第3話

 僕は本を手に森に来た。

歩きながら、いくつかのページに指を挟でいた。

何となく見覚えのあるような葉や茎の特徴と、

効能などを見比べて目星をつけていたのだ。

どうやらこの本には体に必要な栄養についてや

植物の生態、効能、栄養成分などが書き込まれていた。

本の先頭や末尾などを探してみても筆者の情報は書かれていなかった。

つまり、出処不明ということだった。

眉唾かどうかはわからなかった。

だが少なくとも、この本に書かれていたヨモギは

父様の傷口の手当に多少の効果は発揮していたようだった。

あながち、全てがデタラメということは無いと思った。


 父様の容態は、怪我による失血と熱だった。

造血や患部の炎症止めといったものが必要らしいことが、

怪我の手当に使える複数の植物のページを読んで得た情報だ。

父様の発熱は、傷口の炎症からきており、生命力を大量に使うので、

糖質・タンパク質・脂質の三大栄養素を

可能な限り多く摂取する必要があることがわかった。

咀嚼による栄養の摂取が難しい場合は、

噛む必要のない糖質と脂質中心に飲ませるように取らせると良い。

ただし、失血が酷い場合はタンパク質の摂取が必須である、

などの生命維持に欠かせない事柄を知ることが出来た。


 糖質やタンパク質の素になる、穀物と豆は村で育てていた。

油は自生している植物の実や種、くるみやどんぐり、

シソ科の植物の種をすり潰して搾って作っていた。

貴重で、かつ、作るのに時間と手間がかかるので、村には必要最低限しかない。

明日の知れない怪我人の手当に、そのような手間のかかる貴重な資源(油)を

分けてもらえるはずはなかった。

木の実や種を採集して、そのまま料理に使うことであれば可能ではあった。


 傷口の手当にはサボテンなどの多肉植物やヨモギなどが有効で、

傷口が化膿しないように、消毒に効果のあるユーカリの葉や樹皮などを巻くのも良いと書いてあった。

この辺りにはユーカリは生えていないが、

同じ科目のピタンガという実を付ける種類なら、

よく採集で実をとって食べていた。

今の時期は実はならないが、葉に成分があるのであれば何枚かとってきて試してみようと思った。


 日が少しだけ赤に近づきはじめた頃、

持ってきた籠にたくさんの種類の植物がのっていた。

もちろん全て1人で集めたものだ。

サボテンやヨモギ、ピタンガの葉をはじめ、くるみにどんぐり、

紫蘇の種と葉、ビーツ、ケール、にんじん、キャッサバなど、

手当り次第に栄養になりそうなものを少量ずつ。

これまでの自身の採集経験を全て動員してかき集めてきた。


 本を脇に挟み、籠を両手で抱えながら家路を急いだ。

既に疲労で足元が覚束無おぼつかないが、

父様の状態が悪化していないか心配で、自然と足が早まった。

心臓の鼓動が身体中にドクンドクンと響き、

口からの荒い呼吸を整える余裕はなかった。

死に物狂い、他人から見られたらそのような表現になったことだろう。

だが、この時僕を見ている人はほとんどいなかった。

僕が何をしていようが、村の人達にとっては

あまり関心を向けることではなかったのだ。


 家に着く頃には日は沈み、暗くなりかけていた。

父様の呻き声に混じって母様の名を呼んでいた気がした。

直ぐに駆け寄り熱を確かめたが熱い、熱すぎた。

極度の高熱は生命の危機だと本にも書かれていた。

無理やりにでも体温を冷ますことも時には必要だ。

僕の看病でも父様がしていた荒っぽい方法をとった。

つまり、頭からつま先まで水をかけるのだった。


 ザバーッ!


