第8話 鈴音のやらかし談・上
会長の手を振り払って教室から飛び出した後、屋上へと続く階段の踊り場に来て私は一人泣いていた。
しばらくそうしていると、数人の話し声が階下から聞こえてきた。
「あの様子だと、坂本君がヤバくなってた事も知らないみたいだったね」
「だね、悪い子じゃないんだけど、坂本君の一番最悪の状態の時も知らずに何を今さら…って思っちゃった」
「わかる。そうなると、私達もワンチャンあるかな」
「あはは!私もそれめっちゃ妄想するー」
「あとさ…」
口元を抑え、漏れでる嗚咽を抑えながら遠ざかる声を聞いていた。
一番最悪な状態………思えば、記憶が無くなったと彼は言っていた。
それって……
「あ、あの………」
気づけば体が動いており、先程の声の主達を追いかけ声をかけていた。
目を丸くして驚く彼女達に向かい、懇願するように彼の……響ちゃんの5日間の様子について聞いみた。
え……響ちゃん、精神的に追い詰められて2歳くらいになっちゃってた?
「いや、それがめちゃくちゃ可愛くてね!私達的にはお世話も全然嫌じゃなかったし、別に鈴音ちゃんを責める気もないよ?!えっと、動画みる?」
そう言って見せてくれた動画の中の響ちゃん。
たしかに、思わず画面越しに触れてしまうくらいに可愛かった。
でも、私がこんな風にさせてしまったこと、そしてこの間、私は何も知らず、何もしなかった事実が胸を締め付ける。
本来であればいつまでだって見ていたいはずなのに、私は途中からそれを見ることが出来なくなってしまった。
そして、そこからはちょっと記憶が曖昧。
全てを聞いて、お礼を言ってから自宅に帰るまでの記憶がほとんどない。
気づけば居間のソファに座っていて、飲み物を2つ用意していた。
もう、響ちゃんはいないのに。
───────────────
会長に告白されたこと、凄く嬉しかった。
いつも壇上で堂々としている会長はそこにいなくて、ドギマギしながら一生懸命私を好きだと伝えてくれた。
夏休み中のマラソン大会で優勝した私に感動したと言ってくれた。
頑張っている姿が美しかったと言ってくれた。
私は迷いなくこの告白を受けた。
別に私が前から会長を気になっていたとか、告白に感化されて好きになったからとかじゃない。
私に彼氏がいなくて、告白が嬉しかったから受けたのだ。
「お願いします」私にとってのそれは「ありがとう」の代わりに過ぎなかった。
この瞬間に私に恋人が出来た。
とはいえ、私としては『彼氏持ち』というステータスが増えただけのこと。
彼の気持ちにどう向き合おうとか、どんなお付き合いをしていこうとか、今後のことなど一切考えておらず、彼との関係性に期待も不安も興味もなかった。
きっとあの時点での私ならば、相手は誰でもよかったのだと思う。
今日から私も彼氏持ち!
その事だけにテンションが上がっていた。
(まずは皆に自慢しなくちゃ!)
