第5章

第40話 い、い、で、す、よ、ね?

 そこは格式高い店で、普段行くような居酒屋よりも遙かに高級だった。

 貴族がお忍びで訪れるとの噂がある名店は個室の空間も広めにとられ、壁の絵画や天井の照明器具、幾つかの調度品も立派なものだ。

 その店で談笑し食事を楽しんでいるのはサネモとエルツ、そしてユウカになる。

「とても美味しいですね」

 ユウカはいつもより上質な服だ。白いドレス。胸元にはネックレス。いつものギルドで見かける姿とは違って着飾っている。そのせいで新鮮味があって、意外な一面を感じてしまう。

 かたや弟子のエルツは服に着られてしまって、しかも緊張しきっていた。初めての経験なので仕方がない。そのうちには慣れるだろう。

 サネモも良い服を着ていた。店の格式に見合うか微妙なところだが、それを堂々とした態度で補って、フォークで魚のソテーをつついている。

 壁際にはクリュスタが直立不動で待機。その整った顔立ちや身体つき、青いバトルドレスで背筋を伸ばし微動だにしない様子。ひとつの完成された彫像のようだった。

「お気に召して貰って嬉しいよ」

 多少遠慮気味にサネモは言った。

 以前に迷惑をかけたお詫び、それに日頃世話になっている礼も加え、食事に招待している。想像していたよりも高いため、主の気持ちを察せられる最高級魔導人形のクリュスタは自発的に警護の従者を引き受けたのだ。

「そうですね。あとデザート、もう少し頂いてもいいですか?」

「デザートのお代わりか……」

「い、い、で、す、よ、ね?」

 一言ずつ区切られた言葉は迫力がある。

 頭の中で出費を計算しつつも、サネモには頷く以外の選択がない。

「では、エルツさんの分も含めまして」

 ユウカの元にクリュスタが進み、食べたいものを聞き取り、外で待機する店の者に取り次ぐ。流石は万能奉仕型魔導人形、こうした対応も完璧であった。


「その節はすまなかった」

「いえいえ、別に構いませんよ」

 ユウカは屈託なく笑った。

 美味しいものの威力は絶大で、すっかり寛いだ様子で楽しそうな様子だ。元からサネモに対し感謝の念を持っていたが、これまでよりも親密度が増している。

「実のところを言いますと、むしろ助かった部分もありますので」

「助かったとは?」

「それはそうですよ――」

 ユウカは説明する時の癖なのか、指を立て教えてくれた。

 グレムリアン対策に様々な手続きや調整を行わねばならないが、そうした作業の常として、最初に手を付けた者が最後までやらされる事になる。しかしユウカは気絶していた為、作業は別の者が行うことになったのだった。

「――と言うわけで、私は面倒な仕事を免れたのです」

「なんだ、そうだったのか」

「でもグレムリアンを突きつけられた事は忘れてませんけどね」

「すまなかった」

 サネモが頭を下げると、ユウカは楽しそうだ。どうやら、からかわれたらしい。

 そんな楽しそうな談笑の横で、かつてない美味しさにエルツは幸せそうな顔だ。しかし空になった皿を見つめると物悲しそうに肩を落とす。察しの良いクリュスタは部屋の外へと声をかけたりしている。

「ところで、あの時のサイマラはどうされたのです?」

「ああ、今のところは知り合いの錬金術師に預かって貰っている。店番はできないが用心棒はできるので重宝しているようだ」

「もしかして三番通りのお店のコリエンテさんです? それなら大丈夫ですね」

「知っているのか」

「ええ、もちろんです。良い人ですよ、錬金術師ですけど」

 錬金術師は変人というのが世間一般の認識で、しかもそれがあながち間違っていないのが事実だ。あのコリエンテにしても、窓辺に飾ったグレムリアンの瓶詰めにうっとりするぐらいには変人だ。


