第32話 ここは熱いハグで褒めるべきではないでしょうか

 岩だらけの山肌に刻まれた危険な道を進み、いつ岩が落ちてくるか分からぬ大岩の点在する場所を通り抜ける。いかにも地形が険しく、足下には帯のような細い水の流れがあった。

 苔の生えた石段をのぼると、ようやく視界が開けた。

 そこは山の中に張り付くような平場だ。建物らしいものがあり石壁や加工された石など、人の手の加わった破片が散らばっている。幾つか木も生えているが、どれも奇妙に捻れていた。

 ここが目的の遺跡群だ。

 既に三つの遺跡を巡って、これが最後の場所となる。途中で戦闘があったり、道に迷ったり足元が悪かったりで、最初に計画していたようには進めなかった。

 天気が良かった事だけが幸いだ。

 足下は石のようで石ではない、何か奇妙な硬いものが敷きつめられていた。ところどこひびが入って、隙間から緑の草が生えている。小振りの建物が幾つも並んでいるが、どれもこれも酷く破損していた。

 各々が小さい遺跡であるため、散々に漁り尽くされた後で、残された品もない。

 ただしそこには――エルツが前方を指さした。

「あれ何だろね」

 それは残骸だ。

 残骸ではあるが、人の形をした金属塊だ。ただし魔導人形ではなく、中身はがらんどうな全身鎧といったものだ。濃黄緑色をした表面は日射しを浴びて、ぎらっとした金属のような光沢がある。

 興味を惹かれたエルツが近づいて表面を叩くと、硬質な重い音を響かせた。

「何だろ?」

「これは……どうやら魔導甲冑のようだな」

「魔導甲冑?」

「詳しくは知らない。身につけた者の身体能力を向上させる機能を持つ鎧だよ。元々は魔導人形に対抗するために開発されたものだ」

 魔導人形に関する事柄なので、それなりには知っている。

 人間の戦闘力を高めるための装備ではあったが、魔導人形と人間が戦う事は人道上と倫理上に重大な問題があるという謎の理屈で、魔導人形の相手は魔導人形が行う事になった。結果として、魔導甲冑は主に人間同士の戦いに使用されていたようだ。

「ふーん……うぇっ? 鎧って事は中に人が……!?」

 エルツが慌てて離れるのは、そこに亡骸があると思ったからに違いない。驚いて逃げ戻って来るが、しかし中身はとうの昔に土に還っているはずだ。


 ここではかつて激しい戦闘が行われたのだろう。

 原形をとどめない塊になったもの、上下に分割されたものや焼け焦げたもの。地面にめり込み、または建物に突っ込んだもの。

 そんな魔導甲冑の残骸が、見回した範囲で軽く十や二十はあった。

「……むう」

「どうされましたか、我が主」

「いや、大した事ではない」

 サネモが気になったのは、残されている魔導甲冑に刻まれた標章が悉く同じという点だ。しかも人間同士の戦いにしては、損傷の仕方が疑問に思える。まるで人間ではない、何かもっと強い存在――それこそ魔導人形のような――と戦ったような印象を受けたのだ。

 もちろんサネモの感想だけであるし、全ては遠い過去の出来事である。

「それよりも。古代の遺物であれば、これも高く売れないか?」

「でも、放置されてるから価値がないのかも?」

「むしろ持ち出せないから放置されている気がする」

 ここに来るまでの山道を思いだす。

 足を滑らせれば谷底まで真っ逆さまな箇所もあれば、通るのがやっとの狭い岩場や大木の生い茂った場所もあった。小さな残骸ならともかく、魔導甲冑の残骸たちを持って通るには、多大な労力と危険を伴う。

 だから持ち帰れる程度を剥ぎ取って放置されているのだろう――ふとサネモは思いついて横を見た。蒼いバトルドレスで佇むクリュスタの背後には、長方形のモノリスが浮遊している。

「この魔導甲冑の残骸もモノリスに入るのか?」

「はい、可能です。回収いたしましょうか」

「それなら回収してくれ。きっと金になるだろうからな」

「畏まりました」

 頷いたクリュスタはモノリスを展開させ、転がっていた大きく破損した魔導甲冑の残骸を持ち上げ、漆黒の内部へと放り込んでしまう。

「えっ、なんか凄い……」

 エルツは目を丸くして、その作業を見つめていた。


 残骸を回収しながら遺跡を巡回。

 流石に山奥にあるため盗賊の類が占拠している事はなかったが、それでも小型モンスターには遭遇したので退治しておく。ただし戦闘はクリュスタが主に行ってサネモとエルツの出番はなかった。

