第8話 Y
相田 ゆかりは学園内で
男女問わず人気のある生徒だった。
成績は常に上位。
常に品行方正で、休日には自主的に
教会主催のボランティア活動にも参加をしている。
おそらく
学園内では彼女を知らない者などいないだろう。
その彼女が何の連絡も無く、突然外泊をした。
親は事故を想定し、早々に警察に届け出た。
「ーーこの中で、彼女を殺したのは誰だ?」
しんと静まった教室内に
黄道の低い声が響き渡る。
「け……警視監……いきなり何を……?!」
女教師は慌てて
「みなさん!! 今のは聞かなかったことにしてくださいっ!! 決してご家族には言わないように!!」
ヒステリー気味に怒鳴った。
生徒達が騒ぎ始める。
そんな中
「先生!」
ひとりの男子生徒が手を上げた。
「そこの君、なんだ?」
黄道は立ち上がったその生徒に指を示す。
「何か言いたいことでもあるのか?」
黄道を制するように
「何も言うことはないですよね?! 席に座りなさい!!」
女教師は慌てて生徒に座るようにジェスチャーをする。
「あの……相田さんは本当に行方不明になったんですか? 僕ら、ただ休んでいるだけだと思っていたんですけど……違うんですか?」
言い終わると辺りを見回し、その生徒は座った。
黄道は女教師を横目で見ると
「……堂々巡りだな。この学校にはマシなことを言う奴はいないのか?」
そして
改めて生徒達の方に向き直る。「おまえら、仮にも高校生だろう?」
「…ら、乱暴な言い方は止めてください! うちの生徒たちは、皆、厳格なクリスチャンです。そこらの高校生と一緒にしないでくれませんか?!」
そこら……
ーー つまりは 『 雑種 』、というわけか……
さらに
女教師は憤慨したように捲したてる。「だいたい、相田さんの行方不明にどうして生徒たちから話しを聞く必要があるんですか? 早く、相田さんを捜してください!! 他にも聞かなければならない人たちがいる筈です!!」
「は…」
黄道は呆れたような笑いを浮かべる。
「……厳格なクリスチャン…か。なら何故誰も彼女を心配していない? 神の教えには思いやり…ってモノはないのか?」
「けっ、警視監?!」
そのままクラスをぐるりと見回し
「相田 ゆかりはここからは出ていない。おそらく、彼女はまだ学園内だろう」
吐き捨てるように言う。「……すでに死体になっているのかは別にして」
「し、死体?!」
女教師の声に教室内がさらに騒ついた。
黄道は再び生徒達をぐるりと見回すと
「次は隣りのクラスだな」
教室を出て行く。
「あのっ、この子達は帰ってもいいのですか?!」
教室から覗く女教師に
「…構いませんよ」
そして次のクラス、1-Bの扉を開けた。
「警部。遅いなぁ……」
中庭で
美沙と圭一郎は黄道が戻って来るのを待っていた。
「……警視監」
圭一郎はさっきから地面に木の棒で何かを書いている。「最後にはジュンにぶっ飛ばされるよ」
「わかっているわよ。ちょっと間違えただけじゃない?」
美沙はちらっと彼の手元に視線を移す。
ーー 落書きなんて。やっぱり子供だな。
しかし
圭一郎の書いていたモノは意味不明なモノだった。
「……」
ーー なにそれ? もしかして元素記号…とか?
