第39話 寝ても覚めても食事の時も

 薄曇りの空の下。

 両脇に建物が並ぶ大通りで、サネモが石畳みを踏みしめる。石の表面は摩耗して、そろそろ取り替え時期が近い感じだが歩きやすくはある。

「とりあえず特別報酬は直ぐに貰えて良かった」

 頷きながらサネモは言った。

「でも、あれはないって思うよ。ユウカさん、担架で運ばれてたし」

「それはまぁ、ちょっとしたアクシデントというものかな。だがしかし……落ち着いた頃に、美味しいものでもご馳走するとしよう。デザート付きで」

「その方が良いよね」

 もうこれは謝罪だけではすむ感じではない。食事だけでなく、何か贈り物をした方がいいかもしれない。気の利いた品を探すべきだろう。

「次からは、グレムリアンは出さないようにしないとな」

「グレムリアン以外もダメだと思われます。と、念の為に告げておきます」

 クリュスタがフードの奥から言った。

 大通りを外れた小路に入って行く。一度しか来ていない場所でも、クリュスタは迷うことなく先導してくれる。

 相変わらず周りからは観察するような視線が向けられていたが、今度はサイマラも一緒なので尚のこと注目の的だった。サネモは肩を竦め、小路にある店のドアを開け足を踏み入れた。

 ドアベルの音が鳴り響く店内は整然として、棚に並ぶ薬品類などの商品は几帳面に向きも揃えて陳列されている。彩りは豊富で明るい色が多い。

「いらっしゃーい」

 間延びした声で出迎えてくれたのは、錬金術師のコリエンテだ。相変わらずエプロン姿だった。入ってきたのがサネモたちだと分かると、ニカッと笑って嬉しそうな顔をする。顔を覚えていてくれたらしい。

「やあやあサネモ先生、無事に戻られたんですね。良かった」

「名乗ったか?」

「ジロちゃんが来て、教えてくれましたんで」

「ああ、なるほど」

 元々はジロウから教えて貰った店なので、その本人が来店してサネモの事を話題にするのは当然だった。どこまで話をしたかは分からぬが、ジロウは悪い奴ではないので問題なかろう。

「焼き菓子の味どうでした? 感想なんか欲しいですねー」

「味は良かったが、味が良すぎて減りが早いことが難点かな」

 言いながら横を見れば、エルツが気まずそうに視線を逸らす。食糧を必要としないクリュスタの分まであったので良かったが、そうでなければ困ったかもしれない出来事があったのである。


 回復薬と幾つかの品を補充して、サネモは言った。

「珍しい品の買い取りが出来る話だったが、遺跡で回収してきた品はどうかな?」

「はいはい、どーぞ。どんなものでも買い取りますんで」

 頼もしい言葉だが、売り物を取り出すには場所が狭い。事情を説明すると、コリエンテは店の奥へと案内してくれた。

「えっ!? こんなに!?」

 店の裏の空いた場所――どうやら試作品の実験場らしい――に次々と並ぶ魔導甲冑の残骸に、コリエンテが驚きの声をあげた。

「どうかな、買い取れるかな」

「うーん……そうですねー」

 渋い声をあげコリエンテは残骸に取り付き、触ったり中を覗き込んだりと忙しい。しっかり真面目に査定をしている。よじ登ったり、這いつくばったりとスカート姿である事を気にもしていない。

「これって魔導甲冑クゥエルですよ。うん、間違いないです。ありゃりゃ回路関係は殆ど取られてますねー。いやきっと外殻は使えるよ! 加工が大変だけど! うんうん、それを考えると――全部で一万リーン!」

