第28話 電話がリンリン

んっ……



あれ…兄さんは……



あっ居た…



……ん?何か…書いてるの?




差し込む日差しが顔に熱を持たせ、たまらずって感じで目覚めた私。


昨日は精神に負担が掛かり過ぎたのか、それとも歓喜で色々狂ったのか或いはその両方か、とにかく私・エリナ・お涼はそれぞれ朝から軽く熱を出してしまった。


ただなんとなくボーっとするくらいで、他に別に症状もないのでおそらく心因性発熱ってやつだろう。


私やエリナは新幹線から、お涼はきっとその前日から……いや、おそらく兄さんがおかしくなったあの日からずっと私達三人は精神を摩耗しており、昨晩晴れて兄さんの恋人になれた事で逆に満たされ過ぎて熱が溢れ出た、たぶんそんな感じなんだと思う。


それでも朝食は楽しく、そして美味しく頂くことは出来たのだけど、違和感を感じた兄さんに促されて私達は揃って横になった。


それからざっと4時間ほどの時間が経ち、天頂まで登ったおひさまが私の目を焦がして目が覚めた。


うん。丁寧に説明するとこんな感じだ。


それはともかく、くぅ〜。よく寝たな〜。

おかげですっかりダルさも取れたみたいだし、良かった。

でも、兄さん暇だったろうな、悪いことしちゃったな。


…にしても、起きてまずやる事が兄さんを探す……なんてさ?案外私にもかわいいところがあるんだな、あはは。

私は今まではしっかり者の長女を気取っていたけれど、このところどうもメッキが剥がれてきていかんね。

でも、今みたいな自分も嫌いじゃないから面白い。

けどなんか照れる。ふふっ。


そうやって、内心テレテレしている私に気づくことなく、兄さんは机に向かってなにやら一心不乱に筆を走らせている。

そんな兄の後ろ姿に、思わず「響さん…」なんて声を掛けてみたくなるけれど、まだ恥ずかしくてやっぱり呼べない。


でもいいんだ。

今の私は焦る必要なんてないんだもの。

だって兄さんはもうただの兄さんじゃない。

一生兄だけど、一生恋人で、一生私の旦那様だから。

そんな関係に、私は昨晩なる事が出来てしまったから。


こんな奇跡、全てはお涼のおかげ、と言っても過言ではない。

大浴場でシェア協定を結んだ私達。

先陣を申し出たお涼の頑張りに便乗し、私達は浮かれている兄の隙を上手く突いてこの立場をゲットすることが出来た。

そればかりか、正真正銘身も心も捧げることだって出来てしまったのだ。

それがまさかあんなに楽しい……どころかあんなに大爆笑なものになるなんて思いもしなかったけれど。

はぁ。どうしよう、思い出すと顔が緩んでしまって戻らない。

まぁ…幸せってことだからいいんだけどさ?

そして、ふと視界に映るのはハンガーに並んで掛けられた三枚のバスタオル達。

ふふっ。ふふふっ。



「おっ。起きたか。もう大丈夫か?…って大丈夫そうだな。顔はまぁ…ヤベーけど」


「今見ないでぇ〜♡堪忍やでぇ〜♡」


「はーい」


「やっぱちょっとだけ見てぇ〜♡」


「女心かぁー。だるかわいいなそれ」



そう言ってフッと優しげに笑う兄さんに思わず飛びつく。

ヤバい、お涼のウザ絡みの気持ち今凄い分かった。



「うおっ!あっぶね、紙シワになるとこだった。気をつけろよ?」


「あら、兄さん何これ。あ、写経?」


「うん。お前ら寝てる間に売店で写経セット買ってきちゃった。見ろ、この丸メガネもだ」



そしてカチャっと眼鏡を装着する兄さん。

あはは、気分は文豪って感じかな?



「いい感じだね!私も掛けたい!貸して?」


「掛けたげる。うん、いいね。これで真理も文豪仲間。ペンフレンドや」


「似合う?てか兄さんそれじゃ文通仲間じゃん!ふふっ」



こうして、エリナ達が寝ている横で私は兄さんとのおしゃべりタイムに興じた。

気づけば私も自然とボディタッチをしていたり、ふと唇に視線を向けると当たり前のようにキスしてくれる兄さん。

そんなとろけるような甘い時間を過ごしていた時、私のスマホにメッセージが入った。

通知はおばさんから、けど内容は……鈴音?!



