第33話 モノリスって便利なんだね

 骨を踏まぬよう気を付けて足を踏み入れる。

 途端にカタカタと音が響く。動き出した骨が浮き上がり、見る間に組み合わさって元の形をとろうとしている。不遇な死を迎えた場合に誕生するスケルトンだ。

「やはり危険な場所だったか」

「骨、骨が動いてるよ!」

 サネモとエルツの間を、長方形をした黒い物体が通過した。

 モノリスだ。

 動きだしていた骨に激突すると粉砕し、床に散ったそれに覆い被さって押しつぶした。しかも上で跳ねるように上下した。骨は粉になって、もう動かない。

「モノリスって便利なんだね」

「いや、違うと思うぞ」

「そうなんだ」

「そうだ……と、言いたいが少し自信がなくなってきたな」

 振り向くサネモの前で、クリュスタはこれでもかと言うぐらい堂々と胸を張った。その金色の髪に青いバトルドレスの姿は優美なものだ。

「ここからの先頭はクリュスタが努めます」

 それは有無を言わせない口調であったし、サネモとエルツもその方が良いと思っていたので文句はなかった。

 クリュスタの後ろに続いて歩き出す。

 練習も兼ねてエルツが灯した魔法の光が揺れ動き、光の届かぬ場所に影を生じさせる。何か分からぬ硬質な床に足音が響き、長年の間に溜まったと思われる乾いた砂を踏む音が交じる。

 先頭のクリュスタは表情を変えぬまま周囲に目をはしらせた。

「この遺跡は、まだおりますね」

「そのらしいな。空気が少しも澱んでいない」

「はい、さらに湿度と温度も一定に保たれています」

 入ってきた箇所から考えれば、ここは地下になっている。それであれば内部は寒く湿度が高くなるはずだ。しかし辺りは、むしろ温かで湿気も感じない。明らかに空気が調整されている。

 一本道をしばらく進み、行き止まりになった正面に黒い扉があった。

 金属質だがこれも素材は分からない。鍵はこちら側からかけるもので、クリュスタは解錠すると少し開け、内部の様子を確認する。

 そちら側は光の灯った状態で、完全に生きている状態だった。

 ここからが本当の遺跡という事だ。


 クリュスタは遺跡内部に入り込み、さらに周囲の確認を行った。

「モンスターなど危険な存在は確認されません。中へどうぞ」

 さっそくエルツが興味津々に中に入って辺りを見回す。サネモも続いて入って、静かに後ろ手に扉を閉めた。

 真正面に入ってきたのと同じような黒みを帯びた扉があり、そちらは施錠されて進めない。通路は左右に伸びているが、左側は少し先で壁が崩れなだれ込み、大量の土砂によって通路は完全に塞がれていた。石や岩、そして壁などの破片が通路に転がり出ている。

 右側は少し先で広めの空間だった。

 升目状に仕切られた白い天井から光が降り注ぎ、床は細かな長方形をした石が敷き詰められていた。どこか高級感が漂う造りである。

「ここが本来の入り口だったのかな」

 その場所に入って右側に立派な大扉がある。開けようとしても少しも動かないが、無理に開けようという気はない。扉の真向かいに客を出迎えるように青みを帯びた像が置かれていた。

「先生、これ魔導人形だったりしないよね」

 不安そうなエルツの言葉に、しかしサネモは苦笑した。

「問題ない。ただの彫刻だ」

 二頭の四つ足の生き物を模した彫刻だ。馬に似てはいるが、もっと細身で片方は頭に枝分かれした角がある。侵入者を監視するように、真正面から見つめて来ている。

「でもほら、魔導人形かも……」

「んん? この私が魔導人形を見逃すとで思っているのか。いいか、あの関節部を見れば胴体と一体化し可動しないと分かる。もちろん流体金属系魔導人形といった場合もあるかもしれないが、その場合は目が違うんだよ目が。よって、あれは彫刻だ」

 そちらに足を踏み入れたサネモは、自分の言葉を証明するように青みを帯びた像に近づき手で叩いてみせた。

 安心したエルツも近づいて手で叩く。

「これ大昔の彫像なんだ」

「価値があるかは分からんな。回収しても良いが……」

 軽く押してみるが足下で固定されているらしい。びくともしない。

「余裕があったら帰りにでも回収すればいいだろう」

 慎重に奥へと進む。


「何だかよく分からない施設だな」

 サネモは顎に手をやり、辺りを見回した。

 彫像のあった場所から次の空間だが、そこには多人数が座れる場所があったかと思えば、奥まった場所に鍵の掛かる棚が多数あった。そして明らかに訪れた者を応対し受け付けする目的のカウンターもある。

