第6話 相田 ゆかり


キキーーーッ…!!



車は美沙、圭一郎、黄道を乗せて、学校の校庭に乗り入れた。



運転手が黄道側のドアを開ける。



黄道が降りた後に続いて圭一郎の乗っている助手席を開け


美沙はひとり、最後に黄道の降りた後の開け放たれていたドアから降りる。




「……この、イチ女性としてのわたしの立場はどうなの…?」

「気にするな。小湊、仕事をするぞ」



放課後の校庭は、自宅へと帰る生徒たちで溢れかえっていた。



美沙たちを見つめ、口々に噂し合っている。



圭一郎は自分たちを好奇の目で見つめている生徒たちをじろっと見回すと



「……ジュン」



黄道の顔を横目で見る。



「…なんだ?」

「ここ?」

「まあな…」

「そ…」



短いやり取りの後


一緒に歩き出したふたりに



「ちょっ、ちょっとっ!!」



校舎内からひとりの女性が転がるように走って来た。


「あっ、あなた方!! いきなり何なんですかっ?!」



黄道は胸ポケットから警察手帳を出し、その女性に見せる。



「ただ、事情を聞くだけですよ。そろそろ生徒が下校する時刻でしょう?」



手帳を見た女性は慌てて歩き出そうとする黄道たちを制止した。「いきなり困ります!」



「連絡されたのは学校側の方ですよね?」


黄道の問いに


「……ですが、こうも堂々と校庭に車を止められるとは……。まだ、他の学年の生徒たちは下校中ですので…」



困ったように周りを見回しながら答える。



どうやらこの学校の先生らしい。


「お気になさらずに。話しがあるのは教室内に待機している生徒達とは限らないので」

「え…?」



先を歩く圭一郎の姿を目で追いながら黄道は答えた。「もちろん、教室にいる生徒たちにも伺いますが……今は…」


「あの、それは…どういう…?」

「君は行方不明の噂、何か聞いているかな?」



黄道は近くにいる男子生徒に声をかける。



「ああ……噂で聞いたんですけど。確か…『相田 ゆかり』…?」


ひとりの男子生徒が答えると、周りにいた数名も揃って頷いた。


「あ、俺も聞いた。そう、『相田 ゆかり』っていう結構綺麗な女の子でさ」

「うん。クラス委員長だったろ? 1年A組のさ」

「…知り合い?」

「あの、もういいでしょうか?」



更に質問しようとする黄道を女教師は止める。「1年生は全員各教室で待っていますから」


「いや、もう少し聞きたい事が……」

「ですが……下校時間を過ぎているのにわざわざ待たせているんですから」

「生徒に《わざわざ》…?」



女教師に訝しそうな目を向けていた黄道に


「あの、刑事さん…」


女教師と話している黄道の側に、ふたりの男子生徒が近づいて来た。


「俺ら、別に知り合いじゃないですよ。ただ、その子、他の子より目立ってたってだけで…」

「そうそう。ファンクラブもあったって聞いたことあるだけで、別に知り合いってほどじゃ……」



言いかけた男子生徒に黄道は



「……だが、知り合いじゃなくても興味はあったんじゃないのか?」

「「…え……?」」


ふたりの男子生徒は交互に顔を見合わせる。


「そりゃ、校内に可愛い子がいたら、俺ら以外でも皆騒ぎますよ…」

「外での体育の授業中とか。あとは……そう、登下校にばったり会ったりした時とか……」

「…そう」



頷く黄道に生徒達はそれきり口を閉ざしてしまった。



「あなた達、もう帰りなさい! 」

「「…は、はい…」」


女教師に促され、男子生徒たちは校門へと向かい


「警視監、どうぞ。教室に案内しますから」

「……」



黄道は女教師について校舎へと向かって歩き始めた。


「あの……あまり関係ない生徒に質問していただきたくはありません」


決めつけるように言い放つ女教師に



「なぜです?」


黄道は歩みを止める。



「彼らには関係のない事ですし…」



女教師の意外な返答に



「で、でも、校内で生徒のひとりが行方不明になったんですよ?! あなたは…何故、彼らが今回の一件とは関係ない…と言い切るんですか?!」



美沙が一瞬声を荒げる。



「それは……」


黙ったままの女教師から、美沙、黄道、圭一郎の3人は、周りを歩いている学生たちに視線を移した。


キリスト教の学校という事もあり、生徒たちの胸元には中央に石のはめ込まれた5センチぐらいの大きさの、銀のロザリオがかかっている。



「……みんな、十字架をかけているんですね…」



少し冷静に問う美沙に