 ずっと独り言が続いて、最後に勢いよく振り向いて金額を言った。

 変人っぽさが漂っているが、しかしサネモは気にもしない。学院に所属する賢者の中には、もっと酷い変人がいっぱいいたのだ。慣れたくはなかったが慣れている。

「一万リーンか……」

 どうせ拾ってきただけなので、値段はどちらでもよい。魔導甲冑の残骸全部と、以前に売り払ったアリーサク一体が同じ値段という点が感慨深かった。

「これでも結構おまけしているつもりですけどねー」

 だがコリエンテは、サネモの呟きを別の意味にとったらしい。少し困ったように頭を掻いた。

「ああ、渋っているわけじゃないよ。単に拾ってきただけの品が、良い値になるものだと感心しただけだから。その値段で引き取って貰えるか」

「まいどあり、なんですよ」

 売り物の質は良く値段も適正。店主のコリエンテの人となりは良く、何より錬金術師。そして買い取りもしてくれる。馴染みになっておいて損はないだろう。


 室内に戻ると、お茶と菓子が出される。

 商談成立したお礼がてらで、ひと段落という事らしい。エルツはクリュスタから菓子を貰って喜んでいる。

 そしてコリエンテはモノリスに興奮気味だった。

「しっかし凄いですねー、そのモノリス。不壊不滅に重力操作などなど、空間魔術を応用した収納箱。この大きさに術式を永久化させるとか、神業ですよ神業」

「メルキ工房ならではだよ」

「さっすが変態工房ですねー。ロマンをこれでもかと突っ込んできます」

「クリュスタも初代メルキの手によるもので間違いない。仮にメルキ本人と特定されなくても、一派の傑作という点は異論がない」

「いえいえ間違いなく初代メルキですよ。この窺い知れる技量の高さ! 肌の精美さと髪が明るく冴えている点、加えて造形美が胸が豊かな姿も好ましくて――」

「外見だけでなく思考面もそうだぞ。メルキ工房を研究する資料的価値も高い――」

 サネモとコリエンテは熱心に語り合う。

 傍らに待機するクリュスタは自分が話題になって嬉しそうで、そして得意そうだ。話についていけないエルツも、こっそり菓子を独り占めしているので満足そうだ。

 お茶がきれて会話を中断させ、コリエンテがお代わりのポットを持って来た。注がれる様子を見ながら、サネモは思いついたように言った。

「ところで、生物の死骸なども買い取りなども可能かな?」

 ぎょっとしたのはエルツだった。

 ギルド受付で起きた惨劇を繰り返す気なのかと恐れているらしい。

「待って、先生待って。それって、もしかして……」

「もしかしなくても、そうだ。持って来たはいいが、あんなもの捨てるに捨てられないだろ?」

「それはそうだけどさぁ」

「だったら、ずっと持っていたいか? モノリスの中とは言えど、あれがずっと身近にあるんだぞ。寝ても覚めても食事の時もだ。どんな気分だ」

「うっ……嫌かも」

 ひそひそと話をするが、あまり隠す感じではないので内容は丸聞こえ。一応はそういった案件だという事を遠回しに伝えているつもりだ。もちろんコリエンテも分かっているらしく、素知らぬ顔をしてカップを口に運んでいる。


 サネモは間を取り持つように頷いてみせた。

「とある生物の死骸を回収したが、ギルドで出したら騒ぎになってしまったんだ。それを見て貰ってもいいかな。言っておくけど見た目も含めて、いろいろ良くないが」

「はいはい気にしませんよー。錬金術師やってますと、いろいろありますからねー」

「買い取りが無理でも、引き取ってくれるだけでも嬉しい」

 軽く合図をすればクリュスタがモノリスの中に手を突っ込む。そして取り出されるのがグレムリアンの死骸だ。その黒みを帯びた獰猛そうな姿に、流石のコリエンテも目を見開いて震えているが――。

「はわぁ、これグレムリアンじゃないですか!? しかも状態のいい生の死骸! 最高ですねー!」

 どうやら喜んでいるらしい。問題は値段だが――。

「これ一匹で一万リーンでどうです?」

「あー、それは任せるよ。出しておいてなんだが、これを何に使うんだ?」

「そりゃもう触媒には最高なわけですよ。外の殻だって耐性が高いんで、普通の皿には置けない危ないブツでも、気軽に置けてしまう。内蔵も上手く処理して精錬すれば仙丹に近いものができるという素敵な素材」

 厄介なグレムリアンも錬金術師にかかれば、単なる素材でしかないらしい。何でも素材にして何でも使う錬金術師こそ、最強の存在ではないかと思えてしまう。

 コリエンテは身をのり出した。

「一匹いたら三十匹はいるって噂のグレムリアン。まだあります?」

「消し飛んだはずだよ。と言うより、こんなの放置してはおけないだろ」

「仕方ないですね」

 ガッカリ気味のコリエンテだが、直ぐに気を取り直した。

 手に入ったグレムリアンを大事そうに運び、大きめのガラス瓶に入れ何かの溶液を注いで封入をしている。後ろ姿だけでうきうきしている気分が分かってしまう。エルツはそれに恐ろしいものを見るような目を向けていた。

 コリエンテの作業が終わるまで少し暇だ。

「我が主、ユウカに対する贈り物を探されてはどうでしょうか」

「なるほど、確かにいろいろある」

 ユウカ向けには、可愛らしい縫いぐるみやら、お菓子の詰め合わせが良いかもしれない。または肉体精神どちらにも利く疲労回復薬や、安眠用の薬も候補だろう。

 棚には様々な品が並んでいる。生き物や生き物のパーツの瓶詰めといった品さえ見なければ、とても良い店に違いない。

 店の外ではサイマラが待機し、営業妨害気味に警備をしていた。

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