第9話 主の反応の薄さに傷つきました

「以後、気を付けるように」

 クリュスタのせいで、危うく宿から追い出されるところだった。下げたくもない頭を下げ、宿の者に謝ったせいでサネモの機嫌は悪い。

「畏まりました。次からは気を付けて使用するようにします」

「それは違う、まったく馬鹿者め……」

 こうした融通の気かなさは、今後の学習に要期待だ。

 軽くぼやきながら、サネモは遺跡からの回収品を確認する。アリーサク四体を――泣く泣くではあるが――手放したおかげで多少の余裕はあるが、資金に足りるという事はないのだ。

 売れる物は売ってお金に替えた方が良い。

 床に座り込むサネモの前で、クリュスタもスカートの裾を広げ座った。そして真正面からサネモの動きをつぶさに見つめてくる。まるで観察されているかのようだ。

「凄いお宝があると良いのだがな」

「目の前にあります。つまり、このクリュスタです。と、主張しておきます」

「なるほど……あー」

 サネモは少し言い淀み、それから思い切って言った。

「モノリスとどちらが上かな?」

「我が主の発言は真に遺憾です。と、不満を述べておきます」

 不満そうなクリュスタの様子に、サネモは気付かれぬよう微笑した。期待通りに戯れ言に付き合ってくれた事が嬉しかったのだ。

「分かった。大事なクリュスタ、品物を取り出してくれ」

「はい、畏まりました」

 黒い物体の艶やかな表面が展開、露わになった内部の闇にクリュスタが手を突っ込む。まず取り出されたのは、小さな石板と棒だった。


 それがどんな品かサネモには分からない。

 だが、クリュスタには知識があったようで手に取って何度か頷いている。

「これは真言書き取り練習用具です。真言を学ぶ子供が使用するものです」

「すると、あの建物は上流階級の住居だったのか」

 だから最高級魔導人形が置いてあったのかもしれない。

 遠い昔に想いを馳せつつ棒を手に取り、クリュスタに使い方を教わると、試しに石板の表面に棒で【人】の真言を書いてみる。

 すると文字が起き上がり、人の姿になって辺りを歩き回った。

 次に【火】を書けば火が現れる。

 どちらも幻のようなもので、少しすると消えてしまった。

「なかなか面白いものだ」

 既に真言を習得しているサネモには無価値だが、真言の学習や研究素材としての価値は高いだろう。たとえばこれを、学院に持ち込めば大いに喜ばれ高額で買い取ってくれるに違いない。

 しかし、あの白髭学院長を喜ばせるだけと気付いて考えを改めた。

 どこかで売ったとして、回りまわって学院が入手しそうだ。それであれば、どれだけ金に困ろうと、これを売るのは最後だと固く心に誓った。

「よし、次を確認するとしよう」

「承知しました」

 期待しながら確認していくが、思ったほど良い品ではない。

 たとえば罠に使われていた槍は、ただの鉄の槍。細長い金属塊は文鎮。どちらも魔力の欠片もない。

 細長い置物は先端が光る照明器具。四角い塊は上に載せた物を浮遊させるもの。こちらは魔力が宿っているものの用途不明だ。

 樽は開封せねば中身不明で、しかし開封すれば何が起きるか分からない。そもそも何百年も前の代物なのだ。中身がどうなっているかは謎だった。


「あとはこれか。資料的な価値があればいいが……」

 遺跡で見つけた紙束を読むと、癖のある文字は読み取りづらいが、請求書の類であった。それでも古代における物価が分かるという意味では貴重かもしれない。どのように役立つかは不明だが。

 その中からクリュスタが誇らしげに一枚の紙を取り出した。

「メルキ工房製の最高級魔導人形の領収書です。つまりクリュスタの事ですね」

「おおっ、これは凄い!」

「もちろんです」

「ここにあるサインはメルキ本人のものだな。これは貴重だ!」

「…………」

 クリュスタはむくれた。両手を膝の間について躙り寄ると、領収書を突きつける。

「御覧下さい、この数字。どうですかクリュスタが素晴らしく高価で最高級と、数字からも分かるかと思われます。と、自慢と主張をしておきます」

「分かったよ。だが結局のところ、他の領収書と比較したとしてもだ。当時の価値基準が分からないのだ、どれだけ凄いのかまでは分からないな」

「一般人の生涯年収に匹敵します」

「なるほど。しかし、そうなると一般人の定義から始めねばならない。面倒だな」

「我が主の反応の薄さに傷つきました。と、哀しみを訴えておきます」

 不満を口にするが満足したらしい。クリュスタは次に木箱を取り出した。

 金属製の剣が詰まった重い木箱だが、それを座ったまま軽々と宿の床に置く。けっこうな音が響き、中に詰まった剣がぶつかり合って金属音が響く。かなりの重量があるはずだが、どうやら魔力を用い力を増強したらしい。

