第13話 我が主、今からでも遅くありません

 ギルドの窓口で、ユウカが誰か男と揉めていた。

「ですから、ジロウさんだけでは難しい依頼なんです。せめて仲間を募ってから受けに来て下さい」

 窓口が本格的に混み合うのは、もう少し後の夕方手前の帰還ラッシュの頃。

 今はまだギルドの建物内は閑散としたもので、精算待ちの者が仲間と雑談し、顔見知り同士がサービス提供の水を飲みつつ雑談をしているぐらいだった。

 お陰で揉めている声もよく聞こえる。

「そこを何とか! ねっ、ねっ? よろしくお願いしますよー」

「何とか、ではありませんよ。これは一人では難しい依頼なんです」

「この依頼を受けないと、俺がいろいろ困るわけよ。特にお財布とか、お財布とかお財布とかが」

「あのですね、財布より先に命の方が困る事になりますよ。それにギルドとしても、失敗されては困る依頼なんです。分かりましたか?」

 受け付けカウンターに張り付き、若い男が手を合わせ必死に拝んでいる。

 青年と言うには若いが、少年とまでは言えない年齢である。装備は粗末だが、よく見れば細かな傷が幾つもあって、かなり使い込まれている。それだけ実戦を生きのびてきたのだろう。

 サネモは少し立ち尽くし、どの窓口に行こうか迷う。

 精算はどの窓口でも出来るので、無理にユウカに頼む必要はない。実際にカウンターの向こうでは、来るのか来ないのかと見つめてくる職員の姿がある。

 だがサネモとしては、精算手続きをユウカに頼みたかった。

 最初から世話になっている相手であるし、いろいろ便宜も図ってもくれる。顔なじみの方が気が楽でもある。

 迷っていると、ユウカの方が気付いた。

「あっ、サネモ先生。丁度いいところに」

 安堵した顔で言われると近づくしかない。

 カウンターに張り付き騒いでいた男が振り向く。少し目付きは悪いが、いきなり現れたサネモを不審がっているらしい。

「あん? 何なん、こいつ?」

 言いながら、その目がクリュスタに向いた。

 途端に別人かというぐらい、明るく笑顔になった。そのまま、素早く揉み手しながらクリュスタに近づいていく。

「こんにちは、君可愛いね! 俺、ジロウライト。ハンターの四級の有望株なんよ! 気軽にジロちゃんって呼んでね。それで君の名前は? 良かったら俺と一緒に依頼を受けたりしない?」

 とんでもない豹変ぶりだ。

 サネモは驚き戸惑うが、クリュスタは平然としている。

「私の個体名は、クリュスタです。また、ジロちゃんと呼ぶ必要は感じません。そしてクリュスタは万能魔導人形ですので、依頼の誘いは我が主に確認をどうぞ」

 ジロウはクリュスタとサネモを交互に見比べるが、それまでの明るい笑顔が面白いぐらいに崩れ驚愕へと変わっていった。

「魔導人形!? 本当に!?」

「はい、本当です」

「ちくしょおおおっ! お前か、お前が主か! こんな可愛い美人魔導人形を連れ歩いて我が主なんて呼ばせて! 羨ましすぎ! お前は敵だ。俺の敵だ!」


 叫ぶような声に対し、クリュスタが動いた。

 特に敵という言葉に反応し、モノリスから剣を抜きだしさえしている。辺りは騒然としているが、サネモは止めようともしない。こんな態度をする者を見るのは初めてだったからだ。カルチャーショックを受けている。

 ユウカはカウンターの向こうで深々と息を吐いた。

「はいはい、そこまでです。ギルドで揉め事はだめですよ。それにジロウさん、貴方がそういう態度をとるから、誰も一緒に行動してくれないんですよ」

 容赦ない言葉にジロウは胸を押さえる。どこか芝居がかった仕草だった。

「ぬがぁっ!」

「それよりサネモ先生に謝ったらどうですか。先生と一緒にでしたら、この依頼は受けられますけど」

「マジで!?」

「ええ、そうです。先生は新人になりますけど、とーっても優秀で。それにジロウさんと違って信頼も出来ますから」

 どうやらユウカは、この面倒を押し付けるつもりらしい。恨めしげなサネモの視線に気付いたらしく、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をした。

「あっ、でも先生が引き受けるかは知りませんよ」

 だがジロウは聞いてない。

「おおっ! 我が親愛なる先生さん! さっきは悪かったね。一緒に依頼を受けようじゃないですか! ちょーっと盗賊を片付けるだけの簡単な仕事なんで。新人なら、この先輩である俺が少し指導したりするからさ」

