第17話 もうスライム以下の存在なんだ

 クリュスタは窪地の小屋近くに佇み、辺りを見回す。

 倒し損ねがいないと確認できると、倒れた盗賊たちに近付いて突き立つ剣を回収していく。そこには何の感情もなく淡々とした作業の動きだ。

 安全になったと判断し、サネモは余裕の態度で近づいた。

 全ての盗賊を倒したのはクリュスタで、ジロウは矢を射かけたが一人にも当たっていない。牽制には役だったかもしれないが、目に見える成果はない。

 だからサネモも気が楽だった。

「よくやった、じゃないですって先生さん! それからクリュスタさんも!」

 ジロウが叫ぶように言いながら走ってきた。憤慨したような呆れたような、その両方のような顔をして、手にした弓を上下に振っている。

 訝しむサネモは眉を寄せた。

「何か問題でも?」

「一歩間違えば、その子の命が危なかったじゃなかったですって」

「見ての通り救助したではないか」

「そりゃそうですけど。頭すれすれじゃないですか、頭すれすれ。一歩間違ったら、その子の頭にブッスリ刺さってたわけですよ」

 指さす先には頭から血を浴び、へたり込んだ少年の姿がある。

 茫然とした様子だったが、ジロウの言葉で我に返ったらしく、見るも哀れな様子でガタガタと震えだす。

 紳士たるサネモは深々と息を吐いた。

「そんな大声を出しては駄目だな。ほら見なさい、この子が怯えているではないか」

「いやいやいや、俺が原因じゃないですって」

「状況を整理するにしても、少し落ち着いたらどうだ。ジロウは事実を軽視しすぎている。そして推測をするための知識と情報が足りていない」

 学院で講義している気分になり、ジロウの肩を軽く叩いて諭した。

「いいかな、先程の事を思いだしてみよう。盗賊は刃を突きつけ膠着状態。あのままであれば自暴自棄になって、この子の喉を掻き斬っていただろう」

「そうかもしれませんけど。いや、そうじゃなくって」

「クリュスタは能力の高い魔導人形だ。剣の投擲をしても、狙った場所に高確率で当てられる。全てを総合して考えれば、この子が助かる可能性が高く、尚且つ盗賊を逃がさない為に剣を投げる事は極めて妥当だよ。あの瞬間にクリュスタは、そこまで考え判断し即座に実行したのだ。実に素晴らしい!」

「…………」

 途中からクリュスタを褒め湛え、ついには賛美さえするサネモの姿にジロウは言葉もない。ちらりと見れば、クリュスタは盗賊の物言わぬ身体を無造作に踏みつけ剣をぐいっと引き抜き回収していた。そして少年は声もなく泣くばかり。

 いろいろな事を呑み込んだジロウは深々と息を吐いた。


「しかしまあ、血まみれでは気の毒だな」

 サネモは少年を見やって頷いた。

 血に塗れた本人も気持ち悪さを感じているだろうが、それよりもサネモは血の臭いに辟易としていた。想像以上に生臭さがあって鼻を突き、生理的にだろうか不安と恐怖を感じさせるのだ。

「この臭いはどうにかならないか」

 逃げ遅れた人々は気にした様子もないが、サネモは血生臭さが耐えがたかった。

「畏まりました、我が主。対処します」

「何か方法があるのか?」

「はい、こうします」

 クリュスタは小屋の横に行って、大樽を軽々と運んで来た。よくある雨水を貯めるものだが、たっぷりと水が入ったものは数人がかりでなければ持ち上げられないような重さだ。

 そして、呆気にとられる少年の頭へと水を流し落とした。

 激しい水音と同時に意外に甲高い悲鳴があがり、少年は水の重圧に負け地面に押し付けられ押し流された。血塗れは解消された少年だったが、今度は泥塗れだ。

 大樽を地面に降ろしクリュスタは胸を張った。

「完了したしました。と、報告いたします」

「よくやった。しかし、クリュスタの服まで水が飛んで汚れているではないか」

「問題はありません、この服に付着したものは自然に除去されます。しかし我が主の気遣いに、嬉しさいっぱいで感謝します」

「なるほど、そんな服があるのか」

 興味をひかれたサネモがクリュスタに近づくが、その足下では泥まみれの少年が這いつくばって半泣き状態でぷるぷる震えている。

「あう……」

 流石に少し気の毒になって足を止めると、少年が見上げてきた。きっと感謝して感激しているのだろう。それほど気にする必要はないので頷いてやる。

「そう気にする必要はない」

「ご……」

「うん?」

「ごばがっだあぁぁぁーっ!」

「なっ!? やめっ! 服が汚れる! 鼻水!? ああああっ!」

 サネモは悲鳴をあげた。


 ようやく少年を宥め引きはがすと、サネモは改めて周りに目を向けた。

 逃げ遅れていた人々も泥水を浴びている。助けてやったので謝る必要などないと思っていたが、どうやら形だけでも謝罪しておいた方が良いかもしれない。後で苦情を言われても面倒だ。

