第10話 我が主の望むがままに
「これで全部か。さてと、どうするかな」
遺跡で回収した品々の確認を終え、サネモは腕組みをした。
学院に所属していた日々は、時間があれば魔導人形の研究をしていたばかり。しかし今はそれは無理だ。クリュスタの身体をもう一度調べるにしても、分解もできないのだから、昨夜以上の成果が得られるとは思えない。
では他に何をするかと言えば、何もなかった。
考えてみると自分が如何に無趣味で、つまらない人間かと気付かされてしまう。
「我が主、用事がないのですか」
「直ぐには思いつかないな」
「それでしたら、これからクリュスタは剣との間に魔力回路の構築を行います。宜しければ、我が主はそのまま座って見ていて下さい。と、お願いをします」
「その見ている意味は?」
「クリュスタの作業効率が向上します」
「……王都をぶらついてくる」
サネモは身支度を調え、不満の意を唱えるクリュスタを後ろに部屋をでる。そのまま階段を降り、すれ違った宿の者と挨拶を交わし、一人王都へと繰り出した。
「さてと、どこへ行くか」
宿を出て歩くが、目的のない足取りだ。
この王都で十年ほど暮らしておきながら、学院内の研究室での生活が大半であったし、あとは屋敷と学院の往復程度。
だから外に出て来たはいいが、どこに行けばいいのか迷ってしまう。
宿から出た通りを歩き、ハンターギルドの前を通り過ぎる。立ち寄っても良かったが、どうせ明日にも来る場所なので後回しだ。
周りの様子を窺いながら歩いて行くのは、人目を恐れているためである。
学園の者や学生といった関係者、さらには借金取りなどに――顔も知られていないはずだが、それでも――見つからぬよう警戒していた。
「こうなると、どこへ行くか迷うな」
ぶらぶらと歩いて見て回り、気になった店の前で足を止めた。
これと言って欲しいものがあるわけではない。これから装備を買ったり、遺物などを売ったりなどで利用するかもしれないため、少し覗いて見る気になったのだ。
商品台に載った品を眺めていると、さっそく店主が寄ってきた。
「いらっしゃい。何をお探しかな? うちは何でも揃ってるよ」
「何がある?」
「そりゃ勿論、お客様をお助ける品々が沢山あります」
店主は愛想良い笑みを浮かべ、揉み手までしている。
「なるほど何でもか。だったら魔導人形関係の品もあるかな」
「もちろんですとも。当店では魔導人形に関する品も沢山揃えております。たとえばですが、こちらを御覧下さい。ソロン工房でつくられた魔導人形の腕でございます」
「…………」
壊れた腕を眺めたサネモは、目付きを鋭くし店主を睨み付けた。
「ふざけるな!」
「あのっ何か……」
「これがソロン工房の筈がないだろう。まず素材が違う、次に造りが違う。よく見るんだ、この雑な造りを。しかもソロン工房であれば少なくとも腕の付け根に窪みを持たせる手癖がある。分かるか? どうせ偽物を売るなら、もう少しは似たもので売ってみせたらどうだ」
「な、何を仰いますか。偽物だなんて! 言いがかりです、失礼ですよ!」
「はあ? もしかして君はこれを本物と思っているのか!? 店をやっていて見る目がないのか。よろしい説明してやろう。これは魔導人形粗製乱造時代につくられた数合わせ品。素材と表面処理からみればアバオア地方のもので、その中でもガルダンの腕で間違いない。少しでも知識があれば、これぐらいは分かるだろう。それをソロン工房製と思うなど、君は馬鹿か?」
サネモは冷静に怒りながら、冷や汗を流す店主へにじり寄っていく。通行人たちは何が起きたのかと足を止め、見物を始、ざわめきが広がり出す。
それにも気付かずサネモは怯える店主は迫って――そこに声が割って入った。
「はい、そこまでです。サネモ先生は何をやってるんですか」
振り向くとユウカの姿があった。
今は休憩時間なのか、食べ歩き用の菓子を手にしている。それを囓りながら、呆れたような顔だ。後ろには野次馬の姿もあって、ようやく自分が注目の的になっていたと気付くサネモであった。
「で、先生? さっきのあれ、何してたですか?」
人混みの中を並んで歩きながら、ユウカは尋ねてくる。
