第3話 ランチと意に沿わない依頼


そうだ。彼は無駄な動きをしないままに異例の出世をした。



30代前で警視監になるなど、何か上役の弱みでも握っているのだろう……と、今でも密かに噂されている。



……そう。彼は非常に胡散臭い奴なのだ。



そんな胡散臭い奴からのワイロ的なモノを空腹とはいえもらってしまった…。



これは無理難題を引っ掛けられても容易に断ることは出来そうもない。




「ーーで、多少空腹が満たされたトコロで…。君に折り入って話しがある」



きっ、キターッ!!


心の中で心の声が木霊する。



「…なっ…なんでショウか…っ?!」



不自然にギクシャクしている美沙の姿に



「…どうした…? 目つきが変だぞ」



いつも動じない黄道が少しうろたえている。



「い…いえ…な、ナンデモ……」

「言葉も変だし……外出てランチ食べるか? 頭に血が回ってない感じがするぞ」



ランチ…?



今のわたしにはとても魅力的な言葉だけど…。



「勤務中なのに……外出してもいいんですか?」

「ま、俺といっしょなら大丈夫なんじゃないのか? 俺は一応警視監だからな。話しは食べながら…という事で」

「は…話し…?」

「いや。そんなに気にする事でもない」



ーーいやいや、気にするでしょ……。



美沙は黄道に続いて外に出た。




外に出るなり


時計を見る黄道に連れて来られたのは



「時間も無いことだし。…ここにするか?」



美沙が今まで来た事のないオシャレなレストラン。



「ここって、予約なしでは入れないんじゃ…」

「ブツブツ言うな。入るぞ」



さっさと先に入る黄道。



美沙は辺りを見渡した。




ここは都内でも有名なレストランで


予約は3ヶ月待ちだと聞いたことがある。



今でさえもランチのお客さんが


数名、待合席で名前が呼ばれるのを待っている。



こんな高級なレストランに予約なしで入れるわけがない…。



この人 ーー


きっとここがどんなレストランなのか知らないんだ……



「どうした? 早く来い」



扉を開けて黄道が美沙を呼ぶ。「小湊!」



「…ああっ! もうっ!!」



美沙は自分に向けて開け放たれている扉を強引に引っ張って


店内に足を踏み入れた。



「そんなに腹が減っていたのか?」



途端


待合席で笑いが起こる。



「……!」

「少し待っていろ。今、店の…「あ、あのっ!!」…オーナーに席を用意させるから」

「……え…?!」



黄道の言葉に、美沙は一瞬固まった。


「…小湊?」




……今…なんと…?!



「…お、おーなー……?!」

「……」

「お……」

「……?」


「これはこれは黄道様」




黄道は口を開けて固まっている美沙から


声をかけてきたタキシードに蝶ネクタイの男性の方に視線を移した。



「おひさしぶりにございます。本日は当店を使っていただけるなど…誠に恐縮にございます」

「ああ、オーナー。元気そうだな。……その趣味の悪い蝶ネクタイは相変わらずだが」

「ご勘弁ください!! お父上にはまだこの格好をしていることは御内密にお願いいたします…」




『オーナー』と呼ばれた蝶ネクタイの男性は、頭を掻きながら美沙の方に振り返る。


「こちらが本日のお連れのお客様でございますか? …これは…また…」



美沙を頭の上から足先までジロリと眺め


言葉もなく口を押さえて密かに笑っている。ーーように見える。



「……悪かったですね…」

「こいつが今日の連れだ。オーナー、席に案内してくれ」

「ああ、はい! こちらにどうぞ」



他の客を尻目に、二人だけ店内に案内し始めた。



さらに



「「「「黄道様!! ようこそ!!」」」」

「「「「「いらっしゃいませ!!」」」」



皆口々に連呼する。


しつこいぐらいにウエイターさん、ウエイトレスさん達の愛想が良い。



いくら異例の出世をした人だからって


程度にもよる…。



おまけに


連れ立っている自分の事をヒソヒソと噂している…ように見えた。



「失礼な…」



美沙は多いに憤慨していた。



「こちらにございます」



オーナーは椅子を引いて先に黄道を座らせる。



メニューを開いている黄道を横目に



「……座らせてくれないんですね…」



仕方なく美沙は自分で椅子を引いて座る羽目になった。



「俺に椅子を引いて欲しければそれなりの女になれ」

「はぁっ?!」



…何ですとっ?!



「こほん、…こちらが本日オススメのお料理にございます」



驚き気味に黄道を睨む美沙を無視して


黄道はオーナーの指すメニュー以外の料理名を人差し指で示した。



「これから行くところがあるからな。小湊、簡単なモノでいいな?」

「…は、はあ……」

「ではコレを」

「かしこまりました」



オーナーが下がったのを見届けると



「さて。君に話しがある…と俺が言ったのは覚えているな」

「は…はい……でも、その……いくらわたしでも…出来ないことは…」

「……? 君が何を思っているのかは分からないが、安心しろ。君の能力を超えるような無茶な事ではない」



その言葉に美沙がホッと息をついた時、早々に料理が運ばれてきた。



ちょっと…? 注文したのはついさっきですけど…。


きっちり3分以内ってどういうこと?!



「お待たせいたしました」



オシャレなお皿の上には鮭とイクラのパスタが乗っている。



「ぱ…パスタって、最低でも茹で時間入れると10分はかかるんじゃあ……?」

「ご心配なく。こちら優先でご用意させていただきました」



ーーって、オーナー?!


それって先に注文していたお客様の料理を


こっちに持ってきたっていうわけですかっ?!



「オーナー。いつも仕事優先で申し訳ない」

「黄道様! そんな、勿体無いっ!!」



オーナーは米つきバッタのように何度も頭を下げている。


どうやらいつもこちら優先で料理が運ばれてくるらしい。




「さて。君に話しというのは……」

「あの……大丈夫なんでしょうか?」

「あ…?」

「…お料理、こっち優先って……いくら警察官だからって…」



フォークでパスタを巻く黄道の手が、ふと、止まる。



「…いつも自分優先にお料理持ってきてもらってるんですか? け、権力反対…!」



美沙は小さく拳を振り上げる。



「…何がしたいんだ? 君は。……早く食べないと冷めちまうぞ」

「あの、わたしの言いたいことはですね、お客様とかお店に迷惑かけるのって…いくら警察官だからって…」

「ここは父の店だ」

「え…?」

「店の者が俺中心なのは昔からだからな。そんなこと考えたことも無かったが……いつも仕事の合間にしか来られないから、オーナーも気を遣ってくれているんだろうとしか思っていなかった…」

「……」


少し考え気味の黄道に


「あの……そんなに考えこまなくても…」



美沙が言いかけた時



「……考えるのはここまでだ。話しというのはだな…」

「……」



あまりにも早い切り替えに美沙は呆れた。



この人は…反省するのも無駄に早いのか…?!



「……君に、ある人物の《護衛》を頼みたい」


















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