第18話 クリュスタが側にいますので

 盗賊退治の依頼が終わって数日、サネモは悶々とした日々を過ごした。それは魔導人形と人の違いを考え込んでいたせいだ。

 考え込んで依頼を受ける気にもならず、ただ宿の中で過ごす日々であった。

 だが、ようやく自分の中で一つの結論を出した。

「悩んでも仕方がないか。ゆっくりと考えるとしよう」

 それは投げやりな結論ではない。

 今の自分に答えが出せないのであれば、悩んで時間を無駄にするよりも、多くの物事を見て聞いて知識を蓄える。答えが出るか出ないかは問題ではなく、考え続ける事こそが大切だと思ったのだ。

 晴れ晴れした顔になると、待ち構えていたらしいクリュスタが頷いた。

「問題は解決しましたか。これで我が主がクリュスタを構ってくれます。と、少しばかり寂しかったと控えめに主張します」

 少しも控えめでない主張に、仕方のない奴だと苦笑を浮かべる。

 この数日ずっと悩んで、クリュスタの相手をしていなかったのは事実だ。それでも大人しく控えてくれていたので、嬉しくもありがたかった。

「それでは一緒に散歩でもどうかな」

「はい、喜んで。その後は剣の稽古などは如何でしょうか」

「お手柔らかに頼もう」

 クリュスタと共に過ごす事こそが、人と魔導人形の違いを知る一番の研究なのかもしれない。そんな事を考えていると、ドアをノックする音が響いた。

 返事をすると、半開きにしたドアから顔だけ出したのは宿の主であった。

 ちらりと室内に視線を動かしている。

 それは中の確認というよりは、若い男女――少なくともそう見える――の生活する部屋を、興味本位で覗いている様子があった。

 やはり落ち着ける住処を確保すべきと強く思える。

「何の用だな?」

「ああ、一階に客人が来てるという連絡だよ」

「客人だと?」

 思い当たる相手がいないためサネモは訝しんだ。

 しかし宿の主は肩を竦めてみせ、顎で指図をするような仕草をした。

「入り口玄関で待ってるみたいなんで、早いとこ相手をしてやって下さいな」

 宿の主はクリュスタの姿を上から下までねっとりと見て、それでようやく顔を引っ込めドアを閉めた。足音と床板の軋む音が遠ざかっていく。

「どうされますか?」

「行ってみるしかあるまい。直ぐ戻る、ここで待っていてくれ」

 サネモは軽く身支度を整え上着を羽織るとドアに向かった。


「呼び出し!?」

 一階に行ったサネモを待っていたのは、ハンターズギルドの職員で、ギルドに直ぐ来るようにと告げたのだ。

 それでサネモが悲鳴のような声をあげてしまった。

 なぜなら学院で呼び出された時の事が脳裏に蘇ったからだ。あの直後から生活は一変、坂から転げ落ちるように全てが酷い方向に動いてしまった。今度はいったい何が起きるのか、また何か酷い事になるのではないか――そんな恐怖が身を貫く。

 辛うじて声が震えないよう動揺を隠す。

「どういった用件かな、つまりその……何か問題でもあったかな」

「さあ? 私はそこまでは聞いてません。とにかく、伝えましたから。それじゃ」

 ギルド職員は踵を返し、手をひらひら振って宿を出て行く。

 その失礼な態度に腹を立てる余裕もないほど、サネモの頭の中は不安でいっぱいになっている。背筋から頭までの肌が引きつり髪の毛が逆立つ気分だ。

 何とか部屋に戻った。

 もちろんクリュスタは、直ぐさまサネモの様子に気付いた。

「我が主、どうされましたか」

「ギルドから呼び出しがあった」

「そうですか、どういった問題があるのでしょうか? と確認をいたします」

「そっ、それは……」

 サネモは言い淀んだ。

 自分の味わった屈辱や辛さや悔しさを口にする事は躊躇いがある。たとえ相手がクリュスタであったとしてもだ。だがそんな気持ちも、自分を見つめる青く澄んだ瞳を前にすると消えてしまって、気付けば訥々と語っていた。

 学院で呼び出され横領を疑われたこと。妻と呼んだ本来は信用すべき相手の裏切りのこと。それで感じる呼び出しへの恐怖だ。

「大丈夫、大丈夫です」

 そう言ってクリュスタは、サネモを真正面から抱擁してみせた。それは魔導人形とは思えないほど優しく、そして温かなものだった。

「クリュスタが側にいますので」

 その言葉はサネモの心に響いた。

 こんなに優しくされた事は初めてだった。元妻はもとより母にも――もしかしたら産まれたばかりの時はあったかもしれないが――優しく抱きしめられた記憶はない。

 背中に回された手が、そっと優しく何度も撫でてくれる。

 魔導人形だとか人だとか、そういった違いは関係ない。

 自分を受け入れ肯定してくれる存在がいる事が嬉しかった。

「……よし、行ってみるとしよう」

「はい、お伴します」

「頼む」

 たとえ良くない事が起きたとしても、今はそれを乗り越えられる気がしていた。なぜならば一人ではないのだから


 宿を出て三軒隣にあるハンターズギルドに向かう。

 入り口ドアの前で足を止めてしまうが、後ろにいるクリュスタの存在を意識する。そして心の中で気合いを入れていく。

 息を吸って、止めて、ドアを開ける。

 中に入ると受付でユウカが待っていた。彼女が手を挙げ合図をしている。その近くにジロウの姿を見つけ安堵するのは、もし何か拙い事があったとしても道連れがいるからでもあった。

