第21話 我が主の為に存在しています
街を歩けば視線が集中する。
その理由はサネモの後ろに従う存在にあった。
後ろで編まれた輝くような金色の髪。乳白色をした柔らかそうな肌。整いすぎるほど整った顔立ちに、バランス良く整った身体つき。異風な刺繍の入った蒼いバトルドレス。そして背筋を伸ばした姿勢の洗練された足運び。
そんな姿の後に浮遊する四角い物体も目を引いているだろう。
大勢の人が行き交う街中で、クリュスタの姿は際立っていた。
通りかかって二度見する者もいれば、凝視したまま固まっている者もいる。お陰でサネモは肩身が狭いし、エルツは身を縮めるぐらいだ。
「むう……これは拙いな」
サネモが不満げに唸った。
普段の生活範囲――ギルドと宿の往復や、依頼関係で動く地域――でも目立っていたが、そこを出て賑わった区画に来れば人が多いだけに、桁違いの注目だった。
自分のものではないとは言え借金はあるし、学院関係者や学生に見つかりたくもない。それであるのに、こんなにも注目されては非常に困る。
「我が主、どうされましたか。何か問題でも」
「どうもこうもない。周りの連中の反応に困っている」
「なるほど」
クリュスタは静かに周囲を見回した。
「敵意は感じられません。ですが不意打ちへの警戒は怠っておらず、飛翔物の迎撃及び魔法攻撃への対応についても問題ありません。と、報告致します」
「そういう意味ではないな。やっぱり宿に待機させておけばよかったな」
「拒否します。クリュスタは我が主の為に存在していますので」
「ああそうだろうな。そのせいで困っている」
不毛な言い合いをしているうちに、サネモたちは大きな通りに着いた。王都でも一番賑わって店の多い場所だ。
これまで以上に人が行き交っており、笑い声や掛け声やで活気があった。通りの角に立つ衛士の前を通って大通りに足を踏み入れ、人の流れにまざって歩いていく。
両脇には幾つもの店が並んでいた。
呼び込みの声が賑やかしく、品を探す声や値切りの声が聞こえてくる。前を歩く者が急に立ち止まって商品を眺め、サネモは不快に感じながら回避した。
「さてと――」
サネモは呟き、エルツを見やった。
相変わらず注目は高く、人が増えただけに向けられる視線の数は増えていた。
「――装備を買いに来たが、その前に買っておくべきものがあると思うな」
「僕もそれ何か分かる……」
エルツはクリュスタをちらりと見てから視線を戻し、サネモにしっかり頷いた。それから急に前を過った人を避けて、サネモの側に来た。
「絶対それ買った方が良いって思う」
「さすがは我が弟子だな」
「先生あそこ見て。あそこの店ならきっと売ってるよ」
「なるほど確かにそうだな」
それから二人は肯きあい、やや足を速め歩きだした。
向けられる視線から逃げるため急ぎたい気分だが、それを堪えて進む。人混みの中であるし、それでは余計に注目を集めてしまうだけだからだ。周りから見れば、目的をもって歩くように見える程度に足を速めている。
少し先で服が並べられた店へと向かった。
フード付きローブを探すために。
もちろんフード付きローブは簡単に見つかった。それは雨具としても使われるため一般的だからだ。店に尋ねるまでもなく、幾つも棚に置かれていた。
ただ問題はクリュスタだった。
そのローブに難色を示し、せっかく見つけたそれを着たくないと言うのだ。もはや魔導人形が従順という定義は崩壊したのかもしれない。サネモはうんざりしながら腕を組む。
「何が気に入らないんだ?」
「周囲への警戒が低下し、反応が遅れる場合があります。さらに素材、染色、縫製と出来の良いものではありません。何より見た目がダメです。と、強く反対をします」
「…………」
何やら最後の辺りが反対の主な理由のような気がした。
これは従順か否かという問題ではなく、メルキ工房魔導人形が持つ特有の癖かもしれない。即わち当時の制作者たちは、魔導人形に奇妙な拘りやお遊びを持たせていたのだ。不合理な癖こそが人間味を感じさせるという理由だと言われるが、ただ単に制作者の趣味かもしれない。
なんにせよクリュスタはそれが強いように思える。それで他にもあったクリュスタの癖を思い出す。
「分かった、私も同じものを身に付けるか」
「つまり我が主とのお揃いですね。承知しました、クリュスタもこれを着用します」
予想通りだった。
クリュスタはお揃い装備に拘りがあるのだった。
こうなると、ついでに弟子のエルツにも同じ装備をさせた方が良いだろう。一人だけ仲間外れは好きではない。たとえフード姿で並んで歩くと怪しさたっぷりな見た目になろうとも、そこは仕方がない。
「ローブを全員分で三着。それからエルツ、自分の服も選んでくれ」
「えっ!?」
「これからの生活に必要だろ」
「でもお祭りでも祝い日でないのに服を買うなんて……」
