第4話 機密扱いの少年


「ーーご……《護衛》?!」

「《護衛》と言うのは間違いか……。つまりは… 《小間使い》…いや《付き添い》…?」

「……」



い……今、確かに途中で小間使いって…。


自分で自分に聞かないでよっ…!



「そう《付き添い》だ。…つまり、《護衛》兼 《付き添い》だ」

「そう何度も言わなくても…」

「ま、食べろ」



仕方なく、美沙はパスタを食べ始めた。「それって仕事…なんですか?」



「無論だ。だが、他の署員たちには内密に頼む」

「な…内密…? その人って護衛しなきゃいけないほどの大物なんでしょうか?」



少し考え込んで黄道は


「……ああ。俺にとってはな…」



意味深な発言をする。



「そんなに大切な女性 ( ひと ) でしたら、自分で《護衛》すればいいじゃないですか?」

「いや…彼には俺よりも君の方が…」

「か…彼?! だったらなおさら警部のほうが!」

「警視監だ」

「け…けいしかん……スミマセ…ン……」

「とにかく、時間が惜しい。早急に片づけなければならん事件もある」

「じ、事件ですか?! やっぱりわたしでは……わたし、交通課ですから!」

「だが君は、刑事課に移動したがっている…と聞いたんだが?」



美沙はフォークをカチーンと皿の上に落とした。



「そ、それ、誰にっ?!」

「…ああ。峰岸くんだ」



ーーくっそ…峰岸…!



「…だ、だけどわたしでは…ご期待に添えないかも…」



渋る美沙に黄道はフォークで自分の皿の端をカチカチと軽く叩く。



「ま。聞け」

「…お行儀悪いですよ…」

「もし、この《護衛》兼 《付き添い》がうまくいけば、俺から今の君の上司に話してやろう。交通課から刑事課に移れるようにな。なんなら警視監付きの部下に抜擢してやってもいい」

「…で、でも……わたし…権力を行使する事は…」

「安心しろ、極力スムーズに務める。だが、断れば、君はこのまま一生交通課勤務になるんだぞ」

「……」



……一生交通課勤務……。



「それってとても極端すぎるんじゃ……?」

「警察にとってはそれほど重要なことだ」



それは


自分にとっては…という事なのでしょうか……?



だけど、一生交通課勤務だなんて…。


そんなご無体な……



ーー『一生交通課』…。



美沙の頭の中にこの言葉がぐるぐると回っていた。




「……あの…」

「…なんだ?」

「わたしが…その話を断ったら、ほんとうに…?」

「一生交通課勤務か? まあな。俺と関わりを持った奴が、今までどういう顛末に陥ったか……君も馬鹿ではないだろう?」

「……」




確かに…。


この人に関わった人たちはことごとく左遷か降格に……


誰一人として元の職場に戻ってきた人はいない。



前の役職だった上司もどこに行ったのやら…。誰もその事にツッコミを入れる人がいないからか、未だに謎に包まれたままだ。



わたしもそうならないとは限らない……。



「……あの…わたし…」



パスタをとうに食べ終えた黄道に



「このまま、何も聞かなかった…という事にはなりませんか……?」


美沙は意を決して話し出した。「そう…何も聞いていないって…」




物事には、見ざる。言わざる。聞かざる…と言うことわざもあるのだ。



オーナーは黄道の食べ終わったお皿を下げ


頼んでもいない食後の珈琲を置いて行った。




「……聞かなかったこと…?」



黄道のカップを持つ手が止まる。



「…それは…?」

「…だからですね…。警部は何も言わなかった。そしてわたしも何も聞かなかった…と」

「……」



その沈黙が怖い…。


「……つまり君は、何も聞きたくない…と?」

「は、はい! そうです!!」



美沙はコクコクと頷いた。



「……」




しばしの沈黙の後、「ーー君は…」




黄道は静かに口を開いた。



「今からひとりの少年に会う…」

「…は…?」

「その少年の存在は国家機密にも匹敵する…」

「…あの…?」

「君はその少年を全力でサポートしなければならない…」

「…けいぶ…?」



そして


持ち上げたままだった珈琲を一口飲むと



「……と、いう事を俺の口から聞きたくない…と…?」

「…え…?」

「俺は警視監。…君は、今聞いた話しを聞かなかった事にしたい…と…?」

「……? 」



口をアングリと開けたままの美沙に


「気にするな…独り言だ」


黄道は何事もなかったかのようにまた一口珈琲を飲んだ。



ひ…ひとりごと…。


こっかきみつ…?



この人は…どうして突然喋り出すのか…。


しかも、それを独り言だと…?



「そうか…。わかった…」



ーーカチン…



カップを受け皿に置くと、黄道は席を立ち上がり



「君は…今の、俺の独り言を聞いていたか?」


真顔で美沙に質問する。



「…え…? あ…」

「今、聞いた話しで覚えていることを言いたまえ」

「…え…?」

「ほら早く!」

「あ…『こ…こっかきみつ…全力でサポート…』ーーはっ!!」



美沙は慌てて口を押さえる。



次の瞬間


黄道はニッと笑った。




店を出た美沙は黒塗りの車に乗せられていた。



その隣りには清々しい黄道の顔。




こ…こんな手に引っかかったなんて…。


悔しい…っ……!!