「兄さんごめんちょっと電話してくる!」


「いってら」



そう言ってすぐさま机に向き直る兄さんを確認し、私は廊下まで出て改めてメッセージを確認する。



『リンだよ!携帯買ったからこのばんごーにかけて?響ちゃんのいないとこでたのむー』



へー携帯買ったんだ。

でもな……ま、いっか掛けてみよっと。



「もしもし鈴音?」


「そ!響ちゃんいない?!」


「いないよ。どした?」


「実は携帯2個買ったの。私のと、響ちゃんの分。でさ、GPS入れたろって思ってさ、やり方教えてほしーの。ダメ?」


「ぶははっ!私が良くても兄さんがダメっしょ」


「真理、わたし、マジなんで。まGPSなんで」


「ふふっ。なにそれ。はぁ。別にいいけど帰ってからでいい?」


「まGP?ほんと?!真理絶対怒ると思った!ありがと!何時に帰るの?」


「Sどこいった。別にいいよ?GPSには私も因縁あるし。この際私も知りたいし。でも帰るの明日だよ」


「そっか……ねぇ…京都たのしい?」


「……うん。あのさ、エリナも西園寺も私も…昨日から兄さんの彼女になった」


「………………そう」


「うん。えっちもした。……鈴音さ、それでもGPS…入れたい?」


「……定員何人?」


「はっ?」


「だから、響ちゃんの定員、何人?」


「いや、そんなの……」


「……私さ、心が折れて、ついでに足の骨も折れたんだけど……」


「えっ?!骨っ?!大丈夫なの??」


「松葉杖だけど大丈夫。それよりさ、今朝ね、会長にごめんなさいと、お別れしてきたの。日曜日なのに、会長いるかなって学校行ったら、やっぱいてさ。で、怒られるの覚悟してたらさ、逆に励まされちゃって…。で、私ね、会長にさ、追いかけるの得意なんで!って言ってね、精一杯笑った。私、足折れてんのに…」


「うん…」


「でもさ、足、マジでどーでもいーんだ。陸上やってても、ゴールで響ちゃんが待っていないなら、それ…ゴールじゃないんだ」


「うん…」


「私にはさ、今ないんだよ……ゴール…」


「うん…」


そこまで言った鈴音は、たぶん携帯を置いて距離を取った。

私に泣き声を聞かれたくなかったのだろう。

「響ちゃんに会いたい、会いたい…」嗚咽まじりのそんな声、やや遠くから聞こえてくる。

私もこらえきれなくなり、通話口を指で押さえながら泣いた。

しばらくして戻ってきた鈴音、気丈に振る舞っているのが目に見えて、痛々しい。

それでも少しの間、私達とは直接関係のない世間話をしながら互いに調子を整えた。

そこにあったのは、いつもの私達。

あれからたった一週間なのに、やけに懐かしく感じるやり取り。

鈴音との会話は楽しい。

鈴音と兄さんの見た目は全然違うけど、どこか感性が似ていて、なんか安心するし、楽しくてついつい会話が弾むんだ。

だからつい、油断してしまった。

そんな時だった。



「ところでさ、昨日…痛かった?」



唐突にブッこまれたどストレートな質問に顔が強張る。

先程の「彼女になった」と先制パンチを放った時の私はもういない。

その後の鈴音の反応から、あれから存分に自分を悔いていた事が分かったから。

今の私には同情の念が強く、動揺し、どう鈴音と向き合えばいいのかが分からなくなってしまった。

こうして少し返答に間を置いてしまった事で、電話越しに鈴音からの緊張も伝わってくる。



「うん……痛くてギャーギャー言ってたらゴブリンって言われちゃった」



動揺しながらも、なんとか場を取り繕おうと少しふざける。

でも、そんな私の声は心なしか上ずっていた。



「そっか……いいな…」


「いい…のかな?まぁおかげで楽しかったけどね…」



一人で苦しむ鈴音を少しでも励ましてあげたい。

そんな気持ちから、出来れば平常心で受け止めてあげたかった。

でも、声まで涙で濡れているかのような、そんな切なさが受話口から漏れ出ると、私は胸が締め付けられ、一緒に泣きだしてしまいたい気持ちでいっぱいになった。

私はそんな気持ちに必死で抗ってみるものの、続く鈴音の言葉でそれはあっけなく決壊した。



「私……今凄くえっちがしたい。響ちゃんの顔を…見ながら…ね?…ぐすっ……きょうっ…ちゃんの……息遣い…感じてさ?うぅ…き、響ちゃん…の熱を感じ…て…うっう…きょ…響ちゃんの……ってわた…し…足…折れてるけど……ぐすっ」


「うん……うん…」


「……まGPS…」


「ばか……泣きながらそれやめて…」


「てかさ……てかさ…なんで……なんで涼は……女なの?……あんたらだってさ…ねぇ……ねぇ…ねぇおかしいよ!!い、妹で!!なんで?!ねぇ!!どうしてよ!!なんでなの?!もうっ!!なんで?!なんでよぉ!!」


