第4章

第30話 遺跡の巡視をして頂きたいだけです

 遺跡とは、古代魔法文明の残した建造物になる。

 そこは国の管理下にあるが、多くの数があるため完全に管理しきれているわけではない。価値があったり、規模が大きかったり、危険であったりする遺跡には警備も配置されるのだが、その他は定期的な巡視がされる程度。まして小さな遺跡となれば、その頻度も少なくなる。

 そもそも末端の兵士が真面目に巡視を行うとも限らない。

 すると、そうした放置された遺跡が盗賊などの根城になっている場合もあった。

「まさかまた盗賊退治?」

 サネモがうんざりした顔をすると、ハンターズギルド受付嬢ユウカはゆるゆると手を振る。ちょっとだけ疲れた雰囲気だ。最近仕事が多いとぼやいていた。

「いえいえ、違いますよ。遺跡の巡視をして頂きたいだけですよ、先生」

「なるほどそうか。では、そこに盗賊がいたらどうすればいいのかな?」

「お話をして退去して貰う感じですね」

「退去するとは思えない。結局は盗賊退治になるわけだ」

「ですよねー」

 ユウカはあっさり肩を竦めてみせた。

 その仕草の中に親しみや気を許した雰囲気が感じられ、サネモは少し苦笑した。今も自分を先生と呼んで扱ってくれる相手であるし、世話になっている相手なので親近感がある。

「まあ、いいか。その依頼を受けさせて貰うよ」

「助かります。それでは直ぐ場所を選定しますから、ちょっとだけ待って下さい」

 ユウカは横から書類を取り出し、地図と見比べながら考えながら頷いている。少しして場所を決めたらしい。

「一つは山の中ですけど、数日でいっぱい遺跡に寄れるコースです。もちろん確認した遺跡の数で報酬は決まりますから」

 軽くウインクをしてくれるので、お得な仕事という事らしい。かつてサネモがギルド勤めを紹介した恩を、ユウカはまだ忘れていないのだ。

「なるほど、それはいいが遺跡を確認した事はどうやって証明すればいい?」

「もちろん自己申告です」

「それはどうかと思うが……」

「日頃の仕事ぶりや態度で紹介する相手は選んでますよ。実を言えば――」

 ユウカは口の横に手を当て軽く身をのりだし、内緒話の仕草をする。

「――これ昇級試験も兼ねてますから」

「なんだって?」

「しっ、声が大きいですよ。いいですか、後で遺跡の形や様子とか質問しますから。無事に合格すれば、これで三級になれますから頑張って下さい」

「なるほど、しっかり確認してこなければいけないな」

 サネモは少しだけ微笑を深め、ユウカの気遣いに感謝してみせた。


「先生、ごめんね。遅れた」

 入り口の方からエルツが走ってきた。

 商店で買い物をしてきた後なので、荷物の入った鞄を背負っている。自主性を育てるため、ハンターとして必要な道具を買いに行かせておいたのだ。もちろんクリュスタも一緒だ。

 クリュスタがとことこ歩いてくるが、今日は近場を動いただけのため、フードをつけていない。そのバトルドレス姿に、ハンターズギルドにたむろしてた者たちの注目が集まっていた。

 魔導人形と知っている者は羨望の眼差しで、知らない者は憧れの眼差しを向けているのだが、それはクリュスタを追いかけサネモに向けられると嫉妬に変わっていた。

「我が主、お待たせいたしました」

「ちょうど依頼が決まったところだよ。明日から数日街の外となる」

「畏まりました」

「買い物で必要なものはそろったかな」

 確認の言葉にエルツが鞄を探って、道具を取り出し説明をしてくれる。ユウカが手続きを進める間の時間つぶしに丁度良いが、しかし辺りにいる連中の注目を集めてしまう。

 諸事情により目立ちたくないサネモが困っていると、ユウカが呼んだ。

「はい、完了ですよ。ここにサインをお願いします」

 書類の記名欄を確認しながらペンを受け取る。

「ところで妙に人が多い気がする。何かあったかな」

「毎年のことですよ、冬が近いですからね」

 冬ともなれば作物の採れず寒さは厳しくなるばかり。そうなると望む望まざるに関わらず、多数が生きるために少数が放り出される。彼らは雪が降る前に旅をして何とか街に辿り着き、生きるためにハンターになり、そして淘汰されるというわけだ。