圭一郎は美沙の方に顔を上げると
「…子供だからって書くのは◯や△とかの落書きだけじゃないんだよ」
書いていたモノを手でかき消す。
ーー そうか。まる聞こえだったんだっけ……
「…あぶない。あぶない」
そんな美沙を圭一郎は見上げている。
……やっぱり、なんとなく似てる。だからジュンは……
「なにかな? 圭一郎くん」
棒読みではない呼びかた。
圭一郎は少し微笑んで
「ううん。なんでもない。ボクの名前、やっと覚えてもらえて良かったよ」
ーー 生意気な言い方……
そう思っていた美沙に
「あ……」
黄道の姿をいち早く見つけた圭一郎は立ち上がった。「ジュン!」
「あ、警部。何かわかったんですか?」
「警視監。…ケイ、おまえがさっき追いかけていたエルが走って行った先はどこだ?」
「あっち」
圭一郎は草の生い茂る場所に指を差した。
「そこに行ってみるか」
「うん」
「あの……『 エル 』って誰のことですか?」
ひとり、意味がわからない美沙が聞いた。
「さっきから『 エル 』って……」
黄道と圭一郎は無言でその場に立ち止まる。
「…あの?」
「……」
「……」
ーー 聞いちゃいけなかったのかな……?
「…うん。言いたくない」
美沙の心に返事をするように
「…だから聞かないで」
圭一郎は先に歩き始める。
「…だ、そうだ。悪いな。小湊」
黄道もその後を追って歩き始めた。
「 警部?!」
「警視監。…おまえにだって知られたくないこともあるだろう?」
「知られたくない事? それ…って。もしかして……?」
「…ああ。峰岸くんだ。」
ーー くっそ…峰岸……!
仕方なく
美沙もその後に続いた。
「この先を走って行ったのか?」
「うん。まっすぐ行ったところには建物があった」
「……建物?」
圭一郎に案内されて黄道と美沙が行った先は
中庭からかなり奥まった場所だ。
黄道は蔦の絡まっている場所に手を入れ
蔦を押しのけて、圭一郎の言う、その先にあるレンガ造りの建物を確認する。
「先程から……生徒が何名かここに出入りをしているな」
その時
圭一郎の目の前を長い髪の少女が歩いて来た。
それを圭一郎は右目で追う。
制服姿のその少女は
一瞬、目の合った圭一郎に微笑んで
そのまま風のようにふわふわと舞って
建物の中に消えた。
「ケイ、相田ゆかりはーー」
「たぶんーー この建物の中にいる」
黄道に答える圭一郎。
「……え?」
ーー この建物の中にいるって…? だったら……
「…夕べからずっとこの建物の中にいるってこと?」
美沙はふたりを交互に見る。「じゃあ、家に帰ってなかったのはただの家出ってことですか?!」
「家出かどうかはわからないけど。だけど今は……」
「……そうか。彼女は ーー」
圭一郎の言葉を黄道が紡ぐ。「ーー 生きているとは限らない…か…」
「そんなっ! どうしてそんなことが……」
「…わかるんだよ!」
美沙に向けて圭一郎は哀しそうに微笑んだ。「わかるんだ……」
ーー 意味がわからない……
「警部?!」
黄道を見上げる美沙に
「…小湊。生きているか、生きていないか……そこは問題じゃない」
黄道は圭一郎と共に美沙を置いて歩き始める。「俺達の仕事は彼女を家族に返すことだ」
「生きているのか死んでいるのか。生存確認をする必要はない」
「警部?! そんなことっ…?!」
黄道は立ち止まると
「俺は『生きて連れて帰れ』と言われてはいない」
一度も美沙を振り返ることもなく
ーー ガサッ……
蔦を掻き分け
後ろにいる圭一郎を先に行かせた。
そのまま
ふたりの姿は蔦の向こう側に消えて行く。
「…言われていないって……家族は生きていることが前提でわたし達に頼んでるんじゃ……それを、生存確認する必要がないなんて……」
ーー まったく勝手だ。そんな考え方、わたしは認めることは出来ない。
しかし
黄道が掻き分けた蔦の部分は
彼の身長では胸の辺りまでの高さだったが
「あ、あれ……? 届かない……」
ーー …わたしの身長じゃ、前が見えない……
蔦も硬くて掻き分けることが出来ない。
結局
美沙ひとりだけ回り道をする羽目になった。
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