「ここは皆、ロザリオの中心に自分の誕生石をはめ込んでいるんです」


女教師は満足そうに辺りを見回しながら答えた。「これは理事長のお考えで……ちなみにわたくしのはダイヤです」



「だ、ダイヤ?!」


美沙は思わず彼女の胸のロザリオに魅入った。


確かに、その胸元にはキラリと光る石が埋め込まれたロザリオがある。



石の色は太陽の光を浴びて鮮やかに澄んで見えた。



「いいなぁ……でも、なんだか高くつきそうですよね…」



溜息まじりに言う美沙に



「誕生石の大きさは各個人で様々です。0.5センチから1.5センチまでと、一応決められてはいるのですが。それも建前で、きちんと測ってみたら実際は1.7センチの生徒もいたらしいです。教師はまた別の話しですけれど」


女教師は自信満々な様子で答える。「綺麗でしょう?」



「…はあ…」


ーーダイヤ…先生のそれは大きく見えるけど…何カラットなんだろう…?



「それってやっぱり……」

「はい。お子さまにどれだけお金をかけているかで誕生石の色や大きさは変わってきますね」

「……そうですよね…」


ーーロザリオにはめ込まれている綺麗な誕生石……それを着けているのはお金持ちの証。



やっぱり最後はお金なのね……



考えながら下を向く美沙。



「だけどさぁ…」


美沙の隣りで圭一郎が不意に口を開いた。



「誕生石で資産がわかる……みたいな事って、やっぱ変」

「き…けいいちろうくん! 君は大人の話しに割って入っちゃだめでしょ!」



美沙は圭一郎に慌てて話しかける。



「だぁってさぁ。 ジュンだって変な話しだと思うでしょ? 誕生石で子供にかけるお金が違うってさぁ、まるで『階級社会』って感じじゃない? おかしいでしょ? 今の世の中にさぁ?!」



圭一郎は黙っている黄道にさらに大声で話しかけた。「今は21世紀なのにね!」



美沙も黄道の方を振り返って


「け、警部! なんでさっきから黙ってるんですかっ?!」


半ば大声で怒鳴った。


「ちょっとあなた方! 校内で大声は…っ!」



女教師が言いかけた時


「皆ーーロザリオに自分の誕生石を入れているんですよね?」

「…え……?」



黄道は考え込むように女教師に問う。「逆を言えば。それ以外は身につけてはいない……」



「え、ええ……そうです。入学する時に学園長からそう説明を受けます。自分の誕生石をロザリオにはめ込んで首にかけるようにと……」

「……ケイ、彼女と待っていろ。小湊!」

「はっ、はい?!」

「君は圭一郎を見ていろ」

「え? 警部?!」



女教師について校舎内に足を踏み入れようとしている黄道に


美沙は慌てて駆け寄った。


「み…見てろってっ……?!」



圭一郎と自分を交互に指差す。「あ、あのっ?!」



黄道は


「『君は』・『ここで』・『圭一郎を』・『見ていろ』!」



一言一言丁寧に美沙に言い放って校舎内に入って行った。



後に残された美沙は


「……な~にが、『君は』・『ここで』・『圭一郎を』・『見ていろ』…よ!! わたしだって警察官だってぇの!!」

「……」


ふて腐れる美沙を無視して、圭一郎はひとり中庭を歩き出す。



「ちょっ、ちょっと、き、けいいちろうくん?!」


美沙はどんどん歩いていく圭一郎に慌ててついて行く。



「あ、あの、き…けいいちろうくん?!」

「き…けいいちろう…? 無理しないほうがいいんじゃない?」

「な、何がかなっ?! けいいちろうくん?」



どんどん歩いて行く圭一郎に、美沙は躓きながらも必死について行く。



「おばさんさぁ……自信ない時には棒読みになるよね」

「そ、そーかな?」

「うん…。それよりもさぁ、ボクが『おばさん』って言うのはもう認めたんだ?」



圭一郎の言葉に美沙は歩みを止める。



「…別に、認めたわけじゃ……」溜息をもらした。「……もう、どうでもいいかなって感じで…」


「ふうん…」

「…だってわたしはき、けいいちろうくんよりは遥かに年上だから、それはもう、やっぱり『おばさん』って呼ばれても仕方ないのかなぁって…」



美沙の言葉を黙って受け流し、圭一郎も歩みを止めた。



そして左手で左眼を覆う。



「けいいちろうくん?」

「……」



左手を左眼から離し、今度は両手で両耳を押さえて下を向く。


「……」

「……どうしたの?」



そしてそのまま両眼を閉じた。







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