店主を詰問する最中に割って入られ、そのまま引っ張られて来たのであった。少し咎めるような雰囲気を感じ、サネモは微妙に気圧されている。
「それはつまり。あそこに売られていた魔導人形が、あまりにも酷かった。ただ粗悪品というだけなら、私だって別にそこまで気にはしないよ。しかし、あんな作品をソロン工房製だなどと言われては――」
「はい、そこまでにしましょう。そんな事を言っても普通は興味ありませんよ」
ユウカは深々と息を吐いた。滲み出るのは明らかに呆れの感情だ。
「先生の気持ちは分かります。そもそも、あのお店って初心者に粗悪品を売りつける店ですから。知ってる人は行きませんよ」
「やっぱりそうだったか。あんなデタラメな売り方をしては駄目だな」
「でも、だからと言ってですね。あんな真似を起こすのは良くないですね。あそこ裏で危ない組織と繋がってる噂があるので、後が恐いですよー」
「そ、そうだったのか」
それを聞いたサネモが神妙な顔をした。
ユウカは口元に軽く手を当てた。笑いを堪えているようだった。どうやら、からかわれたらしかった。ギルド受付で見る生真面目な雰囲気ではく、何気ない普通の、親しみやすさがある。
「でも先生は、お店を知らないようですね。宜しければ、この辺りのお店を案内しましょうか。午後からお仕事ですから、少しだけですよ」
気付けば通りに人が増えている。
時間的には少し早いが昼食時間に近い。そしてユウカが視線を向けているのは、昼に向けた準備で良い匂いを漂わせている店のようだった。
つまり案内してくれる店とは、そういう事なのだろう。
「なるほど、それなら依頼を出させて貰おう。報酬は美味いものでどうかな」
「その依頼、受注させて頂きます」
冗談めかして真面目な顔で言って、ユウカは笑って歩きだす。そんな会話はサネモの気持ちを暖かくさせた。
サネモは満腹になって宿に戻ると、まずは宿の受付に向かった。
連泊の宿代を前払いするためだ。しかし機嫌よさげな宿の主人には悪いが、宿代を渡しながら感じるのは不満だけだ。毎回こんなに払っては、少しも金が貯まらない。
「戻ったぞ」
借りている部屋の戸を開けると、薄暗い部屋の中央にクリュスタが彫像のように立っていた。サネモの姿に反応し動きだす様子は、まさに魔導人形といった様子だ。
「我が主よ、お帰りなさいませ。部屋の掃除と整理は完了し居住空間は快適です。食事を取るべき頃合いですが、どうされますか」
「ああ、それなら食べてきた。食事は必要ない」
「畏まりました。剣と魔力回路の精査が完了した報告をします」
サネモが真言で灯した光に、モノリスから飛び出した剣が輝いた。素早く掴んだクリュスタが華麗に振ってみせると、刃が空を裂く音が鋭く響く。その剣技は見事なものであった。
軽く感心していると、クリュスタは得意そうな表情を見せた。
「これで我が主の安全確保が大きく前進しました」
「それは頼もしい事だ」
「今後とも、お任せください」
クリュスタはさらに得意そうな表情をみせ、剣をモノリスの中にしまった。
こうして荷物をモノリスにしまい込めるのはありがたいが、やはり今後を考えていくと拠点として住居の確保は必須だろう。魔導人形研究のためでもあるし、また遺跡で魔導人形を見つける事があっても手放す必要もなくなる。
そしてもう一つの理由。
サネモ自身でも意外だったのは、この宿の中に居ると落ち着かないのだ。宿の中は様々な人が出入りし、常に喧噪というものがあって気が休まらない。やはり落ち着ける住処が欲しかった。あと宿代も高い
「できるだけ早めに住む家を見つけたいな。借りるか買うかは別として」
唐突な言葉であったがクリュスタは少しも驚かず、そして疑問すら挟まず頷いた。
「はい、承知しました」
「その為には金を貯める必要があり、依頼を幾つも受けねばならない」
言葉を区切ってクリュスタを見つめる。その古代王国の最高級の魔導人形を。
「これからも頼りにしている」
「はい、我が主の望むがままに」
リストラされた賢者サネモの再起に向けた第一歩は、こうして始まった。
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