第9話 鈴音のやらかし談・下
5日目、朝練に行く気がしなかった。
せっかくスポーツ推薦で入って、結果を出すくらいに頑張っていたのに、どうしてもやる気がおきない。
響ちゃんと会えず、話が出来なくなって今日で5日目。
こんなことは初めてで、今ほど携帯がほしいと思ったことはなかった。
この5日間、私はずっと落ち着かない日々だったけど、響ちゃんはどうだったのかな…
ママも、エリナ達も教えてくれないんだ。
顔が見たい。
声が聞きたい。
クエストから帰ってくる響ちゃんに「おかえり」と言いたい。
ずっと会いたいのに、涼からの「余計に関係が悪くなる」その言葉が重くのしかかり、休み時間みたいな短い時間に会いに行くのが怖かった。
だから今日は部活に行かず、放課後は真っ直ぐに響ちゃんの元へいこう。
そしてあの日の事を謝って、一緒に帰ろう。
そう思い、放課後をずっと楽しみにしていた。
いよいよ放課後、急ぎ響ちゃんの元へ向かう私、それなのに涼達に捕まり、しつこく止められた。
あの日の事を涼達にも謝ろうと思っていたのに、まるで私を邪魔者のようにする態度に腹が立って、結局強引に振り切って教室へと入っていった。
教室に入ると、久しぶりに響ちゃんの姿が目に映る。
自然と頬が緩む。
でも、響ちゃんの周りには沢山のクラスメイトがいて、孤独な私との違いに嫉妬してつい声を荒げてしまった。
こんなつもりじゃなかったのに。
そして、そこからはもう、あるのは自分の愚かさだけだった。
私は響ちゃんにあんなにも悲しそうな顔をさせた。
この5日間、落ち込み、苦しんでいたのは響ちゃんの方だった。
涼が、エリナが、真理が、ママが、そしてクラスメイトが、懸命に響ちゃんを支えていた。
私はそれも知らずに、のんきに自分の境遇ばかり嘆いていた。
響ちゃんの想いを踏みにじっていた。
会長の想いを軽んじていた。
いかに自分が勝手で、自己中で、何も考えていなかったのかを痛感した。
ママや響ちゃんの言う『一番』や『特別』、それがどんなに得難く、かけがいの無いものなのかが分かった。
そして、私はとっくに見限られ、もう、響ちゃんの未来に私の居場所がないのだと、知った。
私は、一番大切なものさえ大事にできず、捨てたことも、失ったことにも気づけず、自分本位で、誰の声も聞かず、平気で人を傷つけ、あまつさえ心配する恋人の手を邪魔だと振り払って逃げるようなバカで、最低で、ゴミのような人間だった。
──────────
ソファに腰掛け、呆然と2つのグラスを見つめているとママが帰宅した。
そしてママに抱きつき、泣きながらママに今日の出来事を伝える。
するとママはおもむろにタブレットを手にとり
「これあげるからこのチャンネル見てごらん?今のリンが見たらきっと辛いけど、彼氏が出来たと言われた響はもっと辛かったはず。だからあなたも苦しんで、人の気持ちを考えてあげられる人になろうね」
と言った。
ママの意図は分からなかった。
でも私は言われるまま、自室でさっそくタブレットを操作した。
Kyo-Rinちゃんねる……?
そこには数年間の私達の記録が映っていた。
ママが手持ちで撮ってたやつ、居間を定点カメラで撮ってるやつ、天井付近から隠しカメラで撮ってるもの、色々だった。
そういえば、海外にいる響ちゃんのママに見せるため、そう言ってママはしょっちゅうカメラを回してたっけ。
涼も、エリナも、真理もいて、時々喧嘩もしながら、いつもいつも楽しそうにしている私達が映っていた。
もう二度と戻れない過去、そして紡ぐことの出来ない未来。
楽しげな映像のはずなのに、涙が溢れてよく見えない。
でも、私は現実逃避をするように、食い入るようにして動画を見ていた。
何人登場人物がいても、どうしても響ちゃんばかりに目がいく。
最初は少し幼い響ちゃんを懐かしく思うばかりだった。
でも、見ているうちにある事に気づいた。
動画の中の響ちゃんは、いつも私を見ていた。
暴走しがちな私をさりげなく気にかけていて、そっとフォローしてくれていた。
私が喜ぶ様子を見て、響ちゃんは嬉しそうに笑っていた。
ゲームの途中でも、勉強の途中でも、私が甘えだせば嫌な顔一つせずに受け入れてくれていた。
いつでも、誰がいても、響ちゃんは必ず私を隣りに座らせてくれていた。
私はそんな気遣いに全然気づいてなくて、いつもバカみたいにはしゃいでばかりだった。
私の居やすい場所、私の楽しい時間、その全てを用意し、整えてくれたのは、響ちゃんだった。
「Kyo君みたいな彼氏ほしい」
「Rinちゃんが羨ましい」
そんなコメントで溢れていた。
そっか、皆これを見てたんだ。
だから会長と付き合った私から距離をとったんだ。
そりゃそうだよね、こんなにも愛され、こんなにも大事にしてくれた人を裏切るような人、関わりたくないよね。
そして、会長はきっと知らなかったんだ。
でも、後で知って、響ちゃんを心配してくれたから色々と聞いてくれたんだ。
思えばずっと申し訳なさそうにしてたもんね。
何が嫉妬だよ……そんな会長の優しさにも気づけないなんてさ…
ほんとに……どうしようもないな、私。
そんな自分が嫌いで、惨めで、呆れて、許せなかったけど、画面から目を離すことも出来ず、結局夜通し見ていた。
朝になる頃には、反省も後悔も通り過ぎて、失ってしまった未来への絶望感しか残らなかった。
だって、響ちゃんのいない世界に意味などないのだと、分かってしまったから。
何度も死のうと思ったけど、これ以上響ちゃんを悲しませることは出来ない。
でもね、死ぬことばっかり考えちゃうの。
ベストなのは、通り魔とか、凶悪犯から響ちゃんを守って死ぬこと。
でもでも、そんな危険なんてそもそもない方がいい。
だから結局、私は死ねない。
死ねないけど、生きていても仕方ないから、せめて遠くから見ているくらいは、許してほしい。
そして、今になって言う事じゃないし、それなら彼氏なんか作んなって話なのだけど、変な話さ、失った今になって初めて、自信を持って、声を大にして、言えるの。
「響ちゃん。あなたを世界で一番、愛してるんです。誰よりも、何よりも」
他に何も、いらないんだ。
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