第28話 無茶をしすぎです、我が主

 裏通りを挟んで向かいの建物。

 ついにそこを破壊して巨大魔導人形サイサリスが出現した。蹴り飛ばされた石材が散弾のようにして辺りに飛び散り、次なる被害をもたらしている。人の気配が失せ静まり返った中に、ただ破砕の音だけが響く。

 重々しい一歩が踏み降ろされ、地面が跳ねるように揺れた。

 幾つもの松明の光や、正しい使い方をした魔法の光が辺りを昼のように照らしている。それらは娼館イフエメラルの者たちが戦いに協力すべく用意したものだった。

 その光の中でサネモとクリュスタが、サイサリスに相対している。

「攻撃せよ、クリュスタ」

「畏まりました。我が主の命じるがままに」

 クリュスタが勢いよく地を蹴って、バトルドレスを靡かせサイサリスに向け疾走。抜き放った剣を巨大な膝へと叩き付ける。背後を追随するモノリスが追撃。

 人間ではあり得ない機敏な動きで跳びまわり、一度のみならず二度三度。

 さらに数を増した攻撃を繰り返す。一つずつの威力もまた人間の放つそれの比ではなく、その証拠となる重い衝撃音が激しく響く。

 それでも動く要塞は堪えていない。

 サイサリスが攻撃に反応し、巨大な腕を振るって反撃に出る。大きさ故に遅く見えるが実際にはかなりの速さであり、威力でもある。重い風切り音が鈍く響き、指先が掠めただけで地面がごっそりと削り取られた。

 しかしクリュスタは軽々と動いて攻撃を回避していく。

 かつて古代の時代にあったという、小型高性能魔導人形が巨大魔導人形を淘汰する歴史を証明するが如く、クリュスタはサイサリスを翻弄している。

 とは言えクリュスタにも、さほど余裕があるわけでもない。

 一撃でも回避し損なえば大打撃は間違いないのだから。

 そして転倒させるチャンスはそれほど多くはない。そしてサイサリスも学習するため、同じ方法が何度も通用するとは限らずチャンスは一度だ。

 巨大な足が踏み出されようとして、クリュスタが動く。

「……いま!」

 持ち上がりかけた爪先へと上から全力の一撃を加える。持ち上げられた足先が前へと動きだそうと、力の向きが変わった瞬間だ。

 何度も打撃をうけ弱っていたサイサリスの膝は、その一撃に耐えきれない。

 クリュスタは見事に役目を果たしてみせ、巨大な魔導人形を躓かせ転倒させた。


「素晴らしい! よくやったクリュスタ!」

 押し寄せる風に混じる粉塵や木々の破片から顔を庇いつつ、サネモは飛びだし。倒れたサイサリスに向け走る。その巨体は裏通りから娼館イフエメラルの庭に向けて倒れているが、前に伸びた手によって建物の一部が損壊しているようだ。

 一度巨体の横を通り過ぎて、足元まで行かねばならない。

 走りながら横目で観察すると、サイサリスは倒れた状態で微かに身じろぎをしている。まだ立ち上がろうとはしていないのは、転倒した事による身体ダメージを確認しているからなのだろう。

 時間の余裕はあるが、あまり多くはない。

 大急ぎで露わとなった足裏へと急いで近づくが、人の倍はある大きさだ。

「さて――」

 サネモは呟き真理の文字を探した。

 ちらりと見えた赤黒い汚れを気にするどころではない。

「――資料によれば、人で言うところの土踏まずの位置で。あれか!」

 じっと見つめて目的の文字を見つけた。嬉々として駆け寄って、足裏の起伏に手を掛けよじ登る。これに触れて接続すれば問題解決。残念な事に支配は無理なので別の手段で停止させるしかない。

 そしてサネモは新たに巨大魔導人形を調べられる。

 これまで破損した状態で年月を経たものしか見た事がなかったが、たった今まで動いていたサイサリスを調べられるのだ。もう興奮しかない。

「さあ、私にひれ伏すがいい。彼と我を【繋げ】よコネ――」

 真理の文字に触れ、仄かな光がサネモとサイサリスの間を繋ごうとした途端。サイサリスが身じろぎをした。存在を感知したのだ。

 ゆっくりと動いた足を放すまいと手に力を込める――しかし、それで耐えられるような生易しい動きではなかった。次の瞬間、サネモは激しく突き放され宙を舞っていた。

 地面に叩き付けられ、その上を何度も転がっていく。

 意識が遠くなり、耳の奥で甲高い音が鳴り響き他の全ての音が遠くにある。その先にあった建物の板壁を打ち破って、中へと転がり込んでしまう。落ちて倒れそうになるが、片手が壊れた壁に引っかかったおかげで辛うじて踏み留まっただけだ。

