第26話 冒険者らしく

少し照明を落としたラウンジは和風モダンでシックな雰囲気。

大きな窓から望む和風庭園は淡くライトアップされ、薄く流れるクラシックと相まって絶妙にエモい空間を演出している。


夕食後に揃ってエステに行った姉妹を見送った俺と涼。

ちょっとした夜のデートでもしてみよっか?と涼が提案しそこへと足を運んだ。


庭園を眺めやすい位置に配置されたソファはどれも大きく、俺は足を伸ばせるタイプを選んで もふっ と座り、優雅でアダルティな珈琲タイムを満喫していた。

すっかり恋人モードの涼はそんな俺に体を預け、俺をソファ代わりにしながら風景の写真集を眺めている。


一日を通して女の涼と散々過ごしてきたが、ここまでくるとさすがに愛おしく感じる。

こんな彼女がいたらいいのにな、なんて今は普通に思っている。


俺はサイドテーブルにカップをカチャりと置いて、ゆるふわロングになった涼の髪を指で梳いてみる。

すると時折くすぐったそうにモゾつく涼。

その反応をいたずら気分で楽しみながら、俺は庭園をゆたりと眺めていた。


なんか、穏やかだなぁ…。


夕食時みたいなわちゃわちゃタイムもいいけれど、とても優しくて、緩やかに流れるこの時間は俺にとっては温泉よりも癒やされる。

しばらくこうしていたいな…。


そんな風に思っていた時だった。





「ボクね、ずっと男のフリしてたんだ…」





涼は写真集から目を離さないまま、ポツリと呟くようにそう言った。


そっか……。

やっぱりそうなのか。

今日ずっと涼から感じていた自然さの正体が今、判明した。

今まで男と偽っていた理由は分からないけれど、この二人きりの時を狙ってわざわざカミングアウトしてきたのは……まぁ…きっとそういう事なのだろう。

それが俺の自惚れじゃなければ、だけど。

どちらにせよ、俺はしっかりと受け止めることから始めよう。




「そっか。涼はずっと、すげー縛りプレイをしてたんだな」



「ふふ。ほんとにね…」




そう言いながら小さく震える、小さな涼の体。

俺はそんな涼が安心出来るようにと、涼の胸の前に腕を回し、軽く抱きしめるような体勢をとった。





「俺との親友は楽しかったか?」



「楽しかった…。 楽しかったなぁ……」





思い出を噛みしめて、まるで心の奥底から漏れ出ているような、深く、深く感情の篭った言葉だった。


女である事を打ち明ける覚悟や、もう男に戻らないと決めた覚悟、そして、二度と繰り返す事が出来なくなった俺との親友関係への未練や申し訳なさ。

ポタッ ポタッ とこぼれ落ちる涼の涙はそれらを物語っていた。


そんな想いの詰まった涙を拭ってあげていると、俺もつい、目頭が熱くなる。

別に涼とお別れって訳じゃないんだけど、やはり、どことなく寂しくもある。

俺はそんな気分をどうにか誤魔化したくて、おもむろに涼の胸をぷにぷにと揉んだ。




「涼のおっぱい一番好き」



「ばか……ボク泣いてるのに…固くしちゃってさ」



……それはごめん。やわかくて、つい。



「でもありがとう。響。大好き…」





そう言って見上げるようにして顔を向けた泣き笑顔の涼。

それはそれはもう、この世のものとは思えないほどの可憐さで、いじらしくて、どこか切なくて、思わず俺は胸が熱くなった。


だから、とりあえずキスしてみた。

いや、してみたって言うか、ノーシンキングで勝手に体が動いていた。

なんか宇宙の意思を感じた。


どうしてだろう、涙で濡れた唇が、かえって温もりを感じさせる。


それが余計に俺をおかしくさせる。




「これが答えだ」




数秒経って唇を離し、俺はとりあえずそれっぽいことを言ってみた。

いや、言ってみたって言うかノーシンキングで勝手に口がアレで宇宙のアレで。




「ふふっ。ふふふっ。ちょっと響ぉー。顔が困ってるよー? なんか言葉と表情が一致してないよ? どーせさ、雰囲気に飲まれてただけでしょ? まぁボクは嬉しかったからいーけどさ」