 水瓶から父様の体に水をぶちまけた。

そして直ぐに布で身体中の水を拭きとっていった。

その間に少しだけ体温が下がってきた。

体を拭き終え、頭に濡れた布切れをのせて

傷口に巻き付けていた服の紐を解いた。

ヨモギが幸を奏して傷口の化膿は少ない。


 サボテンの棘に注意しながら表皮を剥き、果肉を傷口にのせる。

小さく呻く父様。

ひんやりとした感触と水分によって傷口の熱を取り保護する。

ヨモギをすり潰してサボテンの上にのせて、

ピタンガの葉で覆うように巻き付ける。

その上から、洗濯した他の服で結んで、傷口の保護はできた。


 ケールとヨモギ、紫蘇の種と葉、くるみ、どんぐりを細かくすり潰して鍋に入れる。

家にあったチリペッパーと柑橘の果汁も少量混ぜ入れた。

にんじん、キャッサバ、ビーツをできる限り小さく切り刻んで、先程の鍋に入れる。

鍋に水を入れて火にかける。

苦味と甘みと辛みと酸味の混ざった複雑な味と匂いにむせながら、

具材がドロドロに柔らかくなるまで煮込む。

鍋から少量ずつ別々の容器に入れて冷ましておく。


 少量の備蓄の煮豆フェジョンを温めながら、

いつものトウモロコシのパンを焼く。

パンが焼けたら鍋に入れて粥にする。


 時間を掛けてゆっくりと、そしてなるべくたくさん父様に食べさせる。

お腹がすいていたはずだ。

何しろ昨日はほとんどトウモロコシ粥しか食べていないし、

食べた粥もほとんどは消化される前に吐き出していた。

僕も父様も空腹だった。

大量に作った食事は3日分くらいありそうだったが、

父様が4分の3ほど食べて、残りは僕が食べた。

4分の1でも僕にとっては人生で1番大量に食べた気がする量だった。


 食べ終えてから、父様の熱がまた上がってきた。

濡らした布切れを何度も何度も交換した。

生命力の源を沢山食べたおかげで、父様の元々の体力が戻ってきたようだ。

熱は出たが父様もそれほど苦しそうにうめくこともなく、

昨日より深刻な状態ではない様子だった。

一安心とまでは行かないが、峠はこえられたようだ。


 たまった布切れと血だらけの服を、いい加減洗濯しないと、

衣服や手当に使える布がなくなってしまう。

空腹が満たされ、食べたものが消化されてきたのか

大量の生命力がみなぎる今なら、洗濯に行っても大丈夫な気がする。


「父様。洗濯に行ってきます。

どうか持ちこたえてください」


 僕はそっと声をかけながら、父様の様子を確認した。

呼吸は少しだけ辛そうだが、それでもだいぶ安定してきていた。

洗濯桶と洗濯板に血だらけの布、服を載せ、

いつも水を汲む川の地点よりも少し下流に向かう。


 2時間かけて川の下流についた。

夜明けが近く、白け始めた空が広がっていた。

普段ならもう半時ほどは時間がかかり、かつ、大きな桶と

丈夫で重量のある洗濯板を持ちながらなのでもっと疲労もあるのだ。

しかし、特製の生命力の源汁のおかげか、まだまだ元気な状態は続いていた。


 血だらけの服を1枚1枚流れにさらし、

桶に水をためて洗濯板にゴシゴシと布や服を擦り付ける。

あまり大きな力はいらないが、それでも非力な僕には根気がいる仕事だ。

川が流れているので否応なく冷たかった。

洗濯は手のかじかむ状況を騙し騙し遂行するものでもある。

不思議なことに、これほど大量の衣服や布を選択し続けているのに、

今日は手がかじかむことがなかった。

体の芯から生命力に満ちた血液が循環されている感覚があった。

手にも常に一定の熱量が充填されいつもよりも力が入るようだった。


 遂に大量の服と布を洗い終え、少しの疲労感があった。

帰り道、2時間半の道のりが非常に長く感じた。

力の限り絞ってきたももの、水分を含むと布は重くなる。

ずっしりと腕や足腰に重さが沁みた。

さすがに生命力の源汁の効果も薄れてきていたのだ。

看病に家事に夜通し起きていたのだから、

通常ならとうに睡魔に負けるか、気を失っていただろう。

生命力の源汁は可能なら明日も作ろと思った。

僕にこれほどまでの効果があるのだから、もちろん父様にも効果があったのだと思った。

父様には今生命力がたくさん必要なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る