第9話 蝶のいく先


「何をしているのです? 警察官」



回り道をして



レンガ造りの建物に近寄ろうとしている美沙に


誰かが声をかけた。



「…先生……」




例の女教師だ。



「ここは関係者以外、立ち入り禁止です」



辺りを見回してみたが



「…どうしたのですか?」



先に


ここに来たであろう黄道と圭一郎の姿は見えない。



ーー どこに行ったんだろう……




尚も忙しなく辺りを見回す美沙に



「何かおっしゃいっ?!」



美沙はびくっと身体を固まらせた。




女教師に怒られている美沙の姿を



「ジュン。あの人……」

「あいつ。見つかったのか……」



黄道たちは傍に立っている木の陰で見ていた。



「調査中に見つかるなど。警察官としては失格だな」

「…どうするの? 助ける?」



黄道はその姿を黙って見ていたが



「自己責任だ。囮になってもらおう」



視線を美沙から建物に向ける。



美沙と女教師の出現により


今は、ぱったりと出入りする生徒の姿は途絶えているが。



「この中には何があるんだ?」



黄道の呟く声に


「ジュン。相田 ゆかりだけじゃない。もっとたくさんの人の魂が視える……」

「ケイ?」



圭一郎の右の瞳には


建物を出入りする真っ白い人形 ( ひとがた ) が数名見えていた。



それは


時には立ち止まったり


近くの花々の匂いを嗅ぐような素振りを見せたり…と様々だ。


その姿をジッと食い入るように見ている圭一郎に



「大丈夫か?」



黄道は心配そうに声をかけた。



「ケイ?」

「…大丈夫。あまりたくさんいるから驚いただけ」

「…そうか」



圭一郎は黄道に向けて極めて笑顔で答えたが



「…こんなの、お墓とか集団自殺をした場所以外では初めてだ……」

「…裏に入口はあるか? 出来れば開いている場所が望ましいんだが」

「…聞いてみる」

「悪いな」

「…ううん」



圭一郎はじっと目を閉じ


霊達にコンタクトを取ろうとする。



すると


今まで聞こえていた雑音のような騒つく声に交じって


『 あなた達、なにをしているの? 』


ひとつの声が聞こえて来た。



目を開けた圭一郎の目の前には




周りに比べるとやや淡いが


白い光りを放つ、ひとりの女生徒が立っている。



「…相田 ゆかり……?」

「ケイ…?」


圭一郎は何もない所に話しかけている。



「そこに、相田 ゆかりがいるのか……?」



黄道の声も耳に入らないほど


『 あなたたち、警察の人? 違うわね。だってあなたはまだ…… 』



圭一郎は彼女の言葉に集中をしていた。



『 子供だもの…… 』




彼女の身体は他のモノとは違って


透き通るように淡く白い。



それは


霊体になってまだ間がないように思われた。



『 …だけど。あなたの右の瞳と耳は違う。それはーー 』


透き通る鈴のような声が囁く。 『 ーー 死者のモノね 』



「ケイ。しっかりしろ。いいか? 今、彼女の身体がどこにあるのかを聞け」

「……」



圭一郎に黄道の声は聞こえてはいない。



『 入らない方がいいわよ。この中にはーー 様々な魂が溢れているから。視えるモノには危険だわ 』



先程から黙っているままの圭一郎の身体を


「ケイ?!」


黄道が揺さぶる。



『 呼ばれているわよ 』



圭一郎は彼女に向かって微笑むと



「…今、あなたの身体はこの建物の中にあるの?」


質問をした。「ボクに教えてくれない?」



彼女は建物を見上げる。



「あなたを助けたいんだ」


彼女は悲しそうな微笑を浮かべ



『わたしを…助けることは出来ないわ。だけど ーー』



圭一郎の瞳を真っ直ぐに見つめた。



『ーー 彼らは救ってほしい 』



瞬間ーー



彼女の身体は弾けたように空間に消え


変わりにたくさんの蝶が宙に舞った。



その蝶達は


建物の裏に向かって飛んで行く。



圭一郎の脳内で


蝶達は小さな窓の中に消えた。



「ケイ? 大丈夫か?」

「…ジュン。裏に小さな窓がある。鍵は、たぶん、かかってない」



黄道は圭一郎と共に、そっと建物の裏に向かった。


その入り口では、依然、美沙が女教師に怒られている。



「…だいたいあなたは警察官でしょう? それなのにコソコソ園内を探るようなマネをして……」

「…すみません……」



ーー なんでわたしが怒られてるのよ!



「まったく。…いつもよりも念入りに見回っていて正解だったわ!」



ヤケに怒っている。



ーー あ、そうだ!



女教師のお小言を黙って聞いていた美沙だったが



「あの、この建物はなんの建物なんですか?」



素直に質問をすることにした。



ーー そうよ! コソコソするから怒られるんだ。



逆に堂々と聞いてしまえば、怒られることも……



しかし



「どうして関係ない人に教えなくてはいけないのですか?!」



逆に女教師は怒り出す。



ーー なんでよ……?!



下を向く美沙に



「だからあなたは未だに独り身なんですよ……まったく、落ち着きのない……」

「…え……?」



ーー どうしてそんなこと知ってるの?


まさか……また……



「あなたの事、職場に連絡して色々聞かせていただきました」



ーー 職場……?!


「あの…その情報元は……?!」

「ああ。確か同期の峰岸さん…だったかしら?」



ーー くっそ…峰岸……!



悔しそうな美沙を残し


黄道と圭一郎は建物の裏に辿りついていた。





「……この窓に、あの人は消えて行ったんだ」



その窓は1階と2階の中間に位置し


周りの窓に比べると大きさは少し小さい。



身体の小さい圭一郎なら難なく入ることが出来るだろう。


「……それで鍵をかけてはいないのか。これほど小さい窓なら、普通の泥棒は入れないな」

「ボクを入れて。裏口を開けるから」

「わかった。気をつけろよ」

「うん」



黄道に肩車をされた圭一郎は窓に手を伸ばす。



ーー ギィ……



黄道の肩に片足をかけ


圭一郎は建物の中に顔を覗かせた。



瞬間


その目に飛び込んで来たモノは ーー



『こっちよ』



窓から建物の中にぶら下がった圭一郎の足元に



先程


建物の中に入って行った蝶たちが集まって階段を形作っていく。



『大丈夫。怖くはないわ。そのまま滑り降りて』



圭一郎は蝶にまとわりつかれるように


床に滑り降りた。


そして裏口の鍵を開ける。



黄道は建物内に足を踏み入れ


「ーーここは……なんだーー?」



辺りを見回して


その光景に言葉を失った。






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