第7話 魔導人形馬鹿の先生

「疑われるとは、真に遺憾です。と、不満を訴えます」

 サネモの眼差しに、クリュスタは感情らしき反応を少し見せた。それは拗ねたようなもので、自分の能力を疑われた事が言葉通りに不満のようだ。魔導人形らしくない感情表現である。

「単純な力でしたら、そちらの作業用魔導人形の方が上でしょう。ですが、このクリュスタには最新の魔力回路が用意されおります。それを操作すれば、このとおり」

 その細い手がアリーサクを押す。

 途端に石造りの巨体はバランスを崩しながら後退し、重たげな足音を響かせ何とか踏み留まった。命令に忠実なだけの存在でしかないため、理不尽な事をされても何も感じず文句も言わない。元の姿勢に戻ろうとするだけ。

 落とした木箱と散らばった剣を踏む事こそないが、拾う事もない。

 最高級魔導人形のクリュスタは、床に散った剣を見て気まずそうな表情をした。

「……我が主の疑問に答えるため、忠実に行動した結果です」

「それはそうだな」

「しかし、荷物を落とすのは良くありませんね。こちらで預かるとしましょう」

 クリュスタの背後からモノリスが滑るように飛んでくると、内部を展開させた。先程のように光る事はないが、あれは初回における演出だったそうだ。剣の回収に取りかかろうとする前に、サネモは疑問をぶつける。

「ところでだが」

「どうしましたか主? と疑問を述べます」

「そのモノリスの中はどうなっている?」

「はい、内部は専用の別空間になっています。容量は分かりません。と、不明点については笑顔で誤魔化しておきます」

 言葉通りにクリュスタは笑顔をみせた。

「それでは最高級魔導人形の性能をお目にかけ、剣を回収してみせましょう」

 言ってクリュスタはしゃがみ込むと、せっせと辺りに散らばった品々を集めて箱に詰めていく。もちろん手作業だ。全部を集めると、今度は箱ごとモノリスの中に放り込んだ。仕上げると出てもない汗を拭う仕草をして、服を整え畏まっている。

 確かに最高級の性能だと、サネモ感心した。

「さすがだ、まるで人間のような仕草ではないか」

「勿論です」

「そしてモノリスも便利なものだ。よし、入るのであれば他の荷物も入れてしまえ」

「畏まりました」

 その他の拾い集めた品々も樽も全部、モノリス内部の漆黒の闇に放り込まれた。魔力操作のお陰で、確かにクリュスタは見た目に反して力がある。

 残しておいたアリーサクたちと合流した。


◆◆◆


「我が主、警戒を。何かが接近してきます」

 遺跡を出て、あの交差点に戻って直ぐのこと。夕暮れを感じさせる日射しに長い影を伸ばし、幾つもの姿が敏捷な動きで駆けてくる。

 崩れかけた壁を軽々と乗り越え、次々と現れた数は十や二十どころでない。やや小柄だが、それでも人間と大差ない大きさのあるモンスターだ。

 鳴き交わされる甲高い声は耳が痛くなるほどだった。

「あれは……ヴェロプトルか!? ええい、厄介な!」

 鱗に覆われ、二足歩行する姿。尖って鋭い嘴の中は細かな鋭い歯がびっしりで、短い前足にも鋭い爪。もちろん肉食だ。

「戦え、あいつらを近づけるな!」

 サネモの叫びにアリーサク四体は戦闘態勢をとって突進した。

 ヴェロプトルに取り囲まれているが、攻撃を受けても石のような身体はびくともしない。逆に振り回した腕で何体かを弾き飛ばし、壁に叩き付け倒しただがヴェロプトルの動きは素早い。アリーサクをすり抜け向かってくる。

「ここはお任せ下さい」

 クリュスタが前に出た。

 背面に浮かぶモノリスが旋回し、近づいたヴェロプトルを薙ぎ払う。さらにクリュスタ自身も手足を動かし、無駄のない動きで格闘を始めた。時々閃光が迸るのは、何かの魔法を使用し相手を弾いているからなのだろう。

 だが、それらを潜りぬけ迫ってくるほど、ヴェロプトルの数は多い。

「うわっ!」

 短い悲鳴をあげながら、目の前で威嚇の声をあげる相手の動きに目を配る。それは本能的な動きだった。とっさに飛び退けば、横から不意をついて襲ってきたヴェロプトルが目の前を通過していく。その鋭い牙が目に焼き付く。

 回避したのはいいが、石に足を引っ掛け転んでしまう。

 顔を上げればヴェロプトルが跳びかかる体勢をとって、嘴を開け叫んでいる。これは避けられない――そう思った瞬間、黒みを帯びた長方形がヴェロプトルを叩き潰した。クリュスタの操るモノリスだ。

