第12話 それはどういった意味でしょうか

「攻撃を行います」

 クリュスタが青いスカートを翻し獣の群れに飛び込んでいく。

 その手から剣が投擲され、同時にモノリスから飛び出した剣を掴んだ。同じように斬って投げてを繰り返し、そこにいた獣を次々と倒していった。横合いから獣の一体が迫ったが、それをモノリスが盾となって防ぎ弾き飛ばす。

 そうしてルーバーと呼ばれる獣の群れは、クリュスタによって蹴散らされた。

 後ろに続くサネモはそれを見ているだけで、何の出番もなかった。剣を手にしたまま、緊張しながら立っていただけだ。案山子程度には役に立ったかもしれない。

「魔法攻撃はできるが、それぐらいはした方が良いかもしれん」

「我が主は、そこに居る事が大事なのです」

「そうかな?」

「はい、クリュスタの作業効率が向上しますので」

 最後の一体を仕留めたところで、クリュスタは淡々とした作業のような戦闘を終えた。身を翻すと後ろで編まれた金髪が跳ね、蒼いバトルドレスのスカートがふわりとする。それは、つい今しがたまで殺戮に勤しんでいたとは思えぬ爽やかさだ。

「周辺に、それらしい姿は確認されません。と、報告します」

「ルーバーの獰猛な習性を考えれば、逃げたとは思えない。居ないとなれば、全滅したという事だろう。依頼完了だな」

「同意します」

 今回サネモが紹介された依頼は、王都近くに出没するルーバーの退治だった。

 ルーバーは肉食系モンスター。

 体高は人の腰ほどの四つ足獣のような姿。群れで動き、獲物と決めた相手を執拗に狙い続ける習性がある。しかも忍び寄って不意を突いてくるため厄介だ。食糧を運ぶ荷馬車が襲われるだけでなく、依頼を終え気を抜いたハンターですら犠牲になる事すらある。

 率先して退治すべきモンスターだが、危険な相手でもあるため受ける者は少ない。だから報酬は高めに設定されているわけだ。

 ユウカのお勧めで引き受けたが、思ったより上手くいった。

「ふぅっ」

 サネモは安堵の息を吐いて視線を上げた。

 後ろにある王都の外壁が目に入らなければ、広々とした景色だ。殆ど起伏のない地面に草地が広がり、土を固めた幅広の街道の先には集落の姿もある。視界を遮るものは殆んどなく遠くまでが見渡せて、日射しは眩しく空は美しく青い。

 倒れたルーバーの血臭も風に散らされ、殆ど気にならない。

 実に清々しいが、今の戦いで何の役にも立たなかった自分の不甲斐なさをつくづく思い知る。クリュスタに剣を習い始めたが、もう少し身を入れてやるべきだろう。

「よろしい、戻るとしようか」

「畏まりました、我が主」


 城門の前に立つ兵士はサネモの姿を認め、軽く手を振ってきた。

 この僅か数日で顔を覚えられている。クリュスタを連れているため目立っている事もあるが、やはり四体の魔導人形を引き連れ騒動になった事が大きい。ただし、その件については笑い話で終わっている。

「よう、先生。仕事は終わったみたいだな。こっからでも見えたぞ」

 先生と呼ばれると微妙な気分だ。

 既に学院を出ていう。もちろん賢者という自負はあるが、他人から言われると何やら揶揄されているように思える。しかしあえて否定するのも変なので、好きにさせておくしかなかった。

