第二話


あれから数日後。

僕たちは都市の一番大きな駅に来ていた。

この県の数少ない新幹線の乗車駅。

ホームに上がれば、そこには大勢の乗客で賑わっていた。


「じゃあ、ここでお別れだね」


見送りに来ていた小さな女の子に声を掛ける。

しかし、彼女は右腕にギュッと捕まっているだけで何も言わなかった。


「あの……そろそろ離して?」


そろそろ新幹線がやってくる時間だ。

停車時間はあまり長くないからそろそろ乗り口に行かないと。

しかし、僕の考えとは裏腹に彼女は一向に離そうしなかった。


「乗り遅れちゃうよ」


「やだ……」


「……」


うーん。

ここに来て反抗期。


しかもだ。

本当に離したく無いんだろう。

彼女の腕の力が強くいく。

ちょっと待って。

痛いよ。


「お願い」


「……」


顔を埋めながら無言の拒否。

普段なら、その可愛さに許してしまうんだろうが、今は訳が違う。

大事なプロジェクトの一環として、大学やサークルのメンツが掛かっている。

やっぱりもっと連れて行くのは失敗だったかな。


「紗奈」


ちょっと力強く言ってみる。

しかし、効果はない。

それどころか、ますます強くなるばかりだ。


「……」


そろそろ新幹線が来る時間。

まずいな。

どうしよう。

焦りが生じる。

しかし、思わぬところで救いの手が差し伸べられた。


「紗奈ちゃん? いつまでもグジグジしちゃダメよ?」


そう言いながら現れたのは、セミロングの若い女性。

茶色の髪に赤い目と、僕と似たような容姿を持っている。

彼女の名前は小雪。

僕の妹である。


「でも……」


「良い?」


小雪が何かを囁いている。

周囲の雑音のせいもあって、何も聞こえない。

しかし、効果が大有りだったのだろうか。

紗奈は渋々、腕を解放してくれた。

それでもまだ名残惜しいのか、袖は掴んだまま。

その姿はまるで幼稚園に行きたくない小さな女の子のようだ。


かわいい。


『まもなく、2番線に──』


そんな事を考えていたら、ホームにアナウンスが鳴った。

時計を見れば、時計の針は予定時刻を指している。

いよいよお別れの時間がやってきたようだ。

乗車口に向かわないと。


「じゃあ、そろそろ新幹線が来るからね?」


──離してくれる?


耳元で優しく囁く。

納得は、いっていないのだろう。

そんな表情をしながら、紗奈は「うん」と渋々と袖を離してくれた。


「それじゃあ、いってらっしゃい」


空気を読んでくれたのか、ようやく登場。

妹は優しく手つきで、紗奈の手を握った。


「紗奈ちゃんをよろしくね?」


「貴方以上には女の子には詳しいつもりよ?」


「なら、安心」


「毎日確認のメールしてよ」と告げれば、彼女は「知ってるわ」と短く答えた。

……冷たい。

血の繋がった妹なのに。

今では同居している紗奈の方が妹っぽいよ。

そんな事を考えていると、袖がグイグイと引かれたような気がした。


「……私もついてきちゃダメ?」


瞳をうるうるさせながら、上目遣いでそんな事を口にする幼馴染。

……うん。

なんというか……とてもかわいい。

思わず、持っていってしまいそうだ。


しかし、僕の目的はサークルのプロジェクト。

それに、乗る新幹線の座席は指定席だし、向こうで遊ぶ時間はない。

だから、残念。

……非常に残念だが、紗奈を連れて行く事は出来ない。


「お家で待っててくれる?」


「……」


「帰ったら、好きな場所に行くから」


「……良いよ」


「ありがとう」


彼女の頭を優しく撫でる。

サラッとした髪が手に残る。

ゴシゴシを涙を拭く幼馴染。

かわいい。

やっぱり、こっそりと連れて行こうかな。


そんな思考が徐々に大きくなる。

だが、時間は来てしまった。。

大きな音を立てながら、新幹線がやってきた。


「じゃあ、行ってくるね」


「うん……バイバイ」


「バイバイ」


手を振り、新幹線に乗車。

指定された席に座る。

外を見てみれば、そこには笑顔で一緒に大きく手を振る小さな幼馴染。


やっぱり連れてくれば良かったかも。

ちょっとだけ後悔した。

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