第12話 事件の結末

先刻、生徒たちを見たときの


教室の中で感じた違和感。



ーー何か引っかかる……




そう思っていた黄道の耳に




屋外から


幾つかの足音が聞こえてきた。



夜の帳の中に


数名の足音が響いている。




最初は小さかった足音が


建物の中にハッキリと聞こえてきた時



ーー ガチャ……



扉の鍵が開き



ーー キィィィィーーー……



扉を開ける


腹の底をひっかくような鈍い音が響いた。



3人は音のする方へと視線を移す。




その扉の向こうには


数名の生徒が立っていた。



「あ、あなたたちが……相田さんを…殺したの……?」



そこに


続々と集まってくる生徒たち。



「…あなたたちは、相田さんとは、どういう……?!」




動揺気味の美沙に


黄道は答える。「【彼ら】は1-Aの生徒だ」



「同じクラスの……?」




生徒たちに向かって


美沙は震える声で問う。「…どうしてこんなこと……?」




「小湊ーー」



黄道は蓋を外した棺の中に手を入れ



「違う。彼女は事故で死んだんだ」

「…え……?」

「ここに…激しく強打した痕跡がある。この場所を他人が傷つけるのには無理がある」



彼女を抱き起こし


首の付け根を露わにする。



「つまり、こいつらがした事はーー」


さら…と、艶やかな長髪が揺れる。



「彼女に【エンバーミング】 を施しただけだ」



黄道の言葉とほぼ同時に



「彼女に触るな!!」



ひとりの生徒が怒鳴った。



「 【エンバーミング】……?」



美沙の繰り返すその言葉の意味はーー





【エンバーミング】


遺体を消毒や保存処理

必要に応じて修復することで長期保存を可能にする技法。





「汚い手で触るな!!」



もう一度


その生徒が怒鳴る。



「間違ってるよ!」


圭一郎が叫んだ。「こんなこと、間違ってる!!」



黄道はゆっくりと彼女を横たえた。



「間違ってる……そんなこと、わかってるよ……」



別の男子生徒が話し出す。「…僕達は…これが正しい判断だったとは思っていない」


「じゃあ、どうして……?」

「おまえらにわかるかよ!!」



生徒はさらにヒステリックに叫んだ。



その時



黄道は教室の後ろに置いてあったロッカーの上に


見慣れないものがあったことを思い出していた。



ーーあの時


俺が教室内で感じた違和感……



十字架の下には


彼女の写真や綺麗な花々が、飾られていた。



そして


開かれていた聖書。



俺が事情を聴く以前に


こいつらは、相田 ゆかりの失踪を知っていた…?



「おまえらに、僕らの気持ちなんかわかりっこない!!」



逆にキレた生徒に



「お…落ち着いて……け、警部……?」

「…ジュン……?」



美沙はおろおろと黄道の方を振り返る。



圭一郎も不安そうに


先程から何も言わない彼を見つめている。



ーーあれは、祭壇…か……?



黄道の脳内で


パズルのピースが全て嵌った。



「きっかけはーー“キリストの復活”だな」



黄道の声が静まり返った建物内に響く。



「…え……?」



美沙は黄道を見つめる。



「……キリストの、復活……?」

「…そうか……!」



圭一郎は頷いた。「ここはクリスチャンの学校だよ。誰でもキリストの復活ぐらいは知っている!」



黄道は、棺の中で眠っている彼女を見つめながら



「だが……そう、うまくはいかないだろう。君たちは、薬品をどういう経路で手に入れた? ここは学校だ。その用途に使う薬品が、常に置いてあるとは限らない」



しばらく生徒たちは黙っていたが



やがて



「僕が……」


ひとりの生徒が話し出した。



相田 ゆかりが本当に行方不明かどうかを


聞いた男子生徒だ。


「僕の父は…剥製師なんです。必要な薬剤は…僕が家から持ち出してきました」

「は…剥製?!」



美沙の身体は怒りで震えている。「あなたたちは、人の遺体を剥製に……?!」


「…最近は自分の可愛がっていたペットを剥製にする者が増えている…と、聞いたことはあるが……」


続けて黄道が話し始めた。「…まさか、それを本気で人間に試す奴がいるとは……」



そして黙って考えている。



そこに


「剥製なら脳や内臓は身体から出す筈だよ。一番最初に腐敗するから……だけどーー」


圭一郎はその生徒に向かって問いかける。「そんな風には見えないけど…」


「俺の見たところ…彼女にそんな大きな切り傷は見当たらない……」



…と、言いかけて


「ーーそうか…! それで、血液を全て抜いていたのか……!」


黄道は額に手を当ててその場に座り込んだ。「…参ったな……」


「ジュン、どういう事?」

「警部?」


揃って聞く圭一郎と美沙に座ったままの黄道は



「たぶん、…経緯はこうだ」



話し出した。



「昨日の放課後、なんらかの事故で相田 ゆかりは偶然亡くなってしまったんだろう。その時、こいつらがまず思った事はーー」

「ーーキリストの復活?」


圭一郎の言葉に黄道は頷く。


「ああ。…それを行うには、まず十分な時間が必要だった。キリストの復活は彼が死んで3日後だったからだ。その為にも彼女の死を、外部に知られる訳にはいかない。出来るだけ時間をかけて、それを待つ必要があった」

