第22話 対象の敵対行動を確認。これより排除に

「そこにいるのは、もしかして先生さんだったり?」

 大通りの外れを歩いていると、横から声をかけられた。まさか学院の生徒に見つかったかと緊張したが違った。ジロウライトだった。

 日差しの中で笑っている。

 厚革で補強した簡易な服に、肩に引っかけた短弓。適当に整えただけの短い黒髪、陽気そうなにやけ顔。軽薄そうに見えるが、しかし良い奴である。

 サネモはフードを外した。

「なんだジロウか。こんな場所で会うとは奇遇だな」

「そうそう、先生も三日ぶりぐらいかな。会えて嬉しいですよ」

 一度肩を並べ盗賊退治をしただけの仲だが、それでも長い付き合いのような態度である。しかし少しも嫌ではなく、むしろ苦笑と共に受け入れてしまう。

「いやー、なんだか怪しい集団が歩いてるなって思ったけどね。見たことのあるのが浮いてるからさ。声をかけて正解だったよ」

 クリュスタの背後に浮遊しているモノリスを一瞥して、ジロウは言った。

「フード姿は怪しかったか?」

「そりゃまあ、三人並んで歩いてるとね。どこの邪教集団かって雰囲気」

「なるほど、理解した。そんな風に見えても仕方ないな」

「あはははっ、まあそう思って見ればって感じかな。どうしてそんな格好をって、ああ分かった。クリュスタさんが原因か。うん分かるわー。目をひくもんなー。あっエルツちゃんも可愛いと思うから安心してよね、大きくなったらお兄さんと仲良くしてくれると嬉しいな――」

 ジロウは身振り手振りを交えつつ、それだけで騒々しさを醸し出して喋り続ける。サネモのうんざりした顔など少しも気付いた様子がない。

「――大っきくなって美人さんになったら、是非是非このジロウお兄さんと仲良くしてちょーだい。よろしくね」

「あうっ……」

 エルツは困ってサネモの後ろに隠れてしまった。顔見知りで助けてくれた相手の一人と分かっているが、こうした会話にどう反応していいのか慣れていないらしい。

「うちの弟子に、変なちょっかいは止めて欲しいな」

「これはすんません、ちょっとした挨拶のつもりだったけど」

「分かってくれたのなら構わない。それではこれで失礼――」

「ちょーっと待った。実は先生に連絡とろうと思ってたんだよね、ここで会ったがちょうどいい」

 立ち去りかけたサネモの前にジロウが割り込んだ。こういった時の間の取り方が絶妙だ。サネモの進路をしっかり塞いで逃がさない。

「あのさ先生さ、俺と一緒に娼館行こうぜ」

 クリュスタが剣を抜いた。

「対象の敵対行動を確認。これより排除にかかります」

「待って待って誤解だから。誤解でありますから」

 ジロウは慌てふためき、珍妙な驚愕顔をしながら両手を振って宥める仕草をする。それは滑稽すぎるほど滑稽で、トラブル発生かと注目していた通行人も単なるふざけ合いと思って通り過ぎていくぐらいだ。

「これ真面目な話だから、つまり依頼なんです。分かって貰えました!?」

「続けてどうぞ」

「はい! ありがとうございます! 実は私ジロウは娼館の方から、警備のお願いを直接されてましてですね。そのメンバーを集める必要があるのでありますです! できれば先生にも一緒に引き受けて頂ければと思うのです」

「何故我が主を?」

「それは他に知り合いが居ないからであります!」

 ジロウが堂々としているので、サネモは感心した。

 だがクリュスタはそうではないようだ。

「なるほど理解しました。話が以上であれば、我が主は移動します」

「そんなこと言わないで! もう引き受けちゃったの! 今日中に仲間を見つけないと、俺が困るの! 違約金が取られるし! なにより娼館に出禁くらうかもしれないのおおぉっ!」

 ジロウは両手を挙げてお願いのポーズをとった。

 だがクリュスタの心には響かない。もちろん魔導人形に心があるかは不明だが。

「引き受ける必要はありませんね。我が主は忙しいのです」

「クリュスタ、待て」

「我が主?」

「少なくとも報酬を聞いてからでも遅くはないだろ」

 サネモは腕を組んだ。

 学院時代のように定期収入ではないため、稼げる機会は逃すべきではない。場所は娼館とはいえ、街中の仕事であれば移動も楽であるし、何より警備であれば激しい戦闘もなさそうだ。

「えっ、本当!? 先生さん引き受けてくれる!?」

「それは報酬次第だな」

「一晩で一人、百リーン!」

 金にならない仕事は馬鹿馬鹿しい。

「さて帰るか。ギルドで何か依頼を探すとしよう」

「待って! これが十日はあるわけで、しかも食事も出るし寝床も用意してくれるんだって。何かあれば追加報酬も出るって話だし、そこ考えればお得でしょ? ねっねっ? 俺と一緒に仕事しましょーよ」

