第15話 鐘が響く

駅の中とはいえ、人混みを避けるように少し離れた場所に設置されたピアノ。


ボク達はロッカーを探していたのに、言い争いをしているうちに駅の中心からどんどんと離れてしまったようだ。

しかし、人通りは少ないとはいえさすがに京都駅、それなりに人はいる。

というか、ボク達に気付いた子達が結構いて、密かに着いてきちゃったのだ。

ボクはともかく、響はあのちゃんねるを知らない。

その事を視聴者も知っているから、いつも遠慮がちに覗き見るか、隠れて着いてくるんだけど、ボクの見た目のせいか、今日はいつもより露骨だし何人かは撮影までしている様子。

すっかり二人の世界に入っていて気にもしなかったけど、もしかしたらさっきのボクの痴態も撮られちゃってるかもしれない。

でも、響の側に居てそんな事をいちいち気にしていたらキリがない。

鈴音ママから沢山お金も貰っているし、撮影くらい有名税として目をつむろう。

それに、今日のボクは仮とはいえ響の彼女だ。

時代はもうKyo-RinからKyo-Ryoへと変わったのだと、世間に知らしめるいい機会になるかもしれない。

でも…撮るなら一言あってもいいのにね。


響が係のお姉さんから話を聞いている間、ファンの子達を目で牽制しながらボクはそんな事を考えていた。



「一人10分までだってさー。でも次の人が来なかったらいつまでもいいよって。あと、普段は連弾禁止だけど今回は特別にいいってさ。さらにさ、なんか動画の撮影係がしたいってお願いされた。んで、出来ればその動画下さいって。何故かウルウルした目で言ってくるから思わずOKしちゃったけど…変な人だよね。あ、動画の件どうかな?やっぱ断る?」


「あっはははははっ!」


「なっ?!どした??」



ちょ、お姉さんあんたもかい!

あの子達だけ警戒していたら思わぬ伏兵がいてつい笑っちゃった。

まぁ、ちゃんと断りを入れてくるのは好感持てるよね。

でも…



「ううん!何でもない!ちょっとキョウくんここで待っててね♡お姉さんと話してくるから」


「そっ?じゃよろしく」



お姉さんが撮影係を申し出てくれた事は、ボクとしても有難かったのでお願いした。

でも、ボクのスマホで撮影する以上、受け渡しのために本名や連絡先を知られるのは避けたかったので、後でボクがSNSに上げたものを見てもらうか、あっちにいるファンの子達からもらうようにお願いした。

なんか、芸能人を気取っているような自分が嫌になったけど、お姉さんも快く了承してくれたので嬉しかった。


さっそく動画モードのスマホをお姉さんに渡し、ボク達は並んでピアノ椅子に座る。

今日何度も味わう響の温もり、思わず頬が緩む。



「さてと……あっ!お姉さん何かリクエストあります?撮影のお礼に弾きますよ?有名なアニソンとかなら大体おっけ」


なんて響が言うと、「で、ではルパンを!」とリクエストがあった。

おぉ。さすがKyo-Rinちゃんねる視聴者だ。

過去に配信した動画内でボクと響が弾いた回、見てくれてたんだ。


「りょーかい!ルパンだって、懐かしいな!じゃ、涼いくよ?」


「うん!」


こうしてボク達の演奏会in京都ステーションが始まった。


京都駅にボクらのアレンジしたジャジーなルパンが響き渡る。

すると、楽しげに踊る音符達につられ、ファンの子達だけじゃなく、すぐにボクらの周りに人が集まってきた。

それからはお客さんのリクエストを聞いたりして数曲弾いたのだけど、最後の方では山のように人だかりができ、急遽数名の警備員が出動するような事態になっていた。


沢山の観衆の中で奏でる響とのカップル連弾、ボク達のセレナーデ。

高まる周囲の熱気も相まり、否応なしにボク達の指にも熱が入る。

そしてそれが最高潮に高まった時、最後に響はリクエストをボクに求めた。


ボクのリクエストはリストのラ・カンパネラ。

イタリア語で『鐘』を意味するこの曲は、ピアノの魔術師と言われるリストの曲の中でも屈指の人気を誇り、また、超絶技巧の難曲としても有名な曲である。

そして、世界ツアー中に不慮の事故で亡くなった日本の若き天才ピアニスト、Sigure Sakamotoの最も得意とした代表曲であり、坂本響の名前の由来になった曲でもあった。

そう、ボクは、響の父が息子に名付けるほどに大切にしていたこの曲を「ボクのために弾いてほしい」そう願ったのだ。


それを聞いた瞬間、終始にこやかだった響の表情からスッと笑みがひき、一度目を閉じたあと、ドキッとするほどに真剣な眼差しでボクを見据えた。

この曲は彼にとっても特別で、聴かせる相手もまた、特別であることを意味するからだ。


しばし見つめ合う。

緊張感でボクの顔はこわばり、何故だか謝りたくなってくる。

やがて響の目が細く弧を描き、フッとやわらかな笑みをこぼした。

ボクは緊張と緩和に弄ばれてもうどうにかなってしまいそうだった。

そんなところへ


「涼だけに捧げます」


響は不意にボクの耳元へ顔を近づけそう囁いた。



心音が工事現場並みに凄い。

顔が茹で…いや油で揚げたかのように熱い。

呼吸もうまくいかなくてダースベイダー。

足が…というか全身がブルブル震えてマナーモード。


それでも、ボクは演奏の邪魔になってはいけないと、なんとかピアノ椅子から立ち上がろうとするが……案の定立てない。

すると、響は人形のように動けないでいるボクをそっと抱き上げ、椅子の中央に座らせ、ボクが座ったままの椅子を少し後ろにずらし、自身はボクの前に空いた少ないスペースに腰掛けた。

つまり、ボクは今響を後ろから抱きしめる形で座っている。

はい、幸せ。


そして、響はスゥーッと静かに息を吸ったあと、長くて綺麗な指をそっと鍵盤に添えた。


今、ボクのためだけの演奏が始まった。



今まで幾度となく聴いた響のラ・カンパネラ。

小学生の頃はまだ手が小さくて、どうしても弾けなくていつも悔しくて泣いてた。

中2になってやっと弾けるようにはなったけど、それはいつも鈴音に聴かせるためのものだった。


今日のラ・カンパネラ、僅かにテンポを落とした優しい音色。

鈴音はまるで何羽もの鳥が戯れているかのような、くちばしでつつく感じの早くて軽快な弾き方を好んでいて、いつも響はそれに応えていた。

だから、ボクもこんなに優しく、上品に奏でる響は知らない。

音の粒、その一つ一つが光の粒になって淡く煌めき、まるでこの場を祝福するかのような、優しくて、華やかで、心地よくて、時に力強い鐘の音が京都駅に響いた。



「「「ブラボーッ!!」」



無料で聴くのが申し訳ないほどに素晴らしい演奏だった。

感嘆の声、鳴り止まぬ拍手、感動で鼻をすすって涙する人々。

そんな大歓声の中、響はスクッと立ち上がりこちらに振り向く。


「さ、挨拶しよう?」


あの超難曲を見事に弾ききり、ホッとし、清々しく晴れやかな表情の響。


ボクは皆の歓声その一切を無視して、ただただ響だけを見つめていた。


ボクは席を立ち、演奏中ずっと止まる事のなかった涙を拭う。


拭いても拭いてもぼやける視界。

それでも目標を間違えないように、少し震える手でそっと彼の頬に両手を添える。









( あなたが好きです )









ボクの人生ではじめてとなる口づけ、万感の想いと共に、今、彼に捧げた。

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