第7話 ごめんリン。
その後、マミーと児童養護施設との間でどういったやり取りがあったのかは知らないが、しばらくしてエリナと真理は揃って我が家にやってきた。
二人はタワマンの最上階にある我が家にキョドり倒し、借りてきた猫のように大人しくなり、萎縮していた。
俺はそんな二人をソファにふんぞり返りながら眺め、ワイングラスのグレープジュースをゆらゆらさせていた。
何故か隣りでリンも同じ様にしていたし、なんならバスローブまで着ちゃってさ、俺よりも趣向を凝らしていたのが悔しかったっけ。
「あのさー?何か響ちゃんに言うことないのー?お腹だいぶ蹴ったんだってねー?湿布薬塗ったのはアタシなんだよねー」
なんて、悪役令嬢ばりに調子こいているリン。
主役は俺なのに、と思いつつも俺はリンの頭をヨシヨシと撫で、ごろにゃんさせて黙らせる。
そして
「イタタッ!イタタッ!お腹いたーい!なんでー?ねーねー何でだか知ってるー?」
とさらに追撃を加えた。
そんなクズい態度の息子達を、マミーやおばさんはニヤニヤしながら傍観の構え。
何やら面白そうな子ども劇場が始まった、とウキウキしていた模様。
うん。この親達も大概である。
そして、リンから始まった俺達の言葉攻めを受け、さっきまで萎縮していたエリナ達も黙っちゃいなかった。
「知っらなーい♪転んじゃったんじゃなーい?かっわいそー」と白々しい真理。
「大丈夫?お薬塗ってあげるよ?」と得意の猫かぶりを発揮するエリナ。
どんな状況であれ、悪い事をした事が露見したならばとりま謝る、そんな常識の中で生きてきた俺とリンはこの態度に戦慄した。
さすがに施設上がり、修羅場をくぐってやがる。
俺とリンは二人が謝ってくる事を想定していたため、どうしていいかが分からなくなり、とりまグレープジュースをグビグビと飲んだ。
そして「「ダンッ」」と強めに置いてこう言った。
「「おかわりもってこい!(きて!)」」
さすが幼馴染、阿吽の呼吸である。
そこからは戦争だった。
「バカ」だの「アホ」だの「ブス」だの「チビ」だの「デブ」だのと、大体これらの二文字をリサイクルした汚い言葉の応酬だ。
エリナに至っては猫からライオンへと本性を現し一番辛辣だった。
とまぁドタバタガヤガヤと、こんな毎日を送れば自然と情は湧くし絆も深まるわけで、俺達は四兄妹としての関係性を築いていった。
お菓子クエストを始めたのもこの頃からだ。
やがて涼がそこに加わり、リンはパートナー、涼は親友、エリマリは妹で娘枠、と俺の中で明確な立ち位置が決まっていった。
涼は元々女男っていうレアな人種で、最初は亜人認定してたけど、連絡係と称し、やたらとクエストに着いてくるのでやがて親友という存在になったのだが、エリマリには家庭を与える換わりに奴隷としてこき使おうと思ったのが最初だし、涼にもお菓子の分け前を与える事で連絡係という役割を担ってもらってきた経緯がある。
今でこそ無くてはならない大切な三人だけど、その始まりには明確なギブ&テイクの目的があった。
クエストと友人作りを混同するつもりは無いが、実際に互いに見返りを求めたからこそ関係を深められたことは否定できない。
俺は子供の頃からその事を自覚していたので、何も見返りを求めずとも一緒にいてくれたリンが不思議で、ありがたくて、特別なのだと感じていた。
リンは俺にとって兄妹って訳でも、恋人って訳でも無い。
言うなれば一心同体で、俺の一部って感じの存在。
そりゃ年齢を重ねれば異性としての意識は出てくる。
だけど、積み上げた年月が、一緒に経験したあれこれが、思春期なんぞものともしない確固たる信頼関係ってやつになってた。
既に熟年夫婦の域だった。
恋とか、愛とか、純情とか、不安とかすれ違いとかを超えてもう、普通。
そう、逆に普通で、それが特別だったんだ。
毎日一緒だった、風呂も一緒、時々ベッドも一緒、1年前にリンがノロウイルスにやられた時はオムツ替えも普通にしてやった。
リンが喜ぶから、リンが望むから、リンが待ってるから……別にあいつのワガママだって、トラブルメーカーな所だって、俺にとっては普通で、愛すべき日常にすぎなかった。
何も問題じゃなかった、そんな何でもない日常が、バンザイだった。
俺の過去と今と未来の全てに、リンがいた。
そんなリンが、彼氏を作った。
2日間の現実逃避を経て学校に行った日、放課後、陸上部として走るリンを見た。
普通に走ってた。
他の部員と笑顔を交えて話してた。
俺だけが絶望の中にいた。
それを知った瞬間、涙の時、笑顔の時、不安な時、落ち込んだ時、いつも一緒だったリンが消えた。
分かち合って、半分こして、許し合って、慰め合ってきたリンが消えた。
俺の中で、リンが得体の知れないナニカに変わった。
俺の普通で、日常で、特別だった筈のあのリンが、幻となって離散したんだ。
それが寂しくて、許せなくて、俺はリンから逃げた。
そして今日、それも終わった。
蓋を開けてみれば、リンは一時的な感情に流されていただけなのだと分かった。
でも、そんなことは薄々分かっていた。
分かっていたからこそ、俺は逃げていたんだ。
だって、それは俺の求めていたリンじゃないから。
俺達は決別した。
リンからすれば過剰な別れになったと思う。
それについては申し訳ないと思う。
でも、どうか、最後に傷を分かち合ったのだと、納得してはくれないだろうか。
そして、せっかくの機会だから会長との関係を深めてみよう、そう思ってはくれないだろうか。
ねぇリン、俺は、とりあえず旅に出るよ。
俺はもう、自由な冒険者だから。
まずは京都に行く。
ビッチで、はんなりで、包み込んでくれそうな京女と出会うために。
ごめんリン。
テンション上がってきちゃった。
「はんなり♪ はんなり♪ おいでやすぅ~♪ あぁ♡ もう堪忍しておくれやすぅ~♡ってか!」
……さ、帰るか!
俺は公園を後にした。
スキップしながら。
「なんか、浮かれてるね」
「仕方ないよ、今おにーちゃんは情緒がバカになってるから」
「だよねー。あのバカ女のせいでまったく」
「てかさ、明日から涼君と京都行くみたい」
「えっ?! 二人で?! 何で?! 私達は??」
「いや、男同士で気兼ねなく……みたいな?」
「……あやしいな」
「ねー。だって堪忍しておくれやすぅ~とか言ってたし」
「だよね、西園寺もめちゃモテるし、危険くない?」
「やばいね、変な京女に食べられちゃうかも」
「むしろそれ狙ってるぽくない?」
「うん、もうそうとしか思えないよ」
「………尾けちゃう?」
「…ですね」
「ふふ」
「ふふふ」
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