「なるほど……」

 報酬としては少ないが、何より寝る場所と食事が付くのは大きい。今の宿はそこそこ値が張っている。それらと三人で十日分の報酬を加えれば、そこそこ良い仕事だ。

「しかし娼館が警備を雇うという事は、何かトラブルでもあるのか?」

「あっ、そういうのは聞いてないけど。でも、ああいう場所なんで馬鹿が来ないようにって、警備を万全にしなきゃならんのかと」

「なるほど……分かった。それなら引き受けさせて貰うよ」

「信じてましたよ先生さん! ありがとう! 早速今日からだからよろしくね! それと、これからも困った事があったらよろしく!」

「それは知らん」

 言いながら、サネモは笑いを堪えてフードを深めに被り直す。しかし口元は隠せないので、その微笑はクリュスタとエルツには丸見えであった。


 宿に戻って事情を説明し、予定していた宿泊をキャンセルした。

 嫌な顔をされるかと思いきや、こうした事はよくあるのか宿主は気にした様子もなく二つ返事で払い込んであった前金を返却してくれた。

「では、またのご利用を」

 そんな言葉を後ろに聞きながら宿を出る。

 明るい日差しの中でエルツは両手を握って気合いを入れていた。やる気は十分だ。ローブの下には買って貰ったばかりの防具を身につけ、扱いやすい軽い剣を帯びている。それもまた、やる気をかき立てている理由の一つだろう。

「これが僕の初仕事だね!」

「その通りだな。緊張すると思うが平常心でいこう」

「うん!」

 偉そうに言うサネモ自身も依頼はこれで数えるほどしか受けていない。大きな仕事で言えば最初の魔導人形と盗賊退治ぐらいで、後は簡単なモンスター退治程度。

 まだまだ駆け出しハンターの部類になる。

「でも大丈夫かな? 上手くやれるかな。ちょっと心配」

「なんとかなるだろう」

 サネモが大股でゆっくり歩けば、クリュスタとエルツは早足で後を追う。

「所詮は警備の仕事で、しかも街中だ。モンスターが来ることはない」

 この王都に城壁はあるが、それは街を完全に防護したものではない。

 長大な防壁は建造費が莫大であるし、なにより維持修繕費が常に発生してしまう。だからモンスターが大量に出現する平原に対し、そこを封鎖するようにして防壁が建っているだけだ。

 そのため街中でモンスターによる被害が出るにしても端の方で、娼館があるような繁華街は殆ど被害がない。むしろ危険なのは人間の方だろう。

「人間相手であれば武器さえ身につけていれば、さほど危険はあるまい。ただし危険だから剣は抜かぬようにな」

「なんか言ってる事がおかしい気がする」

「分からないか。つまり――」

 これはサネモも最近気付いた事だが、人は武器を持った相手に警戒する。その警戒の段階であれば睨み合いで終わる。しかし片方が剣を抜けば警戒度合いが高まって、もう片方も対抗するべく剣を抜かざるを得なくなる。

「――そうなると、後はなし崩し的に戦いとなる。だが、戦いになればどうなる?」

「僕が勝てるわけない……そっか、そういう事なんだね」

 それであれば最初から剣を抜かず相手を警戒させておき、戦いを回避した方が遙かにマシだ。もちろんこれは人が相手の場合ではあるが。

 頷いたエルツだったが、しかし唇に指を当て首を捻った

「あれ? でも、それだと警備する意味がないかも」

「意味はある。戦いは他の者に任せ、しっかり見張っていればいい」

「うん。何かあったら先生たちを呼ぶね!」

「う、まあ……そうだな」

 どうやらエルツはサネモが強いと思い込んでいるらしい。その勘違いは正すべきだろうが、しかしサネモはプライドが邪魔して何も言えなかった。

 これからは早起きして剣の稽古を頑張ろうと誓うしかない。

「ところで我が主」

 フードを目深に被ったクリュスタが声をかけてきた。

 余計なことを言われるのではと、少しどきりとするが違った。

「一つ失念している事があると思われます」

「むっ? 何かあったかな」

「エルツですがハンターズギルドへの登録が行われていません」

「あっ」

 サネモの足が止まる。

 その事に全く考えが及んでいなかった。

「この場合は勝手に依頼を受けて良いのでしょうか。ギルドとの間にてトラブルが発生する可能性が考えられます。と、問題を提起します」

「……登録は簡単だったな。直ぐにしておこう」

 文字さえ書ければ、その場でハンターになれるのだ。

 娼館に向かう前に、少しだけ寄り道をすれば問題ない。幸いな事にエルツは自分の名前の文字だけは書けるようになっている。

 踵を返すと来た道を戻り、いそいそハンターズギルドに行って登録を行った。

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