が、少し寂しかった。

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