第16話 流石は先生さん
「あの盗賊どもを片付けてやるとしよう」
自分を今の境遇に追いやった連中にぶつけられない怒りを、いまここで盗賊にぶつけるのだ。極めて健全な感情の発散だろう。
サネモは街道から木々の間へと飛び込んだ。
念の為にと腰の剣を引き抜き、落ち葉に覆われた地面の上を走りだす。直ぐ側をクリュスタが続く。
「我が主よ、先程の人間たちを殲滅すればよろしいのですか。と、確認をします」
「もちろん……いや待て」
そんなクリュスタの言葉に頷きかけ、しかしサネモは何となく嫌な予感がした。今の言葉に違和感を覚えたのだ。少し思案し辿り一つの考えに辿り着いた。
「一応確認するが、倒すべき相手が盗賊ということは分かっているな」
「はい、盗賊とは他者の所有物を奪う職業の者です」
「……それは正しいが盗賊の区別はつくのか。つまり、あの馬車の全員が盗賊というわけではないぞ」
「そうなのですか」
クリュスタはサネモを見つめる。
全く前を見ないまま進むが、木どころか枝の一つにも当たらない。何にせよ、その困惑の様子からするとクリュスタは、囚われた人々まで盗賊というカテゴリーで攻撃するつもりだったらしい。
サネモは心の中で自分を称賛した。
もしもクリュスタの勘違いに気付かなければ、攫われた人々まで殲滅されていたに違いない。そうなれば責任は自分にもかかってくる。責任を問われるかどうかは分からぬが、しかし心にちょっぴり罪悪感を抱え生きる事になるところだった。
危うい所だ。
クリュスタにはしっかりと伝えねばならない。
「武器を持った相手だけを、いや違うな……」
この説明ではだめだ。捕らえられた人々が何か武器を所持していれば、クリュスタは敵と思って攻撃するだろう。
考え事をしながら走っていると、危うく藪に突っ込むところだった。
慌てて回避しふらつけばクリュスタに支えられる。
「先程見た中で、縛られていた者は攻撃するなよ。そちらは助けるべき相手だ」
「畏まりました。攻撃対象を変更し、救助対象の優先度はクリュスタの次にします」
つまるところ、捕らわれの人々の優先度はジロウよりも上という事だ。
幸いにも前を行くジロウの耳には入らなかったようだ。
ジロウは正義感に燃えたまま、木の根を飛び越え張り出した枝をくぐり、そのまま真っ直ぐに走っている。その姿には少しの躊躇いもなく真剣だ。
地形が下りになる手前でジロウは足を緩め、身を屈め慎重に進んだ。
ようやくそこでサネモも追いついた。
走るのにクリュスタの手を借りてきたが荒い息だった。長年の学院生活で体力が乏しい事もあるが、多少とはいえ様々な荷物類を身に付け剣という長物を手にして走って来たのだ。
しかも走りながら話もしたので、すっかり息をきらしていた。
少し先で視界が開けている。
緩い窪地状になった先に小さな小屋が一つ。傍らには荷馬車が三台、馬三頭は暇そうに草を
距離は少しある。
盗賊たちも捕らわれた者たちの様子を気にしているので、姿を見せた時点で直ぐ武器を手に取るだろう。助けに向かって事で、捕らわれの人々が傷つけられては意味が無い。身を潜めたジロウの判断は正しいと言える。
そうとは言えど、このまま見ていても状況は悪くなるばかり。何かの切っ掛けがあれば良いのだが。サネモがそんな事を考えていると――。
「我が主、あれを」
クリュスタが視線を僅かに動かしながら指し示す。
ほっそりとした指が向けられた先に目を凝らし、眉を寄せた。
地面に座らされた人たちの中に、そっと動いている者がいる。少年だ。どうやら自力で縄を解いたようだが、周りの者たちの縄を小さなナイフで解いている。つまりクリュスタに敵の識別を説明した事は正しかったという事だ。
捕らわれた者たちは虚脱して動かないが、しかし何人かはさり気なく座った位置を変え、盗賊側から見えないように協力していた。
ジロウも今のやり取りで気付いたらしい。
「頑張れ、頑張れよ……」
呻くように言っている。
そっと視線を向けると、ジロウは歯を噛みしめ前を睨んでいる。今にも飛びだしたい気持ちを堪えているらしい。
サネモにはその気持ちがあまり理解出来なかった。
確かに目の前の人々を助けてやりたいとは思う。思うがしかし、そこまで強く熱く思い入れる事はない。所詮他人は他人だ。自分と自分の身の回りさえ大事にしていれば十分で、それ以上までどうして入れ込まねばならないのだろうか。
良く分からない。
「…………」
風はない。空飛ぶ鳥の声が少し、盗賊たちの声がそこそこ。後は耳鳴りがするような静かな刻が流れていく。とても静かだ。そして考え事をしている。