 辺りには粉塵が舞い、細かな木片が頭や顔に降りかかってくる。

「うっ、ぐっ……」

 身体中が痛い。

 僅かな身じろぎでも全身が軋みをあげ、とてもではないが動けそうにない。それ以上に、このまま動きたくない気持ちが強かった。

 一方でサイサリスは地面に手を突いて身体を押し上げている。膝を突きゆっくり上体を起こし始め、また元通り立ち上がろうとしていく。

 チャンスは失われ、全ては失敗した。

 ――やはりダメだったか。

 サネモは項垂れ自嘲した。

 だが、その朦朧とした意識へと凜とした声が強く静かに届いた。

「我が主の危機を確認、制約解除。魔力値上昇回路完全開放」


 クリュスタは建物の屋根にいた。

 身体を巡る魔力が溢れだし、仄かな燐光のような蒼い光をまとっている。それはクリュスタに隠されていた一つの能力。仕える主が危機に陥ると、制約が解除され能力が上昇するのだ。

 それはメルキ工房が施したロマンというものだ。

「全力攻撃を行います」

 クリュスタが燐光を纏ったまま大きく跳べば、まるで飛ぶような勢いでサイサリスへと迫る。ゆっくり立ち上がりかけていた巨大魔導人形の背中へ着地すると同時に、振りかぶった拳を叩き付けた。

 激しく大きな衝撃音。

 蒼い光が閃くが、それは動く城壁と呼ばれる存在に対する破城槌の如き一撃。

 クリュスタは空中で何度も回転して地面へと着地。目の前で突っ伏すように再度倒れ込んだサイサリスの起こす風圧に、編まれた金色の髪が跳ねるように動いている。

「我が主、後はお願い致します。クリュスタは限界です……」

 項垂れたまま動きを止めるのは、人間であれば肩で息をする状態だからだった。


 そして、その光景とその声はサネモに届いていた。

 足元から突き上げるような衝撃に、辛うじて壁に引っかかっていた手が外れ、無様に地面に落ちて顔を打ちつけた。

 だが、お陰で意識がはっきりとした。

 あの安宿の中で一人誓った気持ちを思い出す。

「このままでは終わらん、終わってたまるものか……私は……奴らを見返してやる。私は幸せになるのだ!」

 さらに、かつて苦闘の中で脳裏を掠めた夢描く人生をもう一度思い出す。

 大きな屋敷に住み良い服を身に着け美味い料理に極上の酒。愛すべき妻に可愛い子供。魔導人形に囲まれ研究を行い、弟子を迎え書物をしたため後世に名を残す。

 幾つかは叶ったが、しかし全てではない。

「私は……このまま終わらない。終わって堪るか! 絶対に諦めん!!」

 一人であれば容易く諦めていただろう。

 だが誰かの助力があれば、誰かが応援をしてくれるのであれば、誰かが信じて頼ってくれるのであれば――何度でも立ち上がれる。

「私はサネモ=ハタケだ!」

 よたよた走って進み、サイサリスの足裏を這うように上って真理の文字へと手を伸ばす。そして力ある言葉を唱える。

「彼我を【繋げ】よ、コネクト!」

 仄かな光がサネモとサイサリスとの間を繋いだ。

 流石に軍用につくられただけはあって、そこに存在する抵抗と反撃は激しかった。だがそんな事は大した問題ではない。なぜなら核の情報を書き換えないのだから。

 核へと到達。

 そこで処理されている情報を掻き乱すため、サネモは心を開け放って今まさに感じている感覚を――痛覚も含め――解放して垂れ流す。しかし、それは下手すれば自分の心を持って行かれる恐れのある危険な行為でもあった。

 だが、サネモは慎重かつ大胆にサイサリスが処理しきれない情報を流し続ける。

 ふいに接続が途切れた。

 サイサリスの核が破壊されたのだ。しかし同時にサネモは再び宙を舞っている。破壊されたサイサリスが痙攣するように震え、それによって弾き飛ばされたのだ。

 大きく飛んで落下し、地面に叩き付けられる――寸前で優しく抱き止められた。

「無茶をしすぎです、我が主」

 無理して駆け付けた相手の言葉を耳にしながら、サネモの意識は途切れた。

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