「ご無事ですか、我が主よ」

「助かった……」

 駆け付けたクリュスタの足元で、サネモは情けなく尻餅をついていた。

 気付けばヴェロプトルの大半は排除され、残った相手も騒々しく鳴きながら逃走にかかっている。単純な戦力で言えば、クリュスタとアリーサク四体の敵ではない。

 ただ、サネモが危なかっただけで。

「得たばかりの我が主を、いきなり失う危険性がありました。クリュスタとしては誠に遺憾です。と、表明します」

 クリュスタは言ってサネモを優しく抱え起こした。


 遠くからやって来る馬車の姿が見えた。立ち上がる砂煙が夕日を浴び赤らんで、まるで炎を背負っているかのようだ。だんだんと近づいて、こちらの姿を認めた御者が手を挙げている。

 馬車が少しずつ速度を落とす。

 モンスター除けに鳴らされていた風音が小さくなっていき、やがて止まった。砂煙だけが勢い余って前に進み、しかし風に散らされる。

 御者とその護衛が顔を見合わせた。

「まさか生きてた」

「一応は見に来て良かったな」

「待てよ。寄らなくていいだろって言ってたのは、お前だろうが」

「そうだったかな?」

 どうやら、迎えが来ない可能性もあったらしい。

 非常に不愉快ではあるが、しかしサネモは聞かなかった事にした。とりあえず、ここに来てくれたのは事実なのだ。今ここで相手がギルド関係者の機嫌を損ねるわけにはいかない。多少の事は聞き流しておく。

 いつか偉くなるまで我慢である。

 馬車の荷台を覗き込むとリンドウの姿はなかった。回復薬の礼を言おうと思っていたが、その機会はまだ訪れないらしい。

「荷物があるが、積んでも良いかな?」

「なんだ、遺物を見つけたのか。魔導人形馬鹿の先生にしては、やるじゃないか」

 あまりに失礼な言葉にムッとするサネモだが、これも我慢した。基本的には耐える性格だ。ただし耐えきれなくなると爆発するが。

「……馬車に積めるかどうかは分からないが」

「おっ、大荷物なのか。いいぞ、運んだ量で俺たちの報酬も増えるからな」

「それは良かった」

 サネモは指を鳴らし合図をした。

 崩れた壁の向こうに隠れていたアリーサクが、のっそり立ち上がる。地を踏みしめ現れる四体の魔導人形。馬車の二人は流石にハンターギルドの一員だけあって、悲鳴をあげる事はない。

 ただ目と口を大きく開けているだけだ。

「はぁああ!?」

「おいおい、おい。お前、魔導人形を捕獲したのかよ。どうやったんだ!?」

 その驚愕と感嘆が心地よい。

 だが、まだこれからだ。にんまり笑うサネモが手をあげると、クリュスタが物陰から姿を表し、すたすた歩いてサネモの隣に並んだ。

 御者二人は何者かと訝しんでいる。こちらに対しては、流石に魔導人形とは思わなかったらしい。


「我が主、先程の荷物という定義の中にクリュスタは入っておりませんよね」

「さあ?」

「その反応は真に心外です。と、不満を訴えておきます」

 クリュスタは不満の表情をしてみせた。

 一部始終を見ている馬車の二人は、目を何度も瞬かせている。この美しい女性はどうしたのかと不思議がっているようだ。

「あー、先生さんよ。悪いが規則で、無関係の者は乗せられない。困ってる相手をいちいち乗せていたら――」

「魔導人形だ」

「は?」

「彼女は魔導人形だよ。その証拠に」

 サネモが合図をすると、クリュスタは自分よりも大きなアリーサクを押して蹌踉めかせてみせた。馬車の二人は極限にまで開き、頭を小刻みに横に振る。自分たちの見ている光景が信じられない様子だ。

「分かって貰えたかね」

 上機嫌になったサネモは笑顔で馬車の後ろに行って中を覗き込み、アリーサクを見つめた。さらに、ちらりとクリュスタも見ておく。

「サイズは難しいか。無理に乗せても底板が抜けるかもしれない。そうすると、後ろを付いてこさせるしかないのが……馬車にはゆっくり動いて貰うしかないな。そうだ待てよ、モノリスに入れるという手もあるな」

「我が主よ、魔導人形は収納できません。ですが別の観点から問題ないと述べます。この馬車よりも、こちらの四体の方が速く移動できます。と、説明します」

「なんだって?」

 クリュスタの説明では、この四体を自走状態にすれば早く動くらしい。ただし、その際には走ることだけに機能を集中するため、無防備状態になるそうだが。

 魔導人形の研究をしてきたサネモでも知らなかった知識だ。

「ですから、この馬車に荷物は積む必要はありません。もちろんクリュスタは荷物ではありませんので、馬車に乗りますが。と、念を押します」

 どうやら頑なに荷物扱いはされたくないらしい。

 だが、新たな情報を得て興奮するサネモは聞いてもいない。さっさと馬車の乗り込んでいる。不満そうなクリュスタも乗り込み、馬車は出発。

 そしてサネモは後ろを高速で追いかけてくるアリーサクの姿に興奮するばかり。そこから落ちそうな姿をクリュスタに支えて貰っている事にも気付かないぐらいだ。

 もちろん、馬車の後ろを四体の魔導人形が追いかける様子が、まるで襲われているように見える事にも全く気付かなかった。だから王都に到着した時は、門が閉められ兵が繰り出し大騒ぎになったのである。

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