だから突然の声に激しく驚いてしまった。
「お前っ、何してやがる!」
逃げようとする者たちの動きが盗賊に気付かれたのだ。
幾つかのことが一瞬で同時に起きた。
縄が解かれていた者たちが立ち上がり、一斉に走りだす。盗賊が武器を抜き追いかける。ジロウが立ち上がって大きく手を振る
「こっちだ! 助けに来たぞっ!」
驚きに目を見開いた盗賊にジロウが矢を放ち、クリュスタが剣を手に飛び出すように走りだした。そしてサネモは――もたついて転んでしまった。言い訳するなら、服の端が枝に引っかかったのだ。
ようやく立ち上がって、取り落とした剣を拾い上げる。一人だけ何の役にも立たない自分に腹が立つ。これでは全くの役立たずだ。
せめてもと、何かをやっている感を出すため声をあげた。
「我々はハンターズギルドの依頼を受けた者だ。救援に来た!」
サネモの声で逃げ惑っていた人々の顔が変わり、こちらに全力で逃げてくる。
本当に助けが来たのか半信半疑だった人々にとって、ハンターズギルドという言葉が大きく作用したのだ。
「流石は先生さん!」
「……まあ、当然というものだよ」
サネモは威張りながら安堵した。
これなら出遅れた事も、人々を上手く誘導した事で相殺される。もう誰にも役立たずなどとは思われない。手招きして逃げて来た人々を後ろへと送る。
実際には大した事はしていないが、とても有益な活躍をしている気分だ。
ジロウは次の矢をつがえ、射線を遮る人を避けながら、盗賊へと近づきながら射かけている。なかなか当たらないが、盗賊も警戒し動いているので当然だ。むしろ逃げ遅れた人々に近づけぬよう牽制している具合が強い。
クリュスタはまさしく活躍していた。
バトルドレスのスカートを翻し剣を手に盗賊へと迫るが、その動きは華麗で容赦がない。小柄な姿が右に左にと素早く動き、盗賊たちに斬りつけていく。
とりあえず敵味方を問題なく識別する様子にサネモは安堵した。
「この女、強いぞ!」
吼えた髭面の盗賊が斧を振るう。
クリュスタは剣を振るって斧の柄を両断した。次の瞬間には盗賊の喉に致命的な一撃を入れ、胸に一突きでとどめを入れている。横から襲いかかってきた相手を、半歩下がって回避。腕をつかみ、魔導人形ならではの怪力を発揮して地面に叩き付け首を踏み砕く。
最初は高をくくっていた盗賊たちは恐慌状態だ。
ジロウや逃げた人々はその働きぶりに唖然としているが、サネモはクリュスタの動きに興奮状態にある。
「よし! いいぞ! 馬鹿め、クリュスタに勝てるものか。ははははっ! 見ろ、あの動きを! 素晴らしいぞ、実に素晴らしい! これぞまさに最高級魔導人形!」
もはや子供と大人の喧嘩といった様相になっていたが、不意にクリュスタの動きの流れが止まる。理由は盗賊が他の人を助けようとして逃げ遅れた少年を捕まえ、その首筋に鋭い刃を突きつけたためだ。
「動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
その言葉を聞いてクリュスタは不思議そうに首を傾げたが、直ぐに血に濡れた剣を手にすたすた近づいていく。これに慌てるのは盗賊の方で、声を荒げ少年を引きずり後退していく。
「おい! 聞こえてんのか!? おい!」
「聞こえております」
「だったら止まれ! 動くなっ! 刺すぞ、こいつを刺すぞ! 本当に刺すぞ!」
「そうですか」
クリュスタが腕を一閃させた。
手にしていた剣は少年の頭頂部すれすれを掠め、盗賊の胸板に突き立った。ぽかんとして剣を見つめた盗賊は、ごぼごぼと口から血を吐く。それは少年の頭に降り注いで血塗れにした。
「っらぁっ! このっ! よくもやりやがったな」
剣を手放したクリュスタに対し、好機とみた盗賊が横合いから襲い掛かり、鉈のような剣を振り上げた。しかし旋回したモノリスが、その盗賊を弾き飛ばしてしまう。クリュスタは次の剣をモノリスから抜きだし投げつけた。
投擲される剣は生き残った盗賊に次々と襲い掛かり刺し貫いていく。
それはまるで作業のような動きだった。
「我が主、盗賊を一掃しました」
「よくやったな」
言ってサネモは、返り血一つ浴びていないクリュスタに頷いてやる。
これに満面の笑みが返されるのだが、辺りには斬殺され倒れた盗賊の死体が幾つも転がり、そして血を浴び呆然とする少年の姿があった。
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