「…それで、行方不明に……?」

「そうだ。……だが、そう、うまくはいかないのが《現実》だ」


3人はその生徒の顔に視線を移す。


「ーーそうです」


彼は俯いたままで答えた。


「…ジュン。うまくいかなかった事…って?」

「そうですよ。それってどういうことですか?」


黄道を見つめるふたりに


「問題は、彼女の死後硬直。そして…その後、明らかに来るであろう…《腐敗》だ」


冷たい大理石の建物内に


何人かの啜り鳴く声が聞こえてくる。




ーー 『こんなつもりじゃなかった』


【彼ら】の心の声が聞こえてくる。



昨日の放課後



学園祭の準備中に台に上がっていた彼女は


うっかり足を滑らせた。



そこまでなら、単なる不注意で済まされ


笑いの種になる話しだが。



いつまで経っても動かない彼女の姿に


誰もが戸惑った。




この学園は


厳格なクリスチャンの学校だ。



その時、誰かが


「ーーキリストは、死んでしまっても生き返ったじゃないか」



そう言い始め


皆、それに賛同したのだろう。




《キリストの復活》


聖書ではーーキリストは亡くなった3日後に生き返った。



懸命に祈り続けていれば


きっと願いは聞き届けられるはずだ。



誰もがそれを信じ


祭壇を作りその時を待った。



それには時間を稼ぐ必要があった。




しかし


その時になって誤算が生じる。


それは


彼女の死後硬直だ。



彼女は皆に慕われていた。


とても愛されていた。



美しい彼女の


腐敗だけはなんとしてでも食い止めなければならない。



静脈から防腐剤を注入し


代わりに体の中の水分や血液を全て抜き取った。



ーー絶対に 忘れない。



薬品を使い、彼女の血液を残らず結晶にし


それぞれが身に付けた。



「…じゃあ、この人の脳とか内臓は?」

「急速に水分を失った臓器は硬くなっていく。結果、彼女の身体は人間の外見と骨格だけを持つ “人形 ” になってしまったんだ。…以前と変わらない美しいままの “人形 ” に…」


話し終わった後


黄道は立ち上がって服の埃をパン、パン…と叩いた。



「…僕は……こんな事をして。きっと…相田さんに恨まれている…と思います……」



それは彼の心からの懺悔だ。



『ーーそれでもわたしは幸せよ』




圭一郎たちと一緒に


彼女の魂も彼の話しを聞いていた。



圭一郎の右の瞳には


微笑む彼女の姿が見えーー右の耳には彼女の言葉が聞こえてくる。



制服ではない白いドレスを靡かせて


鈴の音のような声で、話す彼女の姿がーー



『わたしより…お願い。 【彼ら】を救ってあげて……』




圭一郎は微笑む彼女から、泣いている 【彼ら】に視線を移す。


そして


「ーー誰の事も恨んでないよ」


静かに口を開いた。「ずっと…微笑んでる」



男子生徒は顔を上げた。



その瞳には涙がぽろぽろと溢れている。


「…笑顔で……?」



小さく呟くと



「ーーごめん…。相田さん……ーー」


消え入りそうな声で、そう告げた。



「だけど、ジュン。…どうしてわかったの? 彼女のクラスメイトたちの犯行だって……」

「そうですよ、警部……いつからわかっていたんですか?」


圭一郎と美沙が聞いてくる。



黄道は


「小湊…俺は警視監だ。最初は俺もわからなかったんだが……ここで彼女の遺体を見つけた時に確信をした」


と、答えた。「ここの生徒たちは皆、自分の誕生石をはめ込んだロザリオを身に着けているだろう? だが、1-Aの生徒だけはロザリオの他に紅いモノを、皆身体に着けていた。彼女の周りに散りばめてあった、あの紅いモノだ」


言われて生徒たちは


皆、それぞれの姿を見合わせる。




紅いモノ……それは、相田 ゆかりの血液を固めて作った結晶だ。





「本当に彼女を殺しているのなら、全員でそんな証拠になるモノをわざわざ身につける必要はない。よって、これは悲しい事故だった…という訳だ」








その後


相田 ゆかりの遺族には、彼女の遺灰が届けられた。








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