「これでルーバーはしばらく出ないだろう」

「本当に助かる。なにせあいつら見境なくってな、ここまで襲ってくんだよ」

「そんなに獰猛なのか。厄介な存在だな」

「だよなぁ。あいつら絶滅してくれないかねぇ」

 話をしながら身分証を渡せば、ろくに見もしないで返してくる。奥まった場所に上官がいるため、形だけの確認でもしておく必要があるのだそうだ。

「そりゃそうとな。先生、気を付けた方がいい。あんたら目立ってるからな」

「ふっ、それは当然というものだ」

 どうやら賢者としての品格と知性が溢れ出ているらしい。仕方ないとは言え、困ったものである。

「だな、あんな美人なんぞ居ないからな」

 兵士はクリュスタを見ながら言った。

 金色の髪を日射しに輝かせる立ち姿も美しく、バトルドレスもあって気品がある。門を行き来する者は二度見して、中には壁にぶつかって転ぶ者までいる程だ。

「……なるほど確かに目立っているな」

「気を付けろよ。実力もない馬鹿に限ってな、目立つ新人を羨むんだ。馬鹿だから馬鹿な事をするのか、馬鹿な事をするから馬鹿なのか。どっちなんだろな」

「面白い研究テーマになりそうな言葉だ。忠告感謝する、気を付けるとしよう」

「まあ大丈夫だろうがね、もし何か困ったら声をかけてくれ」

 にやっと笑って、兵士はサネモの背を押した。

 ルーバーには相当困らされていたに違いない。それを綺麗に片付けたサネモ――実際にはクリュスタだが――に対する好感度は思ったより高いらしい。


 サネモが手を挙げ歩きだすと、付かず離れず直ぐ後ろの位置にクリュスタが続く。その姿はやっぱり目立っていた。

「注目が高く視線が多いのは事実です。特に胸部と腰部への視線を多く感じます」

「ふんっ、まあ……そういうものだろう」

 サネモは言いながら軽く振り向き、斜め後ろのクリュスタに目を向けた。

 出るとこは出て主張し、引っ込むべき場所は引っ込んでいる。魔導人形としてでなく女性として見れば、確かに魅力的ではある。これをを見るなと言う方が無理だ。

 クリュスタは歩きながら自分の胸に手を当てた。

「なるほど、そうなのですね。ですから我が主の視線も、同箇所に多く向けられるのですね」

 何気ない言葉のようだが、サネモは片眉をあげた。自分としては、そこまで注視したつもりはなかったのだ。いや確かに見ているが。

「この私に何を言ってる」

「失礼しました。しかし、このクリュスタは我が主の所有物です。我が主であれば、見るも触るもお好きにどうぞです。と、補足しておきます。ところで――」

 クリュスタは言葉を区切った。

「我が主、先程から背後を付けてくる存在があります」

 思わず振り向きそうになるが、クリュスタにやんわりと止められてしまう。

「それはつまり……」

「目立たぬよう様子を窺い、離れないまま後をつけてきます。如何なさいますか」

 先程の兵士の言葉を思い出し、サネモはうんざりした。

 ついでに脳裏に浮かぶのは子供の頃の事で、周りよりも遙かに頭が良く学問にも秀で才能を認められていたため他の子供に嫌がらせを――その先頭には、いつも兄がいたが――されていた。学習所の帰りに後をつけられ、人目につかない場所で酷い目に遭った記憶は今も鮮明だ。

「ちっ、面倒な。どうしてくれようか……」

「戦力的にはクリュスタで十分に対応が可能です。むしろ露骨に姿が確認できる今の内に対応しておく事が宜しいと思います。と、進言致します」

「なるほど。それもそうだが、人間に攻撃できるのだろうな?」

「なぜ疑問を? 我が主を守る為なら当然のことではありませんか。と肯定します」

 クリュスタは天使のような笑顔で頷いた。


 そのまま大通りから小道に入る。たった一つ道が外れただけで、道行く人の数は極端に少なくなる。そうした場所はテリトリーのようなものがあって、関係ない者が入れば危険という事は誰もが知っているからだ。

 両側を建物が並び、薄暗さのある狭い道。

 そこを少しも行かない内に、行く手を塞ぐように男たちが現れた。背後にも同じような連中の姿があって、いずれも嫌な笑いを浮かべている。

「何の用かな?」

 サネモは唾を呑み問いかけ、男たちの笑い声に耐えた。

「何の用だって? 馬鹿じゃねぇのか、お前。用があるに決まってんだろが。そんな事も分かんねえのかよ」

「だから、その用が何かと聞いたつもりだが分からなかったのかな」

「同じハンターとして、俺ら先輩に対する礼儀ってものを知らん奴だな」

「礼儀?」

 言いながら相手を観察する。

 ふと、以前に馬車であったやり取りを思い出す。その時はリンドウという少年から装備について指摘されたが、今になれば何故それを言われたのかが良く分かる。

 目の前にいる連中が身に付けているのはナイフ程度。まともな防具も身に着けていない。それらは薄汚れているが、傷や痛みがない。

 つまり装備を見ただけで、まともなハンターかどうかが分かってしまう。

「なんだ、その目は? 馬鹿にしてんのか!?」

 大きな声は恫喝するものだが、サネモはうるさいと感じただけだ。

「用件があるなら早く言って欲しい。これでも依頼で忙しい身だ」

「ちっ……まあいい。そいつ魔導人形だってな」

 クリュスタの見た目は、サネモですら判断に迷ったほど人と変わらない。恐らくはハンターズギルドでの会話から知ったのだろう。

「痛い目に遭いたくなければ、そいつを置いてけ。後は俺たちが大事に使って可愛がってやる。たっぷりとな」

「そうは言うが、なかなか扱いにくいぞ」

 サネモが苦笑気味に答えていると、クリュスタがすたすた前へ出た。

 近づくその美しい姿に、男は鼻の下を伸ばし見つめている。だが次の瞬間――その腹に華奢な拳が力強く叩き込まれる。悲鳴をあげ身体を折った男の顔面に再び拳。男の身体は縦に回転、そのまま地面に倒れ込んだ。

 地面の上で男は呻き、口から血反吐を吐く。声にならない苦悶をあげ、のたうちながら苦しんでいる。この姿に他の連中は互いに顔を見合わせた。

 だが、誰も動けないでいる。

 目の前でのたうち泣き喚く仲間の姿と、容赦ないクリュスタの動きと迫力。複数で囲めば勝てると思っていた余裕が消え失せたのだ。

 誰もが怯んでいるが、もちろんサネモもだ。

 クリュスタはモノリスから黒味を帯びた剣を取り出すと、軽々と振ってみせた。

「残りも片付けますが、よろしいですか?」

 たった今、容赦ない動きを見せただけに迫力のある姿だ。相手が魔導人形で、人と違う存在だと改めて認識したのだろう。

 男たちは互いの様子を窺いながら後退っていき、そして一斉に逃げ出した。

 後には地面で悶える男が一人残されるだけだ。

「問題は解消されました」

 辺りを見回し安全を確認したクリュスタは剣を片付けた。そしてサネモの側に来ると、その顔をじっと見つめる。足元で痙攣している人間など気にもしてない。

「ところで我が主」

「な、なにかな」

「先程は何やら、なかなか扱いにくいと仰っていましたね。それはどういった意味でしょうか。と、確認をさせて貰います」

「それは……それは、つまり見たままではないかと思うのだが」

「クリュスタとしては誠に遺憾です。と、頬を膨らませ抗議します」

 言葉通りの仕草をするクリュスタに若干怯えつつ、サネモはそそくさ踵を返して薄暗い小路から明るく賑やかな大通りに向かうのであった。

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