「…うん」


「悔しいよ!!ほんと、ほんとに苦しいよ!!寂しくて!!羨ましくて!!ねぇ!!もうどうしたらいいの?!ねぇ!!ねぇ!!教えてよ!!教えてよぉ!!」



こちらまで心が張り裂けてしまいそうな鈴音の叫び。

それは少し前まで、私の心の奥底にあったものと一緒だ。

鈴音を愛しながらも、この感情を鈴音に向けなかったことはないから。

そのあまりにも分かりすぎてしまう痛みが、私の言葉を詰まらせる。



「そ、それは…………っにぃ?!」



スチャッ




「リン。とりあえず、うるせー」


「っ!!きょっ!きょっ響ちゃん?!なっ!!」


「うん。うるさいお前ほんと。で、足は治るのか?」


「すきぃーーーーーーーーーーーー!!」


「…………うん。俺はフツー。で、治るんだな?そうだろ?えっと、どうなの?頼むから教えて?」


「もうなおったぁーーーーー!!今から京都行くぅーーーーー!!すきぃーーーーーー!!」


「…………何ヶ月とか、具体的な部位とか、どうして怪我した…はいっか、長くなりそうだし。つか早く言わねーと切るぞ。おばさんに聞くし」


「あっはい。右足の人差し指と、お兄さん指にヒビが入りまして、全治1ヶ月〜3ヶ月って所です。テーピング固定と松葉杖のコースです。お風呂も入れます。はい。ピアノを蹴ったからです。好きです」


「りょ。明日の5時くらいにお土産持っていくからね。おばさんにも言っといて?あと俺のピアノ蹴ったの許さない。じゃーな」


「す(プツっ)」



トイレから出たら扉の外から「鈴音」と聞こえて来たから気になって途中から盗み聞いていた、怪我?とか所々聞こえてくる「まGPS」ってなんなんだ?とか思っていたらリンが喚いてるのが分かり、なんかうぜーなって思ったから思わず介入した。

と、兄さんは淡々と私に話してまた部屋に戻っていった。

戻った兄さんはエリナが写経に落書きをしているのを見て烈火の如く怒りだしたが、丸メガネをして胸をさらけ出したお涼が無理矢理兄さんの顔をそこに押し付け見事に沈静化させた。

私はそんなヤケに手慣れたお涼の行動に疑問と尊敬を抱きつつ、先程鈴音の慟哭にどうにも対応出来ず狼狽えいた私を救い、同時に鈴音さえも一瞬で地獄から天国へ引き上げてみせた兄さんに惚れ直しドキドキが止まらない。


「すき」を最後まで言う間もなく、一方的に切られてまた地獄へと突き落とされた鈴音だけれど、その地獄の中でニマニマと笑っているであろう状況は想像に容易い。

いつもの調子で兄さんが接してくれた、たったそれだけの事なのに、きっと今の鈴音には目の前に一本の糸が垂れ下がったような心境だろう。


お涼のおかげですっかり立ち直った兄さん。

そして自分の行いを悔い、絶望の中でもがき足掻いている鈴音。


今更好意をぶつけられようと、おそらく兄さんはもう鈴音に何も期待していないし、何も響かない。

正直な話、私もあそこまで兄さんに特別視されながらも彼氏を作った鈴音の行いは今も理解出来ない。

分からないし、兄さんの想いを平気で踏みにじった鈴音には怒りを通り越して一時興味を失ったくらいだ。

ただ、今の鈴音の気持ちは痛いくらいに、いや、実際に胸に痛みを感じるくらいに分かってしまう。


でも、その糸を手繰り、登ってこられるかどうかは全て鈴音にかかっている。


来なよ、鈴音。

早く今私達の見ている景色を一緒に見よう?


だから、頑張ろうね、鈴音。


その、まGPSってやつで。





 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


あとがき


読者の皆さま、ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

一応、今話で第二章完結となります。

このお話は当初、タイトル通り響のBSSの後にモテ期があり、その過程を見ていた鈴音はずっと曇っているだけのつもりでした。

タグに『もう遅い』も『ざまぁ』もありませんが、路線的にはそんな感じの物語になる予定でした。

だいたい、涼だけはヒロインとして決まっていた他は、響がモテるのはクラスメイトとかクエスト先で出会った人物とかになる予定だったのに、いつのまにか姉妹が参戦して内輪のみで争っているし、ただの曇らせ要因だった鈴音はなんか面白いキャラになっちゃうし…もう中盤〜後半は作者もよく分からない状態で執筆していましたwww

そのため辻褄合わせのためにどんどん文は長くなるし、人気の鈴音は全然出ないし、ほんと読者の皆様には申し訳なく思っています。

なので、三章は一応ガンバ鈴音の奮闘や響の学校生活などを考えてはいますが、今現在どうなるのかは作者も分からず、しばらくお時間を頂いてから投稿再開とさせていただければと思います。

それでも…たぶんまた迷走しますw

ですが、そんな作者の迷走ぶりも含めて楽しんでいただけたら嬉しいなって思います。

私はその辺にいるただのリーマンで、漫画以外の読書もほとんどした事がないど素人です。

なので、おっさんが一人で何かニヤニヤしながら書いてらぁ、キモいけど可哀相だからちょっと読んであげるかぁ、くらいの気持ちで応援していただけるとありがたいですw

そして、いつの間にかこんなにも星を頂けたこと、そして日頃の応援には本当に感謝です!

どうぞこれからもよろしくお願いします(*´▽`)ノ


では、また後日お会いしましょう!


game2

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