「大人数を迎え入れる目的がある場所のようだな」

「我が主、ここは博物館もしくは美術館と呼ばれる施設だと推測します」

「博物館に美術館? それは何だ」

「はい、各種分野における資料を集め保管し、さらにそれを展示公開し全ての人々が自由に学習できるよう支援する施設です。特に美術品を収集し展示する場合を美術館と、それ以外を博物館と呼ぶようです」

「なんだと……」

 そのような施設の概念はサネモにとって驚愕だった。

 資料とは秘匿するべきものであるし、美術品は特権階級の生活を彩るものだ。それらを展示し、大勢に公開するなど、全く想像の範疇である。

 サネモも自分の研究成果を誰かに見せるとなれば抵抗がある。学院などで発表し知識層に知らしめる事は構わないが、無知蒙昧なる人々に見せるなど考えたくもなかった。だが魔導人形を収集し多くの者に見せるのであれば――そこで気がついた。

「はっ!? ひょっとしてだが。魔導人形の美術館もあったりするのか」

「その情報はありません。ですが興味が及ぶ対象であれば、何でも収集し展示しますので魔導人形に対しても可能性はあるかと。なお、魔導人形は美術品ではないので博物館となるはずです」

「何を言うか。魔導人形の姿、そして存在を美術品と言わずして何と言うか。クリュスタとて、至高の芸術品ではないか」

「我が主に褒めら照れております。と、現在の心境を表現いたします」

 さらにサネモは興奮気味に辺りを見回した。

「もしかすると、ここが魔導人形美術館かもしれない!?」

「確実に違うと思います」

「むっ、そうか……」

 肩を落とすサネモだが、直ぐに気を取り直す。

「いやしかし、あるぞ。この世界のどこかにはあるはず!」

 夢のような場所がどこかにあるかもしれない。もしそれを見つけられたら、最高に違いない。魔導人形研究を再開する為の金稼ぎが目的だった遺跡探索に、がぜん目的と目標が出てきた。

「畏まりました」

 さっそく辺りを確認しているのだろう。クリュスタの端正な顔が、辺りをゆっくりと見回した。そこに感情といったものは見られない仕草だ。エルツも一応は辺りを見回しているが、むしろ遺跡という場所に対する不安と警戒が強い。

「ねぇねぇ、結局ここには何があるの?」

 その指摘はもっともな事だった。

「分かりませんが……中を歩けば分かるのではないでしょうか」

 クリュスタの言う事も、もっともな事だった。


 青灰色の絨毯を踏みしめながら進む。

 辺りは薄暗いが、それは元からのことのようで、展示された物を照らし出すように照明が向けられている。展示は台座の上に透明ガラスの箱があって、その中に品が納められていた。

 しかし幾つかは割れて中身がなかったり、落下して粉々になっていた。その砕けた破片の中から、エルツが欠片を拾い上げた。展示されていたものらしい。

「これって焼き物だよね。うちの村でも、こんな感じのがあったよ」

「ああ、土を練って煉瓦のように焼いて使う器か」

「そうそう。割れやすいけど、すぐ出来るからね」

「大昔の人々は、そんなものをありがたがって展示していたのか。なんとも変わった事をしていたのだな」

 無事な展示物を見ても、やはり土を練って焼いたと思われる箱や、器や筒だった。多少は表面に艶があったり模様があったりし綺麗に彩色されてもいたが、どう見ても貴重品には思えなかった。

 今と昔では価値観が違うのか、それとも酔狂者が展示をしたのかは分からない。分かる事があるとすれば、この品を回収しても高くは売れないだろうという事だった。

 ガッカリしながら進むと――。

「ご注意を」

 クリュスタが警告を発する。

 咄嗟に身を強ばらせるサネモであったが、クリュスタは少し前方を見やり、展示ケースの陰に身を隠したまま、ほっそりとした手を動かし奥を指し示した。

「…………」

 サネモが覗き込むと、そこにはお宝が立っていた。

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