「でも、あっさり馴染みの店を決めましたね。先生は三級ハンターなんですから、あちこちの店から誘いがあったでしょうに」

「大袈裟だな。たかだか三級になった程度だと言うのに」

「先生……三級になった意味が分かってます? 変わったのは、ギルドでの立場だけではありませんよ」

 恐らく驚き半分、呆れ半分なのだろう。ユウカはこめかみを揉んでいる。

「いいですか。三級になるには、まず真面目に依頼を受けなければいけません。でもですね、それが出来る人は先生が思っているより少ないですから」

「ふむ?」

 ハンターは誰でもなれる。

 それが意味するところは、他に仕事が見つけられない者が集まるという事だ。そして他で仕事が得られない者には、普通の生活を送れない何かしらのがある場合が多い。

 故に自堕落な日々を過ごし、生活に困ったら働くだけの怠け者もいる。または依頼を受けても途中で投げ出したり、そのまま放置して何もしない無責任な者もいる。

 多くの四級ハンターをみてきたユウカの言葉を疑う気はないが、サネモからすると信じられない感覚だった。

「だから先生は優等生ですね。こうして食事をご馳走してくれますし」

 琥珀の液体の入ったグラスを手にユウカは上機嫌。それは酒の類だが、同じものを口にしているサネモも気付いていない。

「お礼に、少し三級について語っちゃいます。いいですか、これからはギルド経由で依頼を受けられるようになるんです」

「経由とは……?」

 これまでもギルドから受けていた依頼と何が違うのか。サネモは小さく呟いて、ユウカに回答を促す。お詫びの食事であったが、こうして情報が得られるのだ。何が幸いするか分からない。

「今までの依頼はですね、国から貰う予算を使ってギルド自身が発注していたものです。はっきり言えば治安対策ですね。お金がないままなら、犯罪をしかねない人への救済ですね」

「ふむ……」

 心当たりのあるサネモは唸るしかなかった。実際、サネモも全てを失って他にどうしようもないのでハンターになっている。そのハンターという仕事がなければ、行き倒れる前に、何かの犯罪に手を染めていたかもしれない。

 クリュスタが新しいボトルを持って来ると、二人のグラスに注いだ。


「ですから四級は簡単な調査や討伐ばっかりだったわけですね。ですけど、ギルド本来の仕事は周辺の村や街、国や貴族や商人から舞い込んだ依頼の解決です」

 元々のギルドはハンターたち自身が結成したもので、依頼を受けて自分たちで解決し報酬を得ていた。しかし規模が大きくなるにつれ、ギルドは組織化されて、受けた依頼の仲介料を取ってハンターたちに斡旋するようになったのだ。

 ユウカもそうであるように、ギルド職員の大半はハンター経験がないのが現実だ。

「ですからギルドには、信頼できるハンターが必要なんです。仕事を投げ出さず、依頼人を裏切らず、真面目に依頼をこなしてくれるハンターが。だから三級は凄いんですよ」

 ハンターを級で格付けする理由も、実力だけでなく信用度の証明ともなる。

「分かりましたか、先生」

 酔ったユウカの顔は赤らんで目付きも怪しげだ。もちろん付きあって飲んでいるサネモも似たような感じで、普段よりも明るく快活な態度で笑っている。

「これからも、びしばし依頼を受けて下さい。上手くすれば貴族に認められて騎士になったり、商人に専属で雇われる事もあります。直接依頼を受けてもいいですけど、やっぱりギルド経由が安全ですけど」

「そういえばジロウの奴、直接依頼を受けていたな。ああいうのも、本当はギルド経由が安全なのだろうな。まあソフィヤールは大丈夫そうだが」

「ソフィヤール? もしかしてイフエメラルの主さんですか。へー、そうですか。名前で呼んでしまうぐらいなんですか」

「まあ、いろいろあってね」

 サネモがグラスを揺らせば、ユウカは頬を膨らませた。年相応より少し幼いぐらいの態度だが、酔った今はあまり気にしてないらしい。

「出来ればギルド経由で受けて下さいね。そうじゃないと、先生に会えなくて寂しいですから。いいですね」

「分かった、そうしよう」

「そうして下さい。それより娼館ですか。そーですか。先生もそーいう処に行くんですね、良くないですよ。そういうの駄目です、はい。良くありません」

「まあ、いろいろあったのだよ。うむ。ジロウも一緒に行ったのだがね」

「ジロウさん……? ジロウさんはいいですよ、先生はだめですけど」

 すっかり酔っ払ったサネモとユウカは身を乗り出し、打ち解けた様子で雑談。手元のグラスが空になれば、すかさずクリュスタがボトルを傾け酒を注ぐ。

 お腹いっぱいで満足しきったエルツは長話に飽きて眠たそう。

 そして夜は更けていく。

 クリュスタは酔っ払い二人と、寝ぼけ眼の一人をしっかりと宿に連れ帰る。ベッドの一つにエルツを寝かせ、もう一つに二人の酔っぱらいを送り込む。そして万能型奉仕魔導人形の能力を発揮し、二人の一夜に貢献した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る