 態度がころころ変わる。

 揉み手して媚びるような口調かと思えば、少し先輩風を吹かせて偉そうにして、さらに拝んで頼んでと目まぐるしい。

 クリュスタはサネモの側に寄って忠告するような視線を向けてきた。

「我が主、このような者の言葉に耳を貸す必要はないかと」

「うむ、同じ事を思っていた」

「流石は我が主、賢明なる判断です。さあ、依頼の精算を行いましょう」

 クリュスタが言えば、そそくさ移動したユウカが隣の窓口で手招きしている。

 そちらに向かおうとすれば、ジロウが前に回り込んだ。あげくに膝を突き頭を何度も床に擦り付け、伏し拝んだ。

「お願いします、お願い! 俺と一緒に仕事を受けてぇ! 俺の財布の為に!」

「この人間にプライドというものはないのでしょうか?」

「はんっ! そんなもん俺みたいな奴にとっちゃ、何の役にも立たんっての!」

「潔いのか、潔くないのか分かりかねます」

 クリュスタが困惑している。流石の最高級万能魔導人形でも、このジロウのような存在は理解出来ないらしい。もちろんサネモも同じだったのだが。

「というわけで、お願い! 一緒にやって! お願い! この通り、お頼み申す!」

 ジロウは這いつくばって両手を合わせている。

 そろそろ時刻として、ハンターたちが戻って来る頃合いだ。実際に、ちらほらと増えてきている。そして、必死に頼み込むジロウの姿に驚き足を止めていた。

 今この瞬間だけを切り取れば、まるでサネモの方が酷い奴に見えてしまう。そうなると選択肢は一つしかなかった。


「先生さん、ありがとね。助かったよ。これから何か困った事があったら、俺に言ってよね。出来る事があったら手を貸すからさ、出来ない事は無理だけど」

 ギルドロビーの打合せスペースで、ジロウは調子良く言った。低いテーブルを挟んだ向かいで、すっかり上機嫌で調子の良い笑いを浮かべている。

 頼み込んで来た時の必死さは全くない。

 だが、悪い人間ではなさそうだとサネモは思っている。

 態度の変化も思っている事がそのまま出ているだけで、逆に言えば裏表がなく分かり易いと言える。変に取り繕われるよりは、よっぽどマシだ。調子の良いところや、賑やかしいところにさえ目を瞑れば問題ない。

 そして、もう一つ。

 こうして一緒に依頼を受けて良かったとも思っていた。

 なぜならハンターである以上は、誰かと共闘する事はいつか必ずある事だ。それなら早い段階で経験しておいた方が良いに決まっている。

「改めて自己紹介。俺、ジロウライト! 気軽にジロウって呼んで」

「サネモ=ハタケだ。極めて短い間だろうが、よろしくしておこう」

「でもさぁ、先生が引き受けてくれたおかげで本当に助かったよ。この依頼を受けられなかったらさ、本当の本当に困るとこだったんだよ」

 ジロウに嫌味は通じないらしい。

「なるほど、そんなに金に困っていたか」

「金の関係で困ってたってのもあるけど、ちょっと違った困りもあるわけよ。この依頼ってのは、盗賊に盗まれた品を取り返すやつでしょう?」

「被害に遭った商人からの依頼だったかな」

「その盗まれた品の中に……」

「何か貴重な遺物でも?」

 勿体ぶってみせるジロウに合わせ、サネモは身を乗り出した。もしも貴重な魔導人形でもあれば、盗賊如きに渡す必要はない。救いだして保護してやりたい。

「俺の馴染みの娼館の超人気売れっ子の品もあるわけですよ」

「ん?」

「それを取り返してくれば、後はもう分かるっしょ。感謝感激からのー、お礼ってことで指名が通っちゃうかも」

「…………」

 欲望に満ちた顔で小鼻を膨らませるジロウを前に、サネモは言葉も無い。

 世の中にはこんな人間がいるのかと、衝撃的な気持ちだ。背後に立って待機していたクリュスタは気持ちを察したらしい。慰めるように肩に手を置き擦ってくれる。その優しさが心に染みる感じだ。

「我が主、今からでも遅くありません。この依頼を断ってはどうでしょうか」

「待った待った! 仕事は真面目にやるから! そんな事を言わないで。このまま一緒にやりましょうって、俺の報酬は四割でいいから! お願い!」

 ジロウが両手を合わせて拝みだせば、またも周りの注目を集めてしまう。

 この依頼を受けたのは早まったかもしれない、と考えてしまうサネモであった。

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