その場に会長を置き去りにし、私はすぐに響ちゃん達の元に向かった。
そして、教室で響ちゃんに上から発言をして満足した私は、さらに勢いづき、どうせなら恋人らしいことをしようと思い立った。
まだ恋愛経験のない響ちゃん達に、ただただ自慢話をしたいがために。
私はそのまま生徒会室に赴き、会長に放課後デートをしようと誘った。
会長と手を繋いで下校し、駅前のカフェに入る。
しかし、道中も店内でも特に私は話すことがなかった。
それもそのはず、だって会長とは今日会ったばかりだし、私としては、私に好意を抱くファンと一緒にいてあげている、それぐらいの感覚だった。
だから、私から特に話したい事柄もないし、かといって聞きたいことがある訳でもない。
会長から話を振られたらそれに答える、くらいのものだった。
会長には申し訳ないが全然楽しくなかった。
家に帰ってから響ちゃんに自慢することだけを楽しみに、私はこのデートミッションを遂行していた。
そして30分ほどのデートが終わり、明日は一緒に昼食を食べよう、そう約束して別れた。
自宅に戻ると、ママからしばらく響ちゃんは帰らないと伝えられた。
なんで?どこに?どうして私を置いて?と動揺している内に、続けてママは真理から私に彼氏が出来たと聞いた、とも話した。
それを聞いて私はまたテンションが上がり、ここぞとばかりに私が告白されたことを興奮して話していた……のだが、ママは何故か終始態度が冷たくて、私との会話を早々に切り上げ「響の様子を見てくる」そう言って家を出てしまった。
「私も行く!」と言ったら「いい加減にして」と冷たく拒否されてしまった。
響ちゃんがいなくて寂しいし、ママの態度が変なことは凄く気になったけれど、夜遅くに帰ってきたママは何故か凄く上機嫌で、話をぶり返すのは良くないと思い黙っていた。
するとママは「明日はママも帰らないから」と言ってすぐに寝てしまった。
なんかモヤモヤしたものが私の中で広がっていく。
何故か彼氏が出来てから学校では皆がよそよそしく、響ちゃんはいないしママもなんかおかしい。
私は言いしれぬ不安を抱えたまま眠りについた。
2日目、いつも通り朝練を終えた私は一度教室に戻り、鞄を置いてから響ちゃんのクラスへと向かった。
もう自慢どうのこうのといった気持ちは既になく、響ちゃんといつものように過ごしたい!その一心で。
その途中、涼と出くわす。
「昨日あんな事を言ったのだから鈴音は少し自重しろ。今行ったら余計に関係が悪くなるから響の所へはまだ行っちゃダメだ」
挨拶もなくいきなりそう言われた。
顔が険しくて、本気で怒っているのが伺えた。
私は元々イライラしていたこともあったけど
(昨日はたしかに言い方は悪かったけど、だからってそんなに怒るほどでもないじゃないか!)
そんな風に思い、腹を立てた私は「あっそう!」と言って引き返した。
こうなったら向こうから接触してくるまで話してやらない!
そう決心した。
その後も、相変わらずよそよそしい友達にイライラした。
比較的いつも通りの部活仲間や、好意を向けてくれる会長だけが救いだった。
でも、家に帰って誰もいない状況にはやはり堪えた。
3日目、この日は会長から誘われてデートに行った。
部活帰りであまり時間が取れない中、せっかく時間を作ったデートだったのに、何故か会長は響ちゃんの事ばかり聞いた。
会長が誰から響ちゃんのことを聞いたかは知らないけれど、きっと嫉妬しているのだと思った。
いくら恋人とはいえ、嫉妬されるほど会長と深い仲ではないので「会長に話すことはありません!」と言って店を出た。
その帰り、無性に響ちゃんに会いたくなり、エリナ達の家に行ったけど門前払いされた。
4日目、昨日のこともあり、私は会長と会いたくなくてお昼は一人で食べた。
放課後、部活に向かう途中で響ちゃんを見かけたので、反射的に追いかけようとしたけれど、すぐに真理に見つかり、邪魔されている間に逃げられてしまった。
響ちゃん達を始め、親や友達、あの日から私を取り巻く環境がなんかおかしくて、私はもう、限界だった。
この日はパパもいて相談したけど、「彼氏が出来たのなら彼氏を大事にしなさい」と言われ「私のこと何も分かってくれない!」とキレた。
ママには「響はリンを一番大事にしてくれてたこと、まだ分からないの?いつ気づくのかママずっと待ってたのに」と泣かれた。
「そんなの言われなくても分かってるよ!」そうやって泣いているママにさえ、キレた。
泣きたいのはこっちだよ!って思っていた。
私は本気で、そんな風に思っていたんだ。
そして5日目…
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