第14話 邪悪な存在は排除します
日の出を控えた空は明るく白みだしていくが、地上はまだ薄暗い。
身支度を終えたサネモは、まだ寒さの残る空気の中をギルドに向け歩きだす。厚手の革服にローブを纏い、腰には剣を一振りと水袋、懐の中に念の為の回復薬。
動きやすさを考えて用意した装備で準備万端だ。
クリュスタはいつもと変わらず青いバトルドレスで、背後には浮遊するモノリスを帯同させている。
今回はジロウという名の相手と共に盗賊退治に出かけるのだ。
ギルドの用意した馬車で近場まで送って貰う手筈になっており、この時間帯に出発すれば昼前には目的地に到着する予定と聞いていた。
しかしギルドの馬車乗り場に到着してみると、そこにジロウの姿はなかった。
「……居ないじゃないか」
早すぎたわけではない。
馬車の準備は整って、馬は軽くいななき気合いに満ちた様子で足踏みをし、御者は白んだ空を見やって日の出を待っていた。もう直ぐ出発の時間になる。
クリュスタも辺りを見回した。
「我が主、この場合はどのように?」
「それは分からないが……一人で行くのは不安がある。こうなったら依頼は中止という事でいいかな。どうせ正式に引き受けたのは、ジロウだ。ペナルティはこちらには来ないだろうし」
「はい、分かりました。それでは時間が出来ましたので、我が主の健康の為に食料などの買い出しをしてはどうかと進言します」
「それはどうしてだ?」
「昨夜の食事は栄養が偏り、朝の食事は粗末なものでした。我が主に健康で長生きをして頂くためには、まずは食事の改善を――」
朝市に行こうと力説するのがクリュスタの主張だった。それに同意しかけると、向こうから凄い形相で走ってくる姿を見つけた。
もちろんジロウだ。
「すんません! 遅れた! ちょっと寝過ごして! でも大急ぎで走って来たんで! これこの通りだから許して!」
「あー、そうか。まあ構わないが」
荒い息で告げる姿にサネモは軽く頷いた。
走って来る姿があまりにも必死だったので、それを見た後では文句を言う気も失せてしまった。それは、時間を気にしていた御者も同じだったらしい。軽く渋い顔はしているが、早く乗るよう言っただけで出発の最終準備を始めている。
クリュスタは状況を確認すると、サネモを見つめ頷いた。
「では、食事の改善は戻ってからとしましょう」
どこで馬車から降ろされるのか、サネモは期待と不安を感じていたが、意外にも王都から近い森の街道沿いで馬車は止まった。
荷馬車が盗賊に襲われた辺りだそうだ。
サネモたちが降りると挨拶をする間もなく、馬車は走り去ってしまう。
何となく寂しい気持ちで馬車の後ろ姿を見送っていると、ジロウが肩を竦めた。
「さすがは盗賊の多いとこだよね、馬車も速いとこ離れたいって事だわな」
まさしくぼやきの通りだろう。
そうなると帰りの馬車が迎えが来てくれるのか心配になる。しかし心配するにしても、まずは依頼を達成してからだろう。
そう思って、辺りを確認する。
木立はあまり密生しておらず、木漏れ日が差し込み明るさがある。地面には下草も少なく歩きやすそうで、簡単に木々の間に入っていける状態だ。森と言うよりは林に近いが、しかし木ばかりである事に変わりはない。
「うがぁ、どうすんだこれ!」
ジロウは辺りを見回し頭を抱えている。
「何か問題でもあるか?」
「だって俺の思ってたのと違う。こう直ぐ目の前に盗賊の根城があって、俺の知的で素敵な作戦であっさり一網打尽って予定だったのに! 何これ!? 木ばっかで盗賊がいない」
「ああ、なるほど」
ジロウの言う知的で素敵な作戦はさておき、その他の言葉はサネモも同意する気持ちがあった。前回の遺跡探索は指定された場所に行けば即行動で良かった。今回も同じような気分で、まさか目的の盗賊を探す事から始める必要があるとは思っていなかった。
「こんなとこを駆け回って、盗賊の根城を探すとか無理だよ。見つかるわけない。依頼失敗、もうダメだぁ」
嘆くジロウの姿を改めて見つめる。
その防具は急所を厚革で補強した簡易なもので、身軽さを重視したものだ。ところどころ補修され、よく使い込まれている。装備の短弓も同じで、矢筒から見える矢羽根も手入れがされている。
