第8話 我が主の所有物

「先生、あまり騒ぎになるような事は止めて下さい」

 ハンターズギルドのカウンターで、ユウカに叱られたサネモは肩を竦めた。

「あー、そうは言われてもな。勝手な勘違いをしたのは門兵であって。魔導人形を連れてきただけの私は、少しも悪くないのではないかと――」

「先生?」

「すまない。これからは気を付けよう」

 帰還時に図らずも騒動を起こしてしまったのは事実だ。

 そしてその際に奔走し、兵に取り囲まれていたサネモを救ってくれたのはユウカだった。自分は悪くないと言いたい気持ちはあるが、それを堪えて素直に謝っておく。

 サネモが頭を下げると、後ろに控えるクリュスタとアリーサク四体も真似をした。

「…………」

 何か言いたそうだったユウカは、小さく嘆息する事で気持ちを代弁した。

 クリュスタはさておきアリーサクたちは、その目立つ姿もあって注目の的。ハンターたちだけではなくギルドの職員、はては近場の一般市民たちまで態々見物に来るぐらいだ。

 他の者に驚嘆されるのは嬉しいが、流石にこれは目立ちすぎだった。

 ユウカはその全てを見なかった事にして続ける。

「遺跡の調査ありがとうございます。そして、ごめんなさい。これ初心者の行くような遺跡ではありませんでしたね。先生が無事で本当に良かったです」

 魔導人形が出るのは中級に指定されるような遺跡となる。ハンター成り立てのサネモが行くような場所ではないのだ。とは言え、クリュスタに出会えたのだからサネモに文句があるはずもない。

「それでは報酬を精算させて貰いますけど、その前に。魔導人形売りますか? 一体で一万リーンと、今回の報酬より良い値になりますよ。どうします?」

「魔導人形を売る!? 私がそんな事をするとでも? ありえない」

「ではお尋ねしますが、その大っきな魔導人形たちをどこに置くつもりです? 宿の中は当然として、外にも並べさせてもくれませんよ。馬小屋にだって入りませんね」

「…………」

 サネモは言葉に詰まった。


 確かに魔導人形四体は場所を取り過ぎる。街中を連れ歩いても目立ってしまい、どこかに置いておく事もできない。あの安宿では中に入れば床が抜けるだろう。

 そんな心配をすると同時に、ふと不安が首をもたげる。

 宿生活をしていると知っていなければ、ユウカはこのような言葉を口にしないはずだ。果たして、今の境遇をどこまで知られているのだろうか。

 不安になり鼓動が早まる。

 大丈夫だと心の中で何度も呟く。

 安宿暮らしを知られていたとしても、だが学院長の言葉や妻の裏切りといったプライベートすぎる事までは知られていないはずだ。

「確かに言われる通りだった。今の私は屋敷も捨てた身でしかない。それなら、非常に不本意で残念だが仕方ない。四体とも手放して金を頂くとしよう。不本意だが」

 念押しするように二回も言った。

「分かりました、合わせて精算をします。それから、そちらはプレミアム級の魔導人形だと確認しました。金額算定は時間が必要――」

「その必要はありません。と、断言します」

 すかさずクリュスタが割り込んだ。後ろのモノリスが不穏な動きを見せ、今にも暴れ出しそうだった。見物していた何人かが逃げ出したぐらい、お怒り気味らしい。

 しかしユウカは気にした素振りもなかった。

 軽く肩を竦めて小さく息を吐いた。

「先生の所有物として登録しておきます。管理はしっかりとお願いします」

「クリュスタは我が主の所有物と公的に認められるのですね。とても素晴らしい事です。すぐに手続きを、と急かします」

 クリュスタは手を合わせ嬉しそうだ。

 荷物扱いは嫌がるくせに、所有物扱いは喜んでいる。よく分からぬ思考だ、とサネモは眉を寄せ訝しんだ。


 魔導人形四体が売られていくと、ギルドのカウンター前は急に広くなったような気がする。見物人の殆ども立ち去って、辺りは落ち着きを取り戻し静かになった。

「やれやれですね」

 呟いたユウカが書類にペンを走らせ、その小気味良い音が響く。

「では精算します」

「ついでに他の回収した品も、引き取って貰いたい」

「ああ、それ止めた方がいいです」

 ユウカは顔を上げないまま言った。

「はっきり言って、ギルドの買い取り額は安いんです。あっ、魔導人形は別ですよ。変な店に売って暴走されたり犯罪に使われたりすると大変ですから、市場を査定して標準額で買い取ってます」

