第21話 ばっちぃー





『ヴィクトル、頼みがある』

《現実:ゔぃるとる、たのもー》


「リリーナ様、もしかして何か欲しいものでも見つかったのかな?」


ヴィクトルはソファーに座っている体を前のめりにし、両手を組んだ。



『ウォード家とミアナとミシェル、コルネの家族にこれを届けて欲しいのだ』

《現実:うぉーど、みあな、みちぇる、こるね、かじょく、これ、わたちゅ》



そこまで話すと、妾は亜空間から適当な鉱石を4個取り出し、ふーっと、息を吹きかけ、テーブルの上に置いた。



「これを、渡せばいいのかな?」


『その通りじゃ』

《現実:ちょう》


「家族へのプレゼントは嬉しいのですが•••」

「リリーナ様、これは何でしょうか?」


ミアナとコルネは首を傾げながら聞いてくる。


何と言えば良いのだろう。

家に置いておくだけで、魔物が近寄らなくなる物なのだが、この世界では何と言うのだろうか?


そうじゃ



『安産のお守りじゃ』

《現実:あんじゃん、まもり》




ブハッ




ヴィクトルは飲んでいた紅茶という飲み物を妾にかからないよう瞬時に後ろ向いて噴き出した。

後ろにある書斎テーブルの上の書類に見事に紅茶がかかった。



『汚いのー』

《現実:ばっちぃー》


「申し訳ない。しかし、安産??」

「ヴィクトル様、もしかするとリリーナ様は安全、と言いたかったのかもしれません」

「おぉー、流石コルネだ。そうに違いない」



納得したヴィクトルは、鉱石を側近の男に手渡すと、直ぐに指示を出す。

妾はヴィクトルが指示を出し終えるのを腕組みをしながらじっと待つ。


そんな妾に気付いたのか、ヴィクトルは早々に指示を切り上げ、妾に聞いてくる。



「リリーナ様。他にも何か要望があるのですね?」


『流石ヴィクトルじゃ』

《現実:ゔぃるとる、ちゃちゅぎゃ》


「恐れ入ります、リリーナ様。では、要望をお聞かせ下さい」


『家が欲しいのじゃ。それと、冒険者になりたいのだが』

《現実:おうち、ほちい。あちょ、ぼうけんちゃになりちゃい》




ブハッ




ヴィクトルは再び紅茶を噴き出した。


《ばっちぃー》




やはり、いくら儲けてそうなヴィクトルであっても所詮は庶民。

冒険者としての活動はともかく、家の用意は難しいかもしれない。


しかし、ウォード家達が住むトワイライト王国から妖精がいなくなった今、いつ魔物に襲われるか分からない。

万が一の時は、ウォード家やミアナ、ミシェル、コルネの家族を妾が引き取り、面倒を見るしかあるまい。




妾が考えていると、ヴィクトルはソファーから立ち上がり、コルネを連れて部屋の隅に移動した。


「こ、コルネ、家は何とでもなるが、冒険者とは、ギルドへの登録をしたいと言うことだろうか?」

「恐らくは•••。リリーナ様と過ごす内に気づいたのですが、どうやら僅か1歳にして自立しようとしているようでして」

「自立!?」



ヴィクトルが大きな声を出したため、全員の視線が集まった。

ヴィクトルは普段の果断な態度はかけらもなく、慌てて様子で「な、何でもない」と言った。



「コルネ、それは本当なのか?」

「はい。ミシェル様と、もしかしますと、ミアナと私のことも養わなければと考えているように思えてなりません•••」

「とうにトワイライトの王女に戻ることは諦めているということか•••。なんと聡明なんだ」



コルネとの話を終え、ソファーに戻ってきたヴィクトルは頭を抱え、悩んでいた。





〈眩耀神の思い〉

やはり、金銭的に家は無理かの。冒険者として稼ぐしかあるまい。




〈ヴィクトルの思い〉

家は直ぐにでも用意できる。しかし、冒険者ギルドの規約で12歳以下は登録できない。

特例で登録はできるが、前例を作り、万が一他の12歳以下の子供が登録し、最悪の事態があってはならない•••。





『ヴィクトル、もう良いのじゃ。諦めるのじゃ』

《現実:ゔぃるとる、だいじょぶ。あちらめるゅ》


「本当に申し訳ない。だが、私が個人的に依頼をしたいと思う。それで、許して欲しい」


『個人で何とかするか、そこまで考えてくれているとは妾こそ申し訳ないのー』

《現実:ちょこまで、かんがえちぇくれりゅ、もーちない》



ヴィクトルは妾に笑みを見せると、書斎テーブルの上から1枚の紙を手に取り、手渡してきた。


紅茶の染みがついており、文字までは読み取れないが紙には大きな家の絵が書かれている。



「そこは私の別邸なのですが、ここから近いですし、護衛はいらないでしょう。実際に見て、気に入っていただけたら手続きしましょう」


『詳しくは分からんが、早速行ってみるかのー』

《現実:ないないけど、いっちぇみる》




妾はそう言うと、ミアナとコルネを連れて執務室を出た。

執務室の扉が閉まる際、ヴィクトルと側に立っていた男達が何やら険しい顔をして1枚の紙を見ていた。



そして「まさかビックウルフが住み着くとは•••。早く手を打たねば」と聞こえた。




妾はシェアハウスを出ると、もう1度紙を見る。

ミアナとコルネも紙を見ながら唸っている。



『これでは分からんのー、どれ』

《現実:わかんにゃい、ていや》


妾が紙の上に手を翳すと、一瞬で紅茶の染みが無くなった。


「流石です、リリーナ様」

「おぉぉーー、素晴らしい」



ミアナとコルネは驚嘆し、拍手をする。



『ふふふ、凄いじゃろ?』

《現実:にひひ、ちゅごい?》



妾は得意満面で紅茶の染みが無くなった紙を見た。



紙には家の絵と共に、こう書かれていた。





【内容:ビックウルフ討伐】

【場所:王都スーペリア近郊】

【詳細:数日前から廃洋館に棲みつく】




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