第15話 奪うとか馬鹿な事をする連中
辺りは静かだ。
木々が僅かな風にそよぐ葉擦れが響き、鳥の鳴き声や虫の飛翔音が耳をつく。土の地面の小砂利を踏む音が響き、身に付けた剣帯の金音が一定のリズムを刻む。
――何もかもみな新鮮だ。
サネモは奇妙な感慨に浸っていた。
王都に暮らす多くの者は、その城壁に囲まれた場所から殆ど出る事はない。郊外は危険な場所という認識で、実際そうなのだから当然だ。しかもサネモは殆ど研究室に籠もる生活だった。
だから尚のこと珍しく感じていた。
そうとは言え、顔の周りを飛び回る小虫には辟易とする。クリュスタが随時叩き落としてくれるが小虫は尽きることがない。
「ところで先生さん、そっちのクリュスタさんって本当に魔導人形なわけ?」
「ほほう? もしや魔導人形に興味があるのか。良し詳しく語ってやろう」
「そうじゃなくって、人間にしか見えないからさ。魔導人形って言ったら、もっとこう塊みたいな感じでしょ?」
ジロウは手を振って否定した。
同好の士が増えそうな予感が裏切られ、サネモは内心で舌打ちした。しかし最近は講義の機会もないので語れる機会は逃さない。
視線は地面に向け、盗賊の痕跡を探しつつ口を開く。
「多くの者は魔導人形の違いを見た目で分けるが、実際にはもっと大きく違う。そもそも他の魔導人形というものは、肉体に石や金属を用い、その中に核と呼ばれるものを封入し動かしているわけだ。ここで生じる問題がなにか分かるかな」
「えっと……さあ?」
「つまり素材そのものを動かそうとするため重量が大きく鈍重となる。もちろんこれにも生産性には優れているという利点はある。一方でクリュスタなどは内部に骨格を持たせ外部を生物的素材で覆ったものだ。主として動くのは骨格であり、その他の部分は副次的な動きをする。これによって人間的な形態が確保され、素早さと柔軟さが得られ、しかも魔術的な回路まで獲得される。つまり魔導人形という括りにはされているが、クリュスタのような存在は全く別種と言ってもいいぐらいの――」
「待って、ちょっと待って。とっても良く分かって、納得したんで」
「そう? もっと知りたくないのではないか?」
「いえいえ、もう十分ですって。えーと、それにほら。あんまり喋ると盗賊がいたらマズいでしょ。さぁさぁ、調査に集中しましょうや」
それもそうかと頷いたサネモは、ある程度喋って満足した事もあって、また街道とその脇に意識を集中させる。
クリュスタは編まれた髪を背で揺らし後ろに続く。
怪しそうな場所が見つかった。
踏み荒らされた地面に飛び散る腐葉土、折れた枝があって、布片といった落下物もある。そうした痕跡が木々の向こうへと続いている。一応は落ち葉などが被せられているが、向こう側に少しだけ轍の跡が見えた。
全てを考えれば馬車を乗り入れた場所に違いない。
つまり盗賊の痕跡だ。
「よっしゃ! この痕を追えば盗賊の元に辿り着く。そしたら……むふふ」
含み笑いをするジロウは、どうせ娼館のことでも考えているのだろう。
しかしサネモは腕組みをしながら眉を寄せた。
「露骨すぎないか? 盗賊も自分たちが襲うばかりではなく、こうして襲ってくる相手がいる事ぐらいは分かっているはずだ」
「あっ……いや、でも先生さん。そこまで考えてないんじゃないかな」
「そうかな?」
「だって、人の物を奪うとか馬鹿な事をする連中なんだしさ」
「馬鹿な事か」
サネモは頷くが、それは別にジロウの意見に同意したわけではない。
何となく、今の言葉にジロウの人間性を感じたのだ。そして、ここまで会話をしてきた感じとしてはジロウに対し好感を抱いていた。。
そして思う。
学院での賢者生活の頃は、ジロウのような者を一顧だにしなかった。周りの連中も同じくそうだったので、別にそれは当たり前でおかしな事ではない。だが、それは正しかったのだろうか。狭い世界の中で広い世界を知らず、知ろうともせず偉ぶり奢っていたのではなかろうか。
それが今はとても恥ずかしい。
サネモが見つめる前でジロウは、街道から木々の根元へと指先を向けた。
「ほら、馬車で走ってれば気付かないしさ。って、先生さんどうかしたか?」
「何でもない。確かにジロウの言う通りかもしれんな」
「でしょー」
ニンマリ笑うジロウは満足そうで、サネモも合わせて笑ってみせた。