警察官は些細な言葉でも、右から左に受け流すのではなく


一旦は頭に止めておかないといけない。



それが些細なことでも、どんな事が事件の解決に繋がるかわからないからだ。


その教えが裏目に出るなんて……。




黄道の顔を憎々しく睨む美沙。



そう睨むな。確かに俺は君に鎌をかけたが……悪気があった訳ではない」

「……そうなんですか…?」

「あれだな。…君が俺の役職を、未だ間違った認識をしているのと同じ理屈だ。君も俺のことを警視監とは呼ばず、未だに警部と呼ぶのには、悪気がある訳ではないのだろう?」

「…も、もちろんですっ!!」




そこは強く言い切ってしまった…そんな自分が不甲斐ない…。


しかし、この黒塗りの車は、明らかに警察車両ではない。


つまり……これから行くところは警察とは関係のない所なのだろう。




ゆ…誘拐……?


わたし、誘拐されたんじゃ…?!




ーー ガチャガチャ…!



美沙は慌てて自分側のドアのロックを確認する。


あ…開かない…?!



その様子を冷ややかに見つめる黄道。



「安心しろ。…君が思っていることは断じてない。俺が断言する」

「警部?! わたしが思っていることがわかるんですか?!」

「……警視監。…ま、大体はな…」

「で、でもこの車…」

「ああ。その通り。これは警察車両ではない」

「だったら…っ?!」

「今から行く所は警察関係じゃないが、警察に多いに関係がある所だ」

「……」



それきり黄道は何も話すことをせず


美沙も敢えて質問をしなかった。



その後


車は大きな門の中を通り、広い敷地内を走り出した。



庭園…とでもいうべきだろうか?



辺りを木立に囲まれている一本道を走っている。



ーー どこまで広い敷地なんだろう…。


都内にこんなに広い敷地を持つお屋敷があったなんて…。




美沙はこの24年間生きてきて初めて知った。




しばらく敷地を走った後、車は古い洋館の前で止まる。




「ここだ」



運転手がドアを開け、黄道は車を降りた。



美沙も続いてそのドアから降りる。




「大きな家……」




家を仰ぎ見る美沙の横で、黄道はチャイムを鳴らした。



ふと


辺りを見回している美沙の目に


古い真っ赤な屋根の犬小屋が入ってきた。



小屋の前には、水が入った水色の容器がひとつ置いてある。



けれど、美沙は何と無くだが、その光景に違和感を感じていた。




「……なんだろ…?」




その時



ーー ギ~~~ーーー…



重苦しい音を立て、玄関の扉が開いた。




「Mr.黄道?」

「み…ミスター黄道?!」



日本に不釣り合いなこの言葉は…?




美沙は犬小屋から開いた扉に視線を移した。



青い目の金髪美人がそこに立っている。




「リア。彼はもう起きたかな?」



その金髪美人は笑顔で頷いた。「はい。そろそろ降りてこられると思います」




よかった…日本語大丈夫なんだ……。



にこやかに答えた女性の視線は


そのまま黄道の後ろにいる美沙に向けられる。



「あの…そちらは?」

「ああ。小湊くんだ」

「…こ、こんにちわ…。小湊です…」




美沙は黄道の横にやって来て頭を下げた。




「よかったな。日本語で…」


黄道は美沙に耳打ちする。「君の拙い英語が、俺は是非聞きたかった」


「…………」




つくづく嫌味な男だ…。


美沙は口を尖らした。



そんな美沙にリアと呼ばれた金髪の女性は笑顔を向ける。



「初めまして。黄道がこの家に人を連れてくるのは初めて……ですよね?」



美沙は黄道の顔を仰ぎ見る。



「……そうなんですか?」



見つめられた黄道は視線を逸らし



「……そうだったかな?」

「そうですよ! どうぞ!」



リアは家の中に入って行った。



「お邪魔します…? 警部?」



黄道は辺りを伺うようにしながら玄関の扉を閉め、美沙に小声で言う。「言っただろ。此処に来る事は機密事項だと…」



「は、はあ…」

「分ったならさっさと黙って入れ」



そして、彼にせっつかれるように家の中に押し込まれた。



どこで人が見てるって言うのよ…。




その後も、黄道はリビングの窓という窓の様子を丁寧に見て回っていた。



リアはさっきから食事の準備をしている。




ーー お昼、食べてきたんだけどな…。それに、もう夕方だし…。




美沙は手持ち無沙汰のように家の中を見回した。




外見もさることながら、建物の中も豪華の一言で。


1DKに住んでいる美沙にとって、この屋敷の広さはまるでお城のようだと感じていた。




























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