「何の用事だったかな」

「先生、呼び出して申し訳ありません」

「構わんよ。それより、早いところすませたい。出来れば昼食を食べに行く時間までには終わって貰いたいが」

 ユウカは微苦笑した。

「実は前回の依頼の報酬についてです」

「うん? 盗賊退治のあれか、それはすでに貰っている。まさか報酬の精算額が間違っていたのかね?」

「いいえ、そういう話ではなくて。それとは別です」

「それは良かった」

 呼び出された内容は悪い話ではなさそうだ。ほっとする安堵が顔に出ないように堪えておく。だが気が一気に楽になったのは事実だった。

 数人の者が横から近づいてきた。

 日に焼けた顔、いかにも田舎から出てきたと分かる粗末な服ばかり。その中から小柄な老人が進み出て、深々と頭を下げてみせた。

「我が村の者を救ってくださり感謝します」

 思わず視線を巡らせると、ユウカが微笑んでいる。ジロウは先に礼を言われていたのだろう、得意そうな顔で鼻の下を擦っていた。ハンターギルドの他の職員もカウンターの向こうに集まって、賞賛のまなざしを向けていた。

 心が満たされていくサネモに対し、老人は何度も頷いてみせる。

「それで、うちの村の者を助けて貰ったんで。何とかお礼をせねばと村で話になりまして。皆で金を出し合いまして、何とかこれだけ集めてきました。どうか受け取って下され」

 革袋が静かに差し出される。

 それは薄っぺらなもので、中身は硬貨が少しといった様子だった。どうやら村の金を掻き集め、精一杯の気持ちを示そうということらしい。実に殊勝な心がけで、ありがたい――だが、サネモは思い出した。

 この村では人を人形にしているのだ。

 実に不愉快な事に『魔導人形』の名を貶められている。そんな呼び方をされては、魔導人形全体の名誉に関わってしまう。貧乏な村の差し出す僅かな金を貰うよりは、たっぷりと嫌味を言ってやりたい。

 老人の手を押し返した。


「その謝礼を貰うわけにはいかないな」

「ちょぉっ、先生!? そりゃないんじゃ?」

 声をあげるジロウを無視し、サネモは老人を見つめた。

「私が受けた依頼は、盗賊に奪われた品を取り返す事だ。盗賊に攫われた人々とは、つまるところ奪われた人々という事になる」

「……は?」

「よって、今回の件は依頼の範疇に含まれている。だからこの謝礼を受け取ってしまえば、私は報酬の二重取りをする欲張りさんになってしまう。ほら、どうだ。これでは貰うわけにはいかないではないか」

「…………」

「それよりもだ!」

 ここからが肝心となる。人を人形などと呼ぶことは許せない。全魔導人形の名誉の為にも、そうした事は止めさせるべきだ。

「村の生活を改善するといい。下らん悪習は廃し、全ての者が堂々と自分の人生を生きられるようにするとかな」

「悪習、ですか……」

 老人は一瞬だけ苦々しい顔をしたが、同時に物悲しげな顔をした。後ろの者たちも同じだ。どうやら嫌味が伝わったようでサネモは満足した。

 これで下らない悪習が少しでも減ればもっと素晴らしい。魔導人形の名誉を守ったのだと気分がよくなる――ただし、次の言葉を聞くまでだが。

「分かりました、この大金貨は全て村の為に使わせて貰います」

「……大? えっ、大金貨?」

 サネモは目を瞬かせた。

 大金貨一枚は十万リーンに相当するものだ。それが数枚あれば、当分は金には困らない。魔導人形の名誉を守ることは大事だが、その前に自分の生活を守る事も大事なのは当然だ。

「いやその、やはりそこは待っ――」

「先生! 凄いよ! 俺もそう思うよ。そうだよ悪習は悪習だよ。というわけで、報酬の二重取りは出来ないよな!」

「いやしかし、受注後の案件であれば対象外と判断する者もいるかと――」

「余計なことを言う奴は、俺が黙らせますって。任せてください。この金は皆が自分の人生を生きられるようにって、そういうとこに使って貰いましょうよ」

「……任せるよ」

 この余計な事を言うジローの口を塞いでやりたい。

 サネモはとても哀しい気分で同意した。背に触れるクリュスタの優しさが、今はとても身に染みている。

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