「そちらの人たちも申し訳なかった。まあ不可抗力という事で納得してくれ」

「…………」

 誰も返事をしないどころか、目も向けてくれない。

「気分を害したかな。だが、盗賊に捕らわれたままよりは遙かにマシだと思うがな。その点を理解して、仕方ない事だと思うといい。それより感謝の方が大きいのだろう?」

「…………」

 逃げ遅れた人々は誰も反応してくれない。

 ようやくそこで彼らが縛られたままだと気付き、それが原因かと思ってクリュスタに縄を解かせるが、それでも一人として感謝の言葉すら口にしない。

 かなり不快だ。

 腕を組みながら指を上下させる。

「あー、君たち。そういう態度は良くないと思うのがね」

 サネモは気分を害し顔をしかめた。

 さらに注意と文句を言ってやろうとしたのだが、ジロウが間に入って宥めるように手を上下に振ってみせた。ただし、その顔は物憂げなものだった。

「先生さん、仕方ないって。だってこの人ら、人形だから」

「なんだと!?」

 その言葉にサネモは、眉を寄せ目を見開き珍妙な驚愕の顔をした。

 茫然として数歩後退ってしまう。

「馬鹿な、ありえない。あってはならない……」

 サネモにとって魔導人形に対する知識は心の支えである。自分の知らない魔導人形が存在した事は衝撃的であった。だが、それはまだ許容できる。未知の物事が存在するは当然なのだから。

 心に衝撃を受けたのは、もっと別のことだ。

 それは魔導人形を見抜けず人間だと思ってしまった事であるし、自分が見抜けなかったそれをジロウが見抜いていたという事だ。

 もはや自尊心は粉微塵だった。

 己の存在意義さえ見失い、サネモは手で己の顔を押さえた。

「もう私はダメだ。魔導人形が魔導人形だと分からないなんて。ゾンビの方がマシなんだ、もうスライム以下の存在なんだ……」

 倒れ込みかけたサネモであったが、その両脇に手を入れ後ろから抱きしめるようにしてクリュスタが支えた。

「我が主、その対象は魔導人形ではありません」

「……えっ?」

「間違いなく人間です。と、断言します」

「本当に?」

「本当です」

「本当の本当に?」

「本当の本当です。それでは解体して、人間である事をお示ししましょう」

 クリュスタは天使の笑みで、不穏な事を口にした。

 人質を救うために平然と剣を投げつけ、何の躊躇いもなく盗賊を殲滅してみせたクリュスタである。ジロウが顔色を変え、必死に両手を振って止めに入った。

「いやちょっと待って、その証明って何する気。しなくていいから。俺の言った魔導人形ってのは、そういう呼び方ってだけだから」

「そうなのかね?」

「説明するから、クリュスタさんを止めて!」

 言われたサネモは、剣を抜き放っていたクリュスタを止めた。


 ジロウは座り込む人々を見ながら、ゆっくりと話しだす。その表情は美味しくもないものを無理矢理食べている時に近いものだ。

「耕せる土地ってのは限られてるんですよ。だから貧しい村なんかはね、子供が生まれたら反抗しないでよう躾けるんです。そうすると何も考えない何も望まない、言われた事しか出来ない人間になる。そういうのを人形って呼ぶわけ」

「なんだと……!?」

 愕然としたサネモは、弾かれるように振り向いた。座り込んだまま動かない人々は微動だにせず指示を待ち続けている。

 確かに、その様子は待機する魔導人形そっくりだ。

「次男は長男の替えだから、まだマシだけどさ。長男が跡を継げば人形にされるわけでさ。俺はそれが嫌だから逃げたんだよ。そりゃもう必死にね」

「そうか、それは大変だったな」

「だから何と言うか……とにかく、その人らを悪く思わないでやって欲しいんだ。そういう風にされただけなんだから」

「…………」

 サネモの中で魔導人形とは何かという疑問が渦巻いた。

 人に造られ仮初めの命を与えられ、こちらの指示を忠実に遂行する存在を魔導人形と定義づけていた。だが、この人形と呼ばれる人々は親に労力として生み出され、その支持を忠実に遂行するだけの存在だった。

 さらに言えばクリュスタだ。

 前から少し思っていた。人に造られた存在が人と同じ反応をして、考えて行動をするのであれば、人と魔導人形の違いは何であるのか。両者の境はどこにあるのだろうか。魂の有無と言うなら、その魂の存在をどうやって確認するのか。さらに考えていけば、命とは何なのかすら分からなくなる。

 悩むサネモの耳に、水に濡れた少年のするクシャミが聞こえた。

「依頼完了です。我が主、盗まれた品の回収をしましょう」

 クリュスタが小屋の確認に向かうと、ジロウも見に行き助けた人々と共に品々を運び出している。できれば盗賊の盗んだ品を少しでも懐に入れたかったが、これでは難しそうだ。

 サネモは残念そうに息を吐いた。

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