第5話 赤城 圭一郎


辺りを見まわしていると



ふいに



「リア! 誰か来たの?!」



頭の上の方で子供の声がしたかと思うと



ーードタドタドタ…!!



二階から階段に向かって走る足音が響いて来る。



「あの車! ジュンだねっ!!」



小さな足音は、そのまま階段を駆け下りてくると


「ジュンっ!!」


黄道に思いきり飛びついた。



「…! ケイ?! また大きくなったな」



黄道は、美沙が今まで見たこともないような穏やかな表情で少年の頭を撫でると、肩に飛びついたままの少年を抱え、リアの用意しているテーブルにやって来る。



「おはようございます。坊っちゃま!」

「あ、今日も白いオムレツだ!」

「坊っちゃま、お食事の前にお客様にご挨拶をされませんと!」

「お客…?」



少年は、リアの隣りに突っ立っている美沙に気がついた。


「……ジュン、このヒト、だれ?」

「部下の小湊くんだ」

「……」



美沙をジッと大きな瞳で見つめる少年。年の頃は、7歳前後に見える。



明るい茶色の髪。それよりも印象的だったのは、長い前髪に隠れ気味のふたつの瞳。



碧い瞳と、もうひとつは…。



「……こんにちわ。…きいちろうくん」

「…キイチロウ…?」

「あ、初めまして…だったわね。わたしは警部と元同じ警察署で働いていた小湊美沙と言います」



美沙は少年に目一杯微笑んで見せた。



しかし黄道は眉をひそめ



「……圭一郎だ…」



少年はそんな黄道に聞く。



「…ケイブ…って…?」

「…たぶん、俺のことだな…」



そしてふたりは揃って美沙を見つめた。


「あ、あれ…?」



美沙はさっき黄道に車の中で手渡されていたくしゃくしゃのプリントを


慌ててポケットから取り出すと、開いてじっくりと見直した。




「……けいぶ、わたし、なんか、変なこと言いました?」

「小湊……」

「は、はいっ?!」

「何度も言うようだが……俺は警視監」



呆れた様子の黄道に



「あ……す、すみません!!」



美沙は慌てて頭を下げた。




「それから…こいつの名前はけいいちろう。さっきのプリントにもそう書いてあっただろう?」

「え…? あ…」



もう一度見直したプリントにはしっかりと『圭一郎』という文字。



ふたりのやり取りを見ていた圭一郎は



「ジュン、このヒト、圭をカタカナの『キ』…って読んだの?」



不思議そうに黄道に聞く。


「かなり無理はあるが……小湊、それは『けいいちろう』と読むんだ」

「……」

「おばさん……字、読めないの?」



軽蔑したように言う圭一郎。「それで警察官なの?」



「お、おばさん?!」

「そこはすぐに反応するんだ…」



美沙の反応にくすくすと笑いだす。



笑う圭一郎の表情は、小さなひまわりの花のように愛らしい。



しかし、美沙は自分の顔を指差し



「その、お、おばさんって…?」

「うん。おばさんのこと」



笑顔で頷く圭一郎。



くくく…とその横で黄道が笑っている。



「坊っちゃま。失礼ですよ…」



そのまた横で、リアは笑いをこらえ気味に言う。「す…すみません……」



「あのね。…君の言ってるおばさんっていくつからなのかな?」



極めて穏やかに圭一郎に問う美沙。


「うーん…。それって『いくつを基準に言ってんの?』ってこと?」

「…きじゅん…?」



首を傾げながら言う圭一郎に美沙は目を丸くした。



「うん。まあ、ボクには10代はお姉さんの部類かな。おばさんは10代じゃないよね?」

「……」



美沙は小さく溜息をつく。「で、でも……」



言いかけて見回すと、ふとリアと目が合った。



「じゃ、じゃあ、この人は? ほら、わたしと同じ年くらいじゃ……」

「リアは18だよ。明らかにおばさんよりは年下だけど」

「じゅ、18!?」

「小湊。君は圭一郎にはリアと同じ年代には見えないってことだ」



今まで黙って見ていた黄道がふたりの会話に割って入った。「諦めろ」


「だって、警部…」

「坊っちゃま、お客様に失礼ですよ。……小湊さん、すみません…」

「いえ…。悪いのはわたしの方で……」

「リア! ボクお腹空いたぁー!!」



圭一郎は美沙の前を素通りしてテーブルの椅子に座り、食事を黙々と食べ始める。



「あ…あの…けいいちろうくん…。今、4時前だし、こんな時間にたくさん食べたらお夕食が……」

「後にして。…ボク、これが朝ごはんだから」

「あ、あさごはん?!」



「……圭一郎は…」黄道が話し始める。「極度の不眠症なんだ」



「ふ、不眠症?! 子供なのにっ?!」

「そこ、『子供』ってとこ不要だから! 子供が不眠症になっちゃいけないの?!」


圭一郎は黄道と同じようにフォークでお皿の端をチン…ッと鳴らした。



ふたり揃って行儀が悪いんだ。


美沙は呆れて黙った。



「それにさ、ボク約24時間食べてないから。食べるのに集中したいんだ。悪いけど、ちょっと静かにしててよね!」

「……」

「……だ、そーだ」



いつの間にか黄道も、同じようにテーブルについてゆったりと珈琲を飲んでいる。



「小湊さんもどうぞ」


当然のようにリアは美沙にも珈琲をすすめてきた。



「…あ、すみません…」

「少し、待っていてくださいね。もうすぐ坊っちゃまの食事が済みますので」

「いえ。お気になさらずに…」



美沙が言いかけた時



「ふう…」


お腹が満たされたのか、圭一郎がナイフとフォークを置く。



「ジュン……仕事?」


そして黄道の方を向いた。「何か、ボクに話す事があるんじゃない?」


「警部…?」



美沙も黄道の顔を見る。


「話って…? こんな子供になんの話が…?」

「ちょっとおばさん!」


美沙に向けて圭一郎はフォークを突き刺すように向ける。「ボクは子供じゃない」



「坊っちゃま!!」


リアが慌てて圭一郎の持っているフォークを取り上げた。


「取るなよ! 食べらんないじゃん!」

「人に向けてフォークで指すなんて、お行儀が悪いです!!」

「ちぇ…ッ!」

「もう、舌を鳴らすなんて。ほんとにお行儀悪いです!!」



リアは恥ずかしそうに下を向く。


「リア、君が悪いんじゃない。……圭一郎、おまえの言う通り、俺たちが今日ここに来たのには理由がある」



あの黄道が人を慰めるなど…。



美沙には今日一日見てきた黄道の一連の行動全てが


信じられない気がしていた。


「ひとりの女生徒が行方不明になった」

「け、警部! そんな事件の事を子供に軽々しく言うなんてっ!」

「だから、ボクはただの…「『子供』じゃない」」



圭一郎と黄道の声が被った。




「ただの…子供じゃ、ない?」




美沙はふたりの顔を交互に見つめる。



「そう。しかもボクは、その行方不明のおねえさんを捜す事が出来るんだ」


圭一郎は美沙に向けてニコッと微笑んだ。「…たぶんね…」































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