第6話 以後よろしくお願いします、我が主

 モノリスに刻まれた大小様々な文字。

「これは真言文字だな」

 単なる古い文字ではなく、力ある言葉を形にした特別な文字。魔法文明の時代において、特権階級や知識層しか扱えない言葉だった。今の時代にこの真言文字を読める者は数少なく、見つける方が難しいだろう。

 しかし、サネモは読めた。

 何故なら魔導人形を研究する為に必要だったので必死になって覚えたのだ。自分が習い覚えた知識が活かせる機会は嬉しい。

「常識的に考えればだ。明らかに特別な代物に刻まれた真言を読みあげるなど、愚かな行為だろうな。しかし、ここにある紋章は――」

 モノリスの表面に刻まれる紋章から目が離せない。

「――間違いなくメルキ工房のもの」

 メルキ工房は古代魔導人形製造における三大工房の一角。

 それを立ち上げた工房主メルキの名前は伝説でさえある。古代王国期を代表する学者であり、深い叡智と高い独創性を兼ね備えた人物で、最高峰の魔導人形製造者の一人と評されると同時に史上最高の魔術師との呼び声も高い。

「これを確認せずして、どうすると言うのだ」

 ウキウキと手を揉み合わせ、上機嫌で読み解いていく。

「それでは、【我を愛し慈しめ】【我を守護し戦え】【我の永遠の従者】【其は蒼きクリュスタ】で、いいのだろうな」

 次の瞬間、黒いモノリスが床から滑らかに浮き上がった。

 流石に拙かったかと思って後退ったサネモの目前で、モノリスに刻まれた細かな文字が次々と輝きだす。それは文字から文字へと動き回りながら模様を描きだした。

 やがて輝きは上端下端に、それぞれ点として集束、黒い表面を上から下を縦断。

 モノリスが左右に大きく開いた。

「…………」

 サネモは茫然としていた。

 光の動きに驚いているのではない、その露わになった内部の漆黒の闇に驚いているのでもない。そこに存在する人の姿にこそ驚いているのだ。

 美しい女性だった。

 肌の色は乳白色で、髪は長く金色に輝く。整いすぎるほど整った美しい顔。身にまとう蒼の衣装――古代に流行したバトルドレス――は鮮やかで、そこからバランス良い手足が見えている。それは非凡な名工が作り上げた彫像か人形のように美しい。

 サネモには分かった。

 これは間違いなく魔導人形だと。

 人の似姿をしているが、間違いなく魔導人形だった。しかし研究に打ち込んできたサネモの目でも人間に見紛いそうで、極めて特殊で希少な存在だと分かる。

 それも含め、モノリスの中から現れた美しい存在から目が離せない。

「あっ……」

 魔導人形がゆっくりと目を開く様子にサネモは呻いた。

 頭を動かさないまま、透明感のある青く澄んだ瞳がサネモの姿を捉える。緩やかな動きで、モノリスの漆黒の闇から足を踏み出してきた。

 サネモは思わず後退る。

 それは気圧されているからだ。

 しかし魔導人形は距離を変えず、少しも目を逸らさないまま一緒に動いてくる。数歩下がったところで、待機していたアリーサクに背をぶつけ動けなくなった。

 優美さのある動きで両腕があげられる。

 その両手がサネモの頬にそっ触れた。

「メルキ魔導工房製奉仕型万能魔導人形、個別名クリュスタ」

 その声も綺麗だった。

「以後よろしくお願いします、我が主」


◆◆◆


「我が主の個別名を、サネモ=ハタケと確認しました」

 クリュスタは、白いシャツに何種類もの青を組み合わせたドレス姿で軽く会釈してみせる。その動きは魔導人形とは思えない滑らかだ。

 サネモは目を血走らせ、息も荒く近づいた。

「ワンオフ型の特注品、この造型とバランスの様相からみてもメルキ工房製は間違いない。しかもこの肌のきめ細かさは古代文明最盛期における状態を現している。髪質は滑らかさを見せて色明るく格調高い。健体で保存状態も最高に良いとなれば資料的にも貴重な存在だが、メルキ製の中でも格段の出来映えで一派の傑作に違いない。この出来に、この込められた性癖と手癖から考えれば、やはり初代メルキ本人の手によるものか――」