「剣か……」

 サネモは手を伸ばし、その中の一振りを手に取る。

 鞘から抜き放ってみると、黒味を帯びた剣身が現れる。表面に艶があって、元から先の方まで幅は変わらず、先端向かっては優美な曲線を描いて鋭く尖る。なかなかの造形美だ。

「これは刃がないのか?」

「魔力を通したときだけ斬れるという、安全に配慮された剣です」

「なるほど理解した。しかし、剣に安全を求めてどうするのだ」

「さあ?」

 クリュスタは首を傾げる。知識はあっても理由までは分からないらしい。

 試しに魔力を通してみると、黒味帯びた剣の縁が白味を帯びていき、ついには鋭利な刃になった。魔力を止めれば、また黒色に戻って刃が消える。

「安全に配慮しようと、鈍器として扱えば意味が無い気がするな」

「身も蓋もありませんね」

「だが、魔力がないと斬れない剣か……そうなると使い手は凄く限られそうだ。つまり店に持ち込んでも、買い取り額は低くなるという事だ。

 サネモはがっくり肩を落とし、剣を床に置いた。これでは生活の立て直しや魔導人形研究の再開にはまだまだ遠いという事だ。


 クリュスタは剣を取り出すと、床の上に几帳面に並べた。

「我が主。箱に入った状態での重量に対し、内容物の合計重量と箱の重量が整合しません。また、箱には魔力の付与が確認されます。以上を考慮しますと、この箱には重量軽減の作用があるようです」

「なるほど、それであれば箱が売れそうだ」

「はい、売れるでしょう。ところで剣ですが、一本は我が主が装備して頂ければ」

「剣を装備だって? 私は剣なんて使えないぞ」

 不機嫌な顔でふくれる。

 学問の徒として生きてきたサネモに剣との縁がない。護身に魔法を学んだ程度で、そうした身体を使って戦う事はしない。つまり剣を装備したところで意味がない。

 だがクリュスタは首を横に振った。

「我が主も一振り装備しておくべきです。周囲への示威的な効果もあります。必要であれば剣を学べば良いのです。と、強くお勧めします」

「学ぶと言ってもな」

「問題ありません。何故なら、クリュスタには万能魔導人形です。もちろん剣技の教義を行う事も可能です」

「そうか……」

 サネモも剣に対する憧れがないわけではない。

 しかも昨日はモンスター相手に恐ろしい思いをした。しばらくハンターをせねばならないのなら、剣が使えた方が良いのは確かだ。軽く一念発起する。

「理解した。ここは一つ学んでみるか」

「はい、そのように。ところで、残りの剣はクリュスタが貰ってしまっても宜しいでしょうか。と、可愛くおねだりをしてみます」

 そう言ってクリュスタは、前のめりになって胸の前で両手を組んで上目遣いをしてみせた。これが、可愛いおねだりらしい。

 そして実際に可愛かった。

 こんな事は元妻はもとより、他の誰にもされた事が無い。だからサネモは口を引き結んで腕を組み目を逸らすしかなかった。つまり照れてしまったのである。

「別に構わないが、どうするつもりだ?」

「はい、魔力回路を接続しクリュスタの専用装備とします。昨日の戦闘において、我が主の危険がありました。その解消の為にも必要な措置です」

「全部をか?」

「全部です」

「……むう」

 売れば多少なりとも金になりそうだが、ねだられて断るのも狭量でケチに思われそうだ。しばし葛藤した後で頷いた。

「まあ、構わないか」

「ありがとうございます。我が主の安全の為もありますが、これでお揃いの剣を身に付ける事ができます。だからとても喜ばしいです。と、強く主張します」

 クリュスタは、お揃い装備に拘りがあるのだった。

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