「登録手続きだけで手一杯ですよ。こちらの斡旋の仕事でちょっと息抜きです、流石に登録して直ぐに依頼を受ける人って少ないですから」

「それは意外だ」

「今だから言いますけど。あの時は、これで先生は戻ってこないだろうなって思ってましたよ。もちろん予想が外れて安心したのですけど」

 手渡されたペンでサインをした書類を渡すと、ユウカは一瞥して確認した。

「生き残る人とそうでない人って、だいたい分かりますから。でも先生は私の予想を裏切りましたから。私の見る目がなかったと思わせるぐらい、どんどん活躍して下さいね」

 書類に向けて大きな印章が振り下ろされ、ドンッと大きな音をたてた。


 もう一度買い物に出かけたのは、宿に荷物を置いた後だった。依頼に必要な道具類は揃っていたが、数日外出する事は考えていなかったため食料が足りなかったのだ。

「普通は外で採取する方が多いんじゃない? 俺もそうしてるし」

 言ったのはジロウだ。

 携帯用の食料をどうするか考えていると、ちょうどそこに通りかかったので挨拶ついでに聞いたのであった。装備の汚れ具合からして依頼の帰りらしいが、快く教えてくれる。

「ただ外で食べると腹壊すこともあるし……それが心配なら干し果実とか干し肉、乾燥大豆とかの穀物類もありかな」

「なるほど、納得だ」

「その感じだと、通いの店とかないよね。良かったら俺の行きつけ紹介するけど」

「ありがたい。だが、いいのか?」

「先生なら問題ないからね。でもって先生がいっぱい買い物してくれたら、俺が感謝されるわけだし。うっし、近くだから一緒に行きますよ」

「ジロウも疲れているのだろ? さすがにそこまでは手間を掛けさせられない。場所さえ教えて貰えば自分で行こう。もちろんジロウからの紹介である事はしっかり伝えておくよ」

 サネモが言うと、ジロウは頭を掻いて笑った。実際にはかなり疲れていたに違いない。この気の良い相手に店の場所を教えて貰う。

 そして――。

「この場所が特徴に合致します」

 クリュスタがフードで顔を隠したまま言った。

 そこは大通りを二つほど横切った先の、何軒かの店が並ぶ小路だ。

 街中の小路は大通りとは違って、そこぞこに棲み分けがなされているため、馴染みの者以外は足を踏み入れにくい雰囲気がある。実際小路に入ってからは、さりげなくだが周りから見られていた。

 だからサネモも教わっていなければ、間違いなく近づかなかったに違いない。

「まあ紹介された場所だ、入ってみるとしよう」

「畏まりました」

 周囲の様子など気にした様子もないクリュスタは、躊躇いなど皆無で店のドアを開け足を踏み入れた。率先して動くのは警戒のためもあるのだろう。

 サネモは肩を竦め、エルツを促して後に続いた。


 思ったよりしっかりした店らしく、店内は整然としており、棚に並んだ薬品類は等間隔に並べられ、箱に立ててある地図の巻紙も丁寧に端が揃えられていたりする。

 少し几帳面すぎるぐらいかもしれない。

「いらっしゃいませー」

 奥から間延びした声がして、背の高い女性が出て来た。赤いエプロン姿だ。

「何をお求めですか?」

「携帯する食料関係だが。その前に店のことはジロウ、ああ本名はジロウライトからお勧めだと紹介されて来た」

「ああ、ジロちゃんの紹介なんだ」

 嬉しそうに手を合わせ柔和に笑う。ジロウが何故ここを紹介して感謝されたがっているのかは理解できる。

「携帯用の食料ですか、それだったら干し物関係が良いですねー。でも、実はちょうど焼き菓子があるわけですよ。ちょっと試食してしまいます?」

 サネモが頷くと女性は直ぐに、また奥に引っ込んだ。

 初見の客に対しここまで不用心で良いのかと心配になるぐらいだ。

「先生。食料なら、僕は焼き菓子がいいな」

「食べて確認をしてからにしよう」

「大丈夫、きっと美味しいと思うよ。間違いないよ」

 エルツが確信しているように頷いている。

 実際に、それはその通りだった。戻ってきた女性が皿にのせて持ってきてくれた焼き菓子は美味しかった。小ぶりの長方形をして、やや固いがさくさくした食感で、甘味と同時に仄かな塩味がする。

 難点は喉が渇きそうなところだが、エルツは期待しきっている。

「では三日分ぐらいで三人分を頂くとしよう。包んでくれるか」

「ありがとーございます。これからも、よろしくなわけですよ。あと他に回復薬とか布とか各種用品は如何ですか?」

「そちらは事前に買っている」

「残念。でも、うちの回復薬は効果が高いですから、次は是非是非どうぞ。なんと言っても自家製なんで」

「なるほど……もしかして錬金術師?」

 サネモは指についた焼き菓子の欠片をなめながら尋ねた。錬金術師であれば、こうした焼き菓子も得意だろう。

「いやー、分かっちゃいま? 自己紹介がまだでしたねー、コリエンテと言いますんで。もし珍しい品があれば買い取ります! それから――」

 ちらりとクリュスタを見て、コリエンテは微笑んだ。

「――魔導人形関係で役立つ品も用意できるんですよ」

 かつての古代王国の工房主たちも錬金術師だった。だが、その技術は失われてしまった。今の時代の錬金術師も魔導人形はつくれるが、かつてのような技術ではない。だがしかし、魔導人形研究をする上では欠かせない関係ではある。

「なるほど。何かあれば頼らせて貰うよ」

 どうやらジロウに感謝する必要がありそうだ。

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