「それにさ、誰もこんな場所をじっくり調べようとは思わないっての。そうすりゃ、面倒な事して痕跡を消そうなんてしなくなる。人間って、そういうもんですよ」
頭上には枝葉が張りだし、街道の上に覆い被さって薄暗い。
ここを通る馬車は馬に鞭当て大急ぎで通過していくのだから、確かにちょっとした痕跡では誰も気付かないだろう。
ふいにクリュスタが顔をあげた。
「我が主、馬車の接近が感じられます」
「なんだと……?」
サネモの耳には聞こえなかったが、クリュスタが言うなら間違いないだろう。目や耳だけでなく、その他の感覚も人間より優れているのだから。
耳をすませていると、ジロウが慌てて街道の端に駆け寄り振り向いた。
「ちょっ、そんなとこに居たらマズいですって!」
「どうしてだ?」
「ここ盗賊が出る場所でしょうが」
「つまり盗賊が戻って来たとでも言いたいのか。それであれば好都合だ」
「そうじゃなくって! いや、そうかもしんないけど。もしも盗賊でなかったらどうしますかっての。他の人からすれば、俺らが盗賊に思われかねんって事でしょうが」
「この私が盗賊に見えるとでもいうのか? この賢者たる私が!?」
「あーもうっ!」
首を捻るサネモにジロウが言うには、相手が隊商であれば安全の為にと先制攻撃されかねないらしい。街中とちがって、それが許されるのが外の世界という事だ。
言われてみればもっともだった。
攻撃はクリュスタが防いでくれるに違いないが、しかし面倒は面倒に違いない。
「先生さん、こっちだ。こっちに隠れようぜ」
ジロウは直ぐに街道を外れ、木々の間を分け入って身を潜めた。それは慣れた様子であって、服の汚れも気にせず地に伏している。
しかしサネモは、土汚れを気にして同じ事をする気にはなれなかった。
少し考え、枝葉の密生した灌木の後ろに実を潜める事にした。クリュスタも側に跪き寄り添った。モノリスが横たわって浮遊してきた。
「どうぞ、お座り下さい我が主よ」
「おお、これは便利だな」
「はい、クリュスタの装備ですから当然です」
腰掛けてみれば固いがしかし、程よい座り心地だ。横にクリュスタも並んで座る。
やがて――車輪が地を踏む音、馬の蹄が地を打つ音。それが幾つか聞こえ、枝葉の間から様子を窺ってみると、一頭立ての荷馬車三台が列をなしている。
「あれは盗賊だな」
サネモは眉をしかめた。
馬を操る者も荷台に座る連中も、肩に剣や槍を担いで威勢良く、悪人面に嫌な笑いを浮かべている。これが盗賊でなかったら、誰が盗賊かと言うぐらいの姿だ。
荷馬車に目をやって眉を寄せた。
そこには縛られ怯えきった人々の姿があった。男も女性もいれば、そこに子供もいる。何人かは怪我をして傷つき苦しそうな様子だ。
きっとどこかで襲われ攫われて来たに違いない。
あの痕跡を見つけた場所を、馬車はゆっくりと車体を揺らしながら進入していく。少し先で下りになっているようで、木々の間に紛れながら姿が見えなくなった。
盗賊の一人が残って地面を均している。
如何にも面倒そうな素振りで、痕跡の消し方もかなり雑だ。それが終わると後ろも振り返らず、軽い足取りで仲間を追いかけて姿を消した。
風が枝葉を揺らしている。
辺りは再び静まって、葉擦れの音しか聞こえない。
サネモは立ち上がって街道に出た。
思ったより長く座り込んでいた事と、これまでの移動で足腰が疲れている。軽く腰を叩いていると、クリュスタが手を出した。優しい感触が腰を揉みほぐし心地よい。これはもう癖になりそうだ。
「早く行こう!」
不意にジロウの声がサネモの心地よさを終わらせた。
ジロウは落ち葉や土塊を付けたまま、鋭い目付きで盗賊たちの消えた方向を睨んでいる。手には短弓を握り、いつでも射れるようにと軽く矢をつがえてさえいた。
「俺はああいうのが許せないんだ。普通に暮らしていただけの人が、その生活を滅茶苦茶にされるなんて、そんなのおかしいじゃないか」
「そうだな」
サネモは力強く同意した。
何せ最近生活を滅茶苦茶にされたばかりなのだ。その苦労や悔しさは身に染みて分かる。あの盗賊共が――学院長や学院上層部、さらに元妻や顔も知らぬその相手の男や、さらには借金取りだと思えば、怒りと共に気合いが入ってくる。
クリュスタは不思議そうにしながら頷いた。
「畏まりました、戦闘行動に移行します」
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