身を縮めるエルツだが、その着ている服は少々サイズが合っていない。クリュスタが徹底的に洗って補修はしたが、それでも落としきれない汚れもあるし隠せない繕い跡もあって、何より古びて粗末な感じは拭えなかった。
「構わない。買い物のついでなんだ」
「我が主はエルツの服を気にされ。こっそりお金を用意しておりました」
「うるさい。それは弟子が粗末な服では、私が恥ずかしい思いをするからだ」
「我が主はエルツが寒くないかと心配を口にし、今の時期の服の種類や肌触りの良い素材は何かと調べておられました」
「変なことを言うんじゃない」
反抗的なクリュスタを睨んで、サネモは腕を組んでそっぽを向いた。
「とにかく、私は知らない。自分で選びなさい」
「我が主はどんな服を選ぶべきか悩まれましたが、最終的に本人が好きに選ぶのが一番だと結論を出されました」
「…………」
もはや何も言わず、サネモは三着のローブをひったくるように手にすると、不機嫌な声で店主を呼びつけ、それを買い求めた。
そちらに背を向けクリュスタはエルツに告げた。
「さあ服を選びましょう」
「でも僕こんなにして貰っていいのかな」
「我が主が望んで行われているので、気にする必要はないでしょう。ですが気になるのであれば、しっかりと務めを果たしてください」
「うん」
サネモは深く後悔していた。
つまるところ女性の服選びというものを甘く見ていたのだ。エルツも女の子で、どんな服が良いのか妥協を知らぬ具合で確認して、何度も試着をして、さらにはその感想を聞いてきたのである。
どうやら着心地といったもの以外に、服の形や素材や色や微妙な大きさの違いといった、周りからの見え方まで気にしているらしい。
サネモとしては服など着られれば良くて、あとは精々動きやすさを気にする程度なのだが。なんとも理解不能な拘りだった。
ようやく二つにまで絞り込まれたが、どちらにするか果てしなく悩んでいる。
「ねえ、先生どっちがいいかな」
「右手ので良いのではないか?」
「そうだよね。でも、こっちの方がちょっと可愛いよね」
「だったら左手の方にしてはどうだ?」
「うーん、やっぱり刺繍が気になるかな」
何故ここまで悩むのか。
これが魔導人形の関節形状の判別であれば、まだ理解できる。古代の東国と北国のどちらで製造されたかで悩むのであれば、サネモだって幾らでも考え込める。
だが服で考え込むなど全くもって理解の範疇外だった。
「もういいだろ、両方買えばいい」
「そうはいかないよ。ちゃんと選ぶ」
「うるさい、つべこべ言うな。買うぞ買うんだ買ってしまえ。この私が両方買うと決めたなら文句を言うな」
強引に言って待ち構えた店主を呼びつけ、さっさと支払った。
一つをエルツに押し付け着るよう指示すると、もう一つをクリュスタに渡してモノリスの中に仕舞わせた。
あとはローブをまとってフードを被り通りに出る。
その姿で三人並んで歩くと、それはそれでちょっとした注目だ。しかも浮遊するモノリスはそのままなのだから。だが、先程までのような注目のされ方よりは遙かにマシだった。
ついでに言えば、正面から来る相手が避けてくれるのも良かった。
「もうすっかり昼食の時間か」
「ごめんね、僕が時間かけたから」
「別にそれは構わない。それより、納得のいくものを選べたか?」
「うん、先生ありがとう」
礼を言われたサネモは無言で肯き、あらぬ方を見やった。もちろん照れたのであるが、もちろんエルツにはバレている。
「まずは何か食べるとしよう。何か食べたいものはあるか」
「えーと、何でもいいよ」
「それが一番困るな。好きなものとか、嫌いなものとかあるだろう」
「でも食べ物が貰えるだけでもありがたいから」
「…………」
エルツの生きて来た境遇を思って、サネモは黙り込む。
地方の村で人形にされかけた境遇を思えば、食事は与えられたものを食べるしかなく、好き嫌いを言うどころか考えさえ出来なかっただろう。
服選びに時間がかかったのも、選ぶ事に慣れない事も影響していたに違いない。
「よろしい、それでは私が店を選ぶとしよう。文句を言うんじゃないぞ」
それからサネモは通りを歩き、さも知った顔をしながら店を探して進み、いかに慣れているような素振りをみせた。エルツからすれば、さも場慣れた大人に見えたことだろう。
もちろんサネモは、こうして街中での食事に慣れていない。学院時代は食堂で同じメニューを毎日食べていたのだから。
良さげな店を見つけて、そこで食事をした。
幸いにして、なかなか美味かった。
たっぷり食べて楽しい時間を過ごした後に、本来の目的であった装備を揃えに向かう。だが、そこでもまたエルツは迷って決められない。
それをサネモは辛抱強く見守っていた。
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