そう言って涼は口を尖らせる。

うん……まぁまぁバレてた。

さすがに長年親友やってきてないな。

けど……



「んー…。割と合ってる。けど後悔してる訳じゃないんだよな。したかったからしたし、言いたかったから言った。だから嘘って訳でもないんだよな。たださ、俺の中の何かが追いついてない。そんな感じ。ほんと、なめんなよ?」



「ふふっ♡マジで最後のなめんなよ?が意味不明だったけど、なんか、凄く嬉しい。はぁ……ありがとう♡ あのね、ボクね、響の傍にいたいの。心も、体も。ずーっと。まぁ…響は邪魔って言うかもだけど…」



まぁ…言うだろな。

だってもう今の俺は基本的に自由人だから。

何かに縛られるなんてごめんだし。

でもね、言うけどさ、たぶん言うだけなんだろうなーとも思う。

なんなら、むしろ言いたいまであるかも。

だって、面倒ごと、めんどくさいって言いながら、結局関わるの好きなところあるしな、俺。

なんか、そういう粗野な冒険者っぽい自分、結構好きだし。



あ………そっ…か……冒険者か…。



今の状況、これってなんとなく、冒険者っぽい気がする。

惚れられて、嬉しいけど、それでも自由を愛するが故に、ちょっとぞんざいに女を扱う。


勝手で、自由で、いい加減で、情に厚いところも時々あって、ここぞの場面では覚悟も見せる。


そしてモテてるし、結果出すし、必死だし、楽しそう。




………これだ。


これが、幼い頃に俺が憧れた冒険者像だ。

……そうか、ならなってみるか、俺の目指す冒険者ってやつに。

……よし。



「涼、俺は好きに生きたい。冒険者みたいにね。だから、涼を振り回すし、きっと泣かす。なんたってモテるし、忙しいからな、冒険者は。……なぁ涼、そんな生き方をする俺でもさ、結局は幸せだなーって涼に思わせること、出来ると……思います?」



冒険者、言い換えれば、女にとってはただのいい加減で、女にだらしないクソみたいな男だ。

その事に途中で気がついて、最後自信がなくなっちゃった。



「響……響はさ、ずっと、ずっとそうだったじゃない。いつもボクを振り回して、困らせてさ? でも、ボクはそんな響が好きで、大好きで……なのに、鈴音みたいになれないのが辛くて、一人で泣いちゃうこともいっぱいあったよ?……だけどさ、ボクは響の傍にいられてずっと幸せだった。ずーっと楽しかった。…ボクはね、響が今までと同じように、好きなように生きてほしい。 ボクは、響に振り回されて、困って、泣いて、笑うのが、幸せなんだと、思うんだ」



そう言って ニパッ と笑ってみせる涼。

半端なくかわいい。

そして肯定してくれて嬉しい。

けど、とにかく都合のいい女感が凄い。

まぁそれは俺が望んだことだし、いいのか?

しかし、俺はこれ、勝ったのか?

それともフツーに惚れたし、負けたのか?

そもそも勝負だったのか?

もう分からん。

とにかく、リンの名前が出てきたのも気になる。

あいつに情はあるが、女としては期待外れでもうただの幼馴染だ。

そして今、失恋の痛みも消え去った。

涼が消してくれたんだ。

だから涼、俺の中ではお前が既に、もうアレだ。



「はい、これ。一等賞あげる」


「これって……」



ネックレス、実はさっき宿にあったジュエリーショップで買ったんだ。

涼達が三人でお風呂に行ってた時、俺も部屋の露天風呂に入ったけど、なかなか帰ってこないから暇で館内探索してた時に買った。

可愛い服着てるのに、アクセがないから少し胸元が寂しいなってずっと思ってたから。


まぁエリマリにもデザイン違いの買ったけどね。

つーか合計で120万したのはビックリしたけど。



「嬉しい……それに一等賞って……」


「今度はガチなやつだ。雰囲気に飲まれた訳じゃないよ? だから、これからもずっと傍にいてね? 男じゃなくて、俺の女として」



そっからはもう、凄かった。

ものすっごいキスの雨が降った。

まさか人の涙と鼻水をゴクゴク飲む日が来るとは思わなかった。


でも、これ以上の報酬なんて、きっとどんな大冒険したって手に入らない。



俺は世界を手に入れた。



そんな気分だ。

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