ハンターとしての実力は問題ないだろう、少しだけ泣き言が多いだけで。
「まあ言っても仕方ないだろう。探すしかない」
「こんな広い場所で見つかると思います?」
「皆目見当もつかんな」
肩を竦めていると、クリュスタが近くの枝から葉を一枚手に取った。
「そうでもありません。盗賊も生きております。それであれば、この森で得られる食糧では不足するはず。どこからか食料を持ち込むと考えます」
「なるほど、理解した。クリュスタの言う通りだな」
盗賊が盗賊をしている理由は金品を得る為だ。
手に入れた品は金に換える必要があるし、手に入れた金は使いたいはず。しかし森の中には、それを行う為の場所もなければ使う場所もない。
あるのは木々で、いるのは野生生物だけだ。
「すると、街との往来が発生する。重い荷物があれば、それを抱え森の奥まで行くとは考えにくい。見つからないように隠れる必要があったとしてもだ」
人間は楽をしたがる生き物なので不便は好まない。そして人間は魔導人形でないのだから、同じ事を繰り返していれば少しずつ気が弛んで油断しだす。
そこに付け入る隙があるはずだ。
「この道沿いに調べていけば、どこかに痕跡があるかもしれない。どっちみち、それしか思いつかないなら、やるしかあるまい」
「流石は先生さんだ。よし、俺それを探してみる!」
ジロウは目を輝かせている。
なかなか気分の浮き沈みが激しく騒々しい男だ。しかし、それほど嫌には感じなかった。この他に人の姿のない静かな森の中では特に。
「私は痕跡を調べていくとしよう」
街道を見れば少し先で木々に隠れて見通せないが、蛇行しながら続いている。
軽く落ち葉が重なり草の芽吹いた道には、今しがた走り去った車の轍と馬の足跡がくっきり残されている。更によく見れば薄らとしたものも幾つかある。
もしも盗賊が馬車を使っていれば、その痕跡探しは簡単そうだ。
「痕跡探しをすれば周りに目が届かなくなる。だから警戒は任せたいが良いかな」
「よしきた! 俺に任せてくれ」
「派手にやっている連中だ。痕跡探しも案外と簡単かもしれなんな」
「あとはいきなり襲われないと良いんだけどなー」
言いながら、ジロウは不安げに木々の向こうを見やっていた。
立ち並んだ木が重なり壁のようにも見える。短弓を使うだけに、そこから矢が飛んでこないかの不安があるのだろう。同じ考えを持ったサネモも不安を感じた。
クリュスタはサネモに近づいた。
青いバトルドレスのスカート姿は、本来なら森の中に似つかわしくないだろう。だが、静かに背筋を伸ばし堂々としている姿は森の妖精のようだ。
「我が主」
「どうした」
「クリュスタは防御態勢に入ります。周辺からの攻撃はお気になさらず。大火力の攻城魔法でさえ防いでみせましょう」
きっぱりと言い切ってみせる。
「それは安心だ」
盗賊風情がそんな魔法を使ってくるとは思えないが、気は心でありがたく受け取っておく。これにジロウは不満そうな顔をするが、今のクリュスタの言葉に気を悪くしたからではなさそうだ。
「くっそー、俺も美人魔導人形に守られたいよ。ああっ羨ましくなんてない、羨ましくなんてない。羨ましくない、本当だってば」
「一応同行者についても、保護範囲に入ります。優先順位は我が主で、その次にクリュスタで、その次が装備。その次ぐらいになりますが」
「くっ、羨ましくなんてないぞ! 俺は盗まれた品を取り返して、娼館でしっぽりたっぷり遊ぶんだ。あっ、そうだ。先生さんも一緒に行こうぜ、俺の紹介なら――」
クリュスタが剣を取り出し戦闘態勢を取った。盗賊が現れたからではない。その攻撃対象として睨んでいる相手はジロウである。
「我が主の女性関係に口出しはしません。ですが、その場所に行かせるわけにはいきません。邪悪な存在は排除します」
「待って、冗談だって。先生さんは誘わないからさ、僕一人で行ってきまーす」
「分かれば良いのです。と、取りあえずは剣を収めます」
森の中では鳥が鳴き、木々の葉擦れの音が聞こえるばかり。
少なくとも辺りに盗賊などの敵はいなさそうだ。サネモは地面を確認しながら、少しだけ溜め息を吐いていた。
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