 ひと通り巡って確認すると、後は気楽な時間だ。

 適当な瓦礫に腰掛け、携帯食料を取り出す。甘みがあるためエルツは待ちかねていたように齧り付いている。

「でもね、どうせ取り尽くして何もない遺跡なら。壊しとけばいいのにって思う。だって、そうでしょ。そうすれば、モンスターとか棲み着かないのに」

「壊すのは簡単だが、壊れた物は二度と元には戻らない。貴重な古代な遺物は大事にすべきだよ。それに、そんな事をすれば我々の仕事もなくなってしまう」

「それもそうだね」

 山中の遺跡群は空からの日射しに照らされ、木々に覆われた鬱蒼とした山も濃淡が明瞭としていた。ときおり何かの鳥が激しく鳴いているぐらいで、辺りは静かな空気に満たされている。

 かつてここに人が暮らし、そして激しい戦闘が行われたとは思えない静けさだ。

 ぼんやりとする間もクリュスタが魔導甲冑の回収を行っている。

「我が主、新たな遺跡入り口を見つけました」

 クリュスタが戻って来た。

「そうなのか!?」

「ギルドより貸与された地図に印がありません。未知の遺跡と思われます」

「素晴らしい! それはお手柄だ」

「言葉ではなく、ここは熱いハグで褒めるべきではないでしょうか。と、クリュスタは若干の不満を感じています」

 サネモが要望に応えるべきか迷っていると、エルツがハグしたのでクリュスタは反応に困っている。サネモも軽く肩を叩いて労りだけはしておく。

「さあ案内してくれ」

「何か凄いものがあるといいね。でも何で、今まで見つからなかったのかな」

 エルツの疑問はもっともだった。

 ここを訪れたハンターたちも、念入りに調べたはずだ。草の根をわけてとか、地面を掘り起こしてとか。しっかりと調査しているはずだ。それが初めて来て、いきなり見つけるなどあり得ない事だった。

「どちらが先か不明ですが、崩れた山に魔導甲冑が突っ込んだ状態でした。その残骸を回収したところ、扉が露出したのです」

「なるほど。剥ぎ取りだけしたので気付かなかったのだろうな……」

 行ってみると、露出したばかりと分かる湿って黒みを帯びた土の斜面に、赤茶色をした金属扉が存在した。魔導甲冑が衝突した影響か、扉は大きく歪んでいる。その表面には、赤い真言文字で【非常】【扉】と記されていた。

 どうやら緊急用に使用するための出入り口だったらしい。

「凄い凄いよ」

 エルツが気楽に喜ぶのとは逆に、サネモは最初の興奮は終わり慎重になっていた。


「中に入らなくとも、これを報告するだけでも充分な成果となる」

「えーっ!? 中を調べないの?」

「未踏査の遺跡は危険だよ。何があるか分からない」

 サネモは未踏査遺跡の調査で死にかけただけに慎重だ。あの時は相手が魔導人形で何とかなったが、あれが別種の魔法生物であれば間違いなく死んでいた。

 しかし、クリュスタを見つけたように、極めて貴重な品に出会う場合もある。それを思うと確認をしたい欲が動くが、何度も同じような幸運に恵まれるとも考えられないのも事実。

「とは言えな、調べないのも勿体なくはある。うーん悩ましいな」

「ちょっと入って危なそうなら引き返せばいいんじゃないかな。クリュスタさんもいるし大丈夫だよ、きっと」

「むむむむっ……」

 悩むサネモだが、悩むという事は半分は心が決まっているという事でもある。結局は未知の場所に対する好奇心と、貴重な品を手に入れたい欲には勝てなかった。

「よし、行くか。扉は開けられるかな?」

「やってみます」

 歪んでいた扉をクリュスタがこじ開けにかかった。

 モノリスの大きさを調整し、それを隙間に突っ込む無理矢理こじ開ける乱暴な方法だ。相当な力が生じているのだろう。金属の軋む甲高い嫌な音が響き、少しずつ扉が動きだす。徐々に中へと光が差し込んでいく。

「凄いねー、モノリスって便利なんだね」

「きっと、この使い方は想定していなかったと思うが」

 暗い空間に眩い光が差し込むと、僅かな隙間から入り込んで繁殖していた地虫や何か知らぬ虫が驚き逃げ惑った。

 内部は人工的に加工された通路になっている。壁は金属質だが、何か分からぬ材質だった。中を覗き込んだエルツが、足元に散乱する白いものに気付き悲鳴のような声をあげる。

「先生、これ骨だよ」

「そのようだな。複数あるようだ」

「ここから出ようとして、出られなかったのかな。可哀想」

「…………」

 サネモは眉を寄せた。

 もし出られなかったのであれば、この大昔の気の毒な人々は別の場所に向かったはずだ。それであるのに、この開かない扉の前で命を落としたのは何故だろうか。

 よく分からない。

「慎重に調べるとしよう」

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