第18話 エリマリ姉妹の誤算

時刻は9時30分、坂本真理・エリナ姉妹は、響達からおよそ2時間半遅れて京都へと向かっていた。


尾行、という目的で行動している彼女達ではあったが、響達が京女と一線を越えることさえ阻止できればいいので、本格的に尾行が必要なのは夜になってからだと考えていた。

故に、朝、響を見送った後にゆっくりと準備をし、二人は余裕を持って出発していた。

鈴音との決別を経て、傷心中の彼には男同士の語らいも必要であろう、そう考え、過度な介入は避けようという思いもある。

日中は姉妹でそれなりに観光を楽しみ、夕方から夜間にかけて尾行を行う予定であった。


二人はあくまでも『尾行』と言うが、正確には尾行ではなく、実は普通に合流しようとしているだけだった。

響の貞操が心配、というのが前提としてあるものの、単に置いていかれたのが寂しかったのである。

宿の手配はしていないが、その辺は坂本響が動けば何とでもなる、という確信が何故かあるので心配していなかった。

携帯を持っていない響との連絡手段は無いとは言え、涼との連絡は可能だし、念のため響にはキーホルダーと称したGPS発信機を持たせているので安心だ。




しかし、彼女達は知らない。


既に西園寺涼が二人からの着信拒否とブロックをしていることを。

そして、普段は微塵も見せなかった女の顔を今朝から大爆発させていることを。


涼はくだんの一件の後から、この姉妹のブラコン度合が増しているを事を密かに懸念していた。

これまで、涼から見てあくまでも妹の範疇で響と接していた姉妹ではあっても、最近のスキンシップの濃密さからは全面に女の欲が滲み出ていた。

だが、義兄妹であり、近い将来には響の娘になる事が確定しており、ましてや姉妹で響を取り合うような真似をするとも思えない。

故にそれが恋愛感情である、との確信はまだ持ててはいないが、自身が女である事が分かれば必ず邪魔をしてくる、と踏んでいた。


涼は今日という日に賭けていた。

恋人関係に至るまでは無理としても、響にとって一番身近な女性になる事を目標にしていた。

最低でも肉体関係を持てるくらいには、と闘志を燃やしていた。

だから誰にも邪魔される訳には行かなかった。

何もブロックしたのはエリマリ姉妹だけでは無い。

親以外は全てだ。

その親にさえ超緊急時以外は連絡禁止、と念を押して家を出た。

アプリ等の通知も全て切った。

それもこれも、全ての神経を響に向けるために。


そう、西園寺涼の決意、そしてその本気度合を彼女達は知らないのであった。


ちなみに、GPS発信機の最大有効距離が30mだということも、彼女達は知らない。



「やっぱ京都といえば着物だよねー。兄さん買ってくれるかな」

「おにーちゃんなら値段も見ずに買うんじゃない?何着でも」

「ふふっ。だね。ねぇ覚えてる?私達がボンボンってイジメてたこと」

「やめてよ。黒歴史掘り返さんといてー」

「あははっ。堪忍やでーだよね。でも、あれから6年か…」

「そーだね…。あのさ、真理。今日、がんばろうね」

「うん…」

「でも絶対拒否されるよね」

「するよ…そりゃ。兄さん頑なに私達を娘にするつもりだし」

「はぁ。真理さんや、道は険しいでおじゃるな?」

「そうでおじゃるなー。でもさ、昨日から兄さんやっと明るくなって、嬉しいね」

「うん!やっぱおにーちゃんはあーでなきゃね!」

「ふふっ。でもエリナ、兄さんが子供になってた時さ…」

「待って!言わないで!これ以上黒歴史暴露しないでー!」

「分かった分かった。兄さんにおっぱいあげてる時、エリナがヤバい顔してたなんて…絶対言わない!」

「言ってんじゃん!はっきり言ってんじゃん!もう!真理こそ、口移しでご飯あげて恍惚としてたじゃん!」

「はいはいはい、それエリナもでしょ!まぁ私もおっぱいあげたけど」

「ぶはははっ!結局お互い様だったね?あと、おばさんも」

「あっははは!まさかおばさん含めて三姉妹になるとはね!てかあれがショックで兄さん正気に戻ったんじゃない?」

「それエリナも思った!だっておばさんの時、すごいイヤイヤしてて、おばさん無理やり咥えさせてたもんね!あれが原因だよ絶対!」

「ほんとそれな!ある意味おばさんには感謝だけど、可哀想だったよね。あははは」

「ショック療法でおにーちゃんが正気に戻った、なんておばさんには絶対言えないよね」

「たしかに!あ、エリナ。もし兄さんが拒否ったらあの動画で脅さない?」

「アリだね。でもおにーちゃん侮っちゃダメだよ?余裕こいてると、必ずその隙突いてくるから」

「だね。兄さん特有の変な理論ぶっ込んできてさ、なんか丸め込もうとするもんね、いつも」

「でしょ?だからエリナね、婚姻届持ってきた」

「まじ!? 2枚ある?」

「あるよ!てか10枚ある」

「ちょ、いつ分身の術覚えた」

「なんか、自治体によって違うからコツコツ集めちゃった。京都でも貰うの」

「コレクターかよ。まぁ私も貰うけど」

「へへっ。引くかなおにーちゃん」

「いやー。むしろ兄さんは引くくらいしなきゃ落ちなくない?」

「だよね!それに婚姻届とか最強のラブレターよね」

「それ。つかさ、ウチらのどちらかを選べばもれなくもう一人おまけで付いてくるとか、最強のプレゼンだと思うんだけどな」

「そーだよ。何一つ揉めずにお手軽ハーレムだよ?リンリン亡き今、他の誰かを選ぶ利点ないよね?!」

「んー。けどフツーに利より面白さ選ぶからね、兄さん」

「はぁ。たしかに。道は険しいでおじゃるねぇ」

「……なっ?!ちょっ!エリナこれ見て!TLでなんか流れてきた!」

「はぁ?!何これ!涼君女装?いや、正装…なのか?ん?」

「どっちでもいーけど、これヤバくない?2対1でも…勝てなくない?」

「これは…まずいかも!つか涼君連絡つかない!」

「ほんと?!西園寺!一体どういうつもり?!」

「いや、これガチでしょ!まずいよ!涼君におにーちゃん取られちゃう!」

「エリナ!運転手に急ぐように言ってきて!」

「えー?!新幹線のダイヤ乱すとかさすがに無理だよ〜」

「はぁ。時間ズラしたの失敗したね…」

「だねー…尾行じゃなくて無理やり一緒に行けばよかった。はぁ」



二人が見たツイートは、響達がお弁当を選んでいた時に激写されたもので情報としては少し古い。

京都へは11時40分頃到着予定。

連絡手段がなく、頼りはリアルタイムで流れてくる目撃情報だけとなった今、果たして二人は無事に響達の元へと辿り着けるのだろうか。


どこか楽観視していた此度の旅、思いもよらぬ涼の猛攻により事態は急変、二人にとって前途多難な幕開けとなった。

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