「なるほど」

「話が逸れました。回収した遺物は街で売った方が高値がつきます。でも、どこで売るのが良いかは、御自分の判断ですよ。誰かにとって良い店が、先生にとっての良い店とは限りませんから」

「理解した。助言感謝する」

「別に、これぐらい普通の情報です」

 ユウカは顔をあげないが、その耳が赤くなった事はよく見えた。

 もしかして、この娘は自分に好意を抱いているのではないか、と埒もないことを考えてしまう。だが妻の裏切りを思い出せば、今はどうでもいいことだ。

 それより、愛しい魔導人形を売って得た金貨を見ると何やら物悲しい気分になってしまう。革袋に仕舞い込んでいると、その様子を見ていたユウカが口を開く。

「ところで今日の宿は決まってますか?」

 脳裏に浮かぶのは、あの寝心地の悪い安宿だ。資金が手に入ったのであれば、さっさと別に移るべきだろう。

「アテがないね」

「それでしたらギルドの三軒隣の宿はどうですか。少し高い宿ですが、私の紹介と言えば少し安くなります。そこに泊まるべきです。その意味、分かりますね」

 言ってユウカは意味深な素振りで、目だけを左右に動かした。

 サネモが遺跡で首尾良く儲けた事は知られているし、クリュスタ――傍目には若く美しい少女――の存在もある。

 だから見物人が減ってなお、粘つくような視線は向けられているのだ。

「なるほど、理解した。気遣いをありがとう。そこを利用させて貰うとしよう」

「気にしなくて構いません、私にも謝礼が出ることですから。あっ、ちゃんと私の紹介だって宿の人に言って下さいよ」

 ユウカは笑顔で言った。


◆◆◆


「おはようございます、我が主」

 目が覚めると、綺麗な声が投げかけられた。

 状況が一瞬理解できず戸惑うサネモは、クリュスタを見つめる。

 そして昨日の出来事と、宿に戻ってからの事を思い出す。疲れた身体をおしてクリュスタの身体を調べ、しかし流石に途中で限界に達してしまった。それで床に転がり寝てしまったはずだ。

 しかし今はベッドに横たわり、毛布にくるまっている。

「ここに運んで寝かせてくれたのか」

「はい、我が主。あのまま床に寝ては良い睡眠がとれません」

「そうか……」

 ふと思い出すのは元妻のことだ。

 最初に会って夫婦になった頃から、話しかけると返事はするが会話にはならず、自分から話しかけては来なかった。その他の事でも同じで、頼めば動くが自発的には何もしてくれなかった。

 今思えば普段の生活の中に、とても冷たいものがあったと思う。

 元妻との生活なら、こんな時もそのまま床で目を覚ましたに違いない。

「礼を言おう」

「我が主に奉仕するのは当然の事です。こちらをどうぞ」

 軽く濡らしたタオルが差し出される。それで顔を拭くと心地よさが身に染し、何か目頭が熱くなるような気分になって背筋が震えるぐらいだ。

「昨日は湯浴みをされておりません。朝食まで時間があります。この部屋に設備があります。よって、水を浴びては如何でしょうか。お手伝いしましょう」

「その手伝いは不要だ」

「拒否され、クリュスタの最高級魔導人形としての矜持が傷つきました。と、不満を感じている事を報告しておます」

 残念そうに頭を下げるクリュスタの姿は人間そのものだ。

 もちろん昨夜の調べで、外見的には人間と変わらぬ事は確認している。だがそうした意味ではなく、仕草や行動や感情表現というものが、これまで魔導人形に対し持っていた認識と大きく違う。

 まじまじと見つめていると、クリュスタは反応し小首を傾げてみせた。そんな仕草もまた、人間のような仕草であり、そして感情表現だ。

「どうされましたか。と、我が主に確認を行います」

「クリュスタは魔導人形なのに感情が豊かだな。まるで人間のようだ」

「もちろんです。クリュスタは最高級型万能魔導人形なのですから」

 クリュスタは少し自慢げな態度さえとってみせた。本当に魔導人形らしからぬ魔導人形である。そんなサネモの腹が音をたて空腹を訴えると、即座に頷いて部屋を出て行った。

 そして宿の調理場を勝手に使用したことで、少し騒動になった。

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