 ぶつぶつと呟き直立する姿の周りを回って、頭や顔に触れ頬を引っ張り肌の質感を調べ、後ろで編まれた髪を触って引っ張るなど遠慮無くしらべている。

 これが人間相手であれば、即座に張り倒され踏みにじられるだろう。

 だが、魔導人形であるクリュスタは大人しい。

 背筋を伸ばした立ち姿を維持したまま、その様子を見ている。

「――関節や肉体構造を調べたいところだが、流石に分解するわけにはいかないな。貴重すぎる品というものも、それはそれで扱い辛い。とりあえず、また改めて詳しく調べさせて貰うとして……ところで、お前はクリュスタという名前なのか?」

 一応の気がすんだサネモは、ようやくクリュスタを見た。

「はい、ですが我が主の好きに個別名を変更する事が可能です」

「変える必要はない。古代の方々に敬意を払い、名は変えないでおこう」

「承知しました。それでは我が主よ、命令をどうぞ。クリュスタは奉仕型万能魔導人形のため、人間に出来る事は概ね実行可能となっております。と、説明します」

 スカートの裾をつまみ、優雅に頭を下げている。

「奉仕型の上に万能か。やはりワンオフ製は違うな」

「はい、クリュスタは最高級魔導人形です。状況判断も的確であり、ここが我が主の住居であるのなら、生活環境改善のための掃除をすべき。と、提案します」

 本当に掃除をするつもりらしく、クリュスタは静かに周囲を見回し確認している。


 その姿はどう見ても人間そのもので、他の魔導人形――今も後ろで待機しているアリーサク――とは、そもそもの姿どころか動きの滑らかさも含め全く違う。

「残念だが、ここは私の居住地ではない。ここは遺跡と呼ばれる場所で、私はハンターとして金を稼ぐために訪れただけだ」

「遺跡、ハンター。該当する情報は遊戯の項目に該当があります」

「遊戯ではないのだが……とりあえず、状況を説明しておこう」

 サネモは説明した。

 クリュスタの造られた時代は既に遠い昔となって、古代魔法文明と呼ばれるようになっていること。そして世の中の仕組みも何もかも変わってしまっていること。

 かいつまんで説明すると、クリュスタは気にした様子もなく頷いた。

「数百年の時間経過を認識しました。この身が長期の不良在庫になっていたとは、少し残念に思います。しかし我が主に出会えた事に感謝します」

「私も古代文明につくられた最高の魔導人形に出会えた事に感謝するよ……」

 サネモは熱くなった目頭を揉んだ。

 メルキ工房製の魔導人形にずっと憧れていて、それに出会えただけでなく主となれたのだ。もう感極まって喜びを表現する言葉も出て来ない。

 散々な目に遭った人生に、ようやく光が差し込んできた気分だ。

「感慨に浸りたい気分だが、しかし迎えの馬車が来る頃だ。ここからは歩きながら話すとしよう」

「はい、承知しました」

 クリュスタが手を挙げるとモノリスは、晒していた闇の内部を閉じ元の柱のようになる。そして浮遊してクリュスタの背後に漂った。いろいろ不思議すぎて、資材置き場の出口に向かいながら疑問を口にする。

「そのモノリスだが、大きさが変わるのか?」

「装具の呼称をモノリスにて登録しました。はい、モノリスは先程を最大サイズとして、ある程度まで体積を変更させる事が可能です。と、説明します」

「なるほど、便利なものだ。しかし、そのモノリスは何なんだ?」

「これはクリュスタの標準装備品となります。武器であり、防具であり、保管庫であり、乗り物にもなります。また、修復機能も備え――」

「ちょっと待て、武器だって? すると戦えるのか」

「もちろんです。なぜならばクリュスタは万能型ですので。と、主張しておきます」

「…………」

 クリュスタの姿を改めて上から下まで繰り返し眺める。

 魔導人形という存在が見た目通りでない事は分かっているが、その優美な姿は武器を手に取って戦えるとは思えぬ華奢さがある。

 どう見ても戦闘に適しているとは思えなかった。

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