第5話 冷たい雨の日4

 小柄な子供を着替えさせてからわかった情報をここで追加しておこう。俺が岩陰から連れてきた小柄な子供は……少女だった。

 いや、まあ今更だが言わせてもらうと、女の子の感じはなんとなくしていたが――でも本人が何も話さないし。見た目は……微妙だったからな。とりあえず早く着替えさせないといけないと思っていたし。まあ本当はボロ布だけではないだろうという考えだったのだが。まさかこの小柄な子供が着ていたのがボロ布だけとは……だった。まあ着替えにより、明らかに男の子ではないことが分かったのだった。早い段階で気がつけたのは多分いい事だろう。わからんが……。


 ま、まあ、さすがに緊急事態ということと、多分見た目まだ子供。7歳8歳の小さな子供ってことで俺は勝手に大丈夫だろうと頭の中で考え。着替えが終わった少女が再度自分で火に当たっているのを確認してから。少し離れたところで俺も服を着替えた。俺もずぶ濡れになったからな。本当ならもう1枚上着を着ていた。あの上着はそこそこ水をはじくので、ここまで濡れることはなかっただろう。でも上着は少女に着せたため。俺は岩陰からずっと山小屋まで雨に打たれていた。寒い寒いだよ。下手したらこっちが風邪をひく。下手したら倒れるよである。山の中で倒れたらまあそれは死に直結するからな。他人が通ることなんてほとんどないし。おまけに雨で夜。助かる見込み話だろう。

 まあそう考えると――今暖炉の前で温まっている少女は、運が良かったとも言えるか。俺が通ったからな。まあ今の状況ではまだ安心はできないと思うが。


 自分が着替えたあと俺は室内にも火を灯した。机などにも明かりを置いたことにより部屋が明るく。そして気持ち。ほんの少しだが室内も暖かくなった気がした。ちなみに俺の行動は少女にチラチラ見られていたが。気にしなかった。はじめに俺が少女の視線に気がついた時に、少女の方を見たらすぐに視線を外されたためだ。多分話したくない?話せない?みたいだったからな。とりあえずそっとしておいた。

 室内に火をつけた後。俺は再度少女の近くへと移動した。その際少女は火をずっと見ていた。先ほどまでチラチラ見ていた割に近くに行くと全く顔を合わせようとはしなかった。でも逃げるとかそういうことはなく。大人しく火の前に座っていたので、俺は乾いたタオルと手に取り。


「髪拭くからな」

「……」


 一声だけかけて俺はパパっと少女の髪をタオルで拭いた。少女の髪が少しボサボサになったが――でも濡れている。少し土が付いているよりは良いだろう。まあそれに火の近くに居るので、ある程度拭いておけばだった。

 少女の髪を拭いた後俺は自分も髪を軽く拭いてから。少女を気にしながら。少しだが家にあった食材でスープを作ることにした。本当に簡単なスープだ。町で買った野菜の残りだけで雑に作るスープだから。他人に与えるような物じゃないかもしれないが。少しは身体が温まるだろうし。あと多少でも栄養があるだろうと俺は考えながら、火で暖まっている少女の隣で小鍋を持ちスープを作ったのだった。

 ちなみに俺がスープを作り出すと、お腹は空いているのか。少女はコソコソ。チラチラという形でこちらを見ていた。そんな少女を横目に見つつ。少しして俺は自分が作った小さなコップを近くの棚から取り。まず少しだけスープと野菜を入れ。これまた俺が作った小さめのスプーンをコップ内に入れて少女へと渡す。


「ほら、飲め」

「……」


 俺がコップを差し出すが――少女は困ったような表情をするだけだった。さすがに作っているところを見ていたからか、こんな雑な料理は食べれない。食べたくないか――と考えたが。その時だった。俺は少女を見つつとあることに気がついた。


 この少女……ちょっと怯えてないか?


 よく見ると今は火の方に差し出していない手が小さく震えていた。震えていたのは雨に濡れ寒かったからと思っていたが――あれからそこそこ火にあたっているし。先ほども少女の身体に着替えや髪を拭く際に触れたが。見た感じ連れてきたときよりかは表情もよくなった気がする。でも良く見るとまだ少女は少し震えている。


 ちょっと考えてみれば当たり前だった。いきなり知らない男に抱きかかえられ山小屋まで運ばれてきた。それにもしかしたら、先ほどから俺の声に反応が無いのは、言葉がわからないから。という可能性も今更だが浮上した。通じてなければ何を言っているかはわからないだろう。これは俺自身が昔経験しているので――もっと早く気が付くべきだったが。気がつけなかった。あと、何度も言っているがここ何年か。俺は必要最低限の人との接触しかしていなかったので、ふと少女と会ってからの自分の行動を思い返してみると――話しかけるにしても、会話というか。雑に単語だけというのか……あまり子供相手。子供の視線、目線での会話をしていなかったのでは?これはもしかして――少女を怖がらしているのでは?ということにやっと気が付いたのだった。気が付くと同時に俺の頭の中ではまた懐かしい声が聞こえてきた気がした。


『マナアキ。子供と話すときは子供の目線の高さを合わせないと』


 そういえば昔言われた気がする。これは――彼女が知ったら説教ものだろう。まあ今は許してほしいが。無理かな?いや、ホント俺がちゃんと人と接しようとするのは久しぶり。まあレオは除くだが。あいつは――まあいろいろあったから。レオとは誰かと聞かれるかもだが。それはまた後だ。今は目の前で困ったような表情をしている少女の相手が先だからな。


 俺はちょっと考えてから。行動に移した。


「——あー、えっと、悪い。怖がらしていた……か?えっと――なんだ。えっと……何も無くて悪いが。野菜が少し入ったスープだ。その――まあいきなりってか、嫌いかもだから、野菜は食べなくてもいい。とりあえず温まるだろうからスープだけでも飲んだらどうだ――?って、待て待て話す前に――えっと俺の話している事分かるか?言葉大丈夫か?」

「……」


 俺は久しぶりに長く話したためか。自分でも何を言っているのだろうか。整理してから話せよと、言った自分に思いながらも。再度俺が少女に話しかけると――俺が話し終えたタイミングで少女は小さくうなずいてから、コップを受け取ろうとしているのかゆっくり両手を伸ばしてきた。つまり言葉はわかっていたらしい――って、少女の手はまだ震えていた。それに小さな手にはまだ力はなさそうだ……って、今更気が付いたが。この少女手を怪我していた。手のひらが見えていたが。切り傷?こけて手をついたのだろうか?そんな怪我がチラッと見えた。この状況ではコップなどを持たすのは危ない気がした俺は――。


「あっ、えっと。怪我してるよな――ちょっと待て……持たすのは危なそうだからえっと――治療もだが。まずは暖まる。何か食べた方が言い出ろうから――あっ、そうか。ほら、多分そこまでは熱くないはずだが。気をつけて飲めよ」

「……」


 怪我ということを新たに知った俺は、何をどうしたらいいか。どの行動をするのが正しいのかわからなかったが。でもとりあえず――少しでも何か食べさせてやろう。俺も昔腹が減って倒れそうだった時一口でも何か食べた時の幸せさ。ということを思い出し行動に移した。だが、弱っている少女。それに怪我もしてる状況で、コップを持たせるのは危ないと判断をし。その後すぐ俺は少女の隣へと移動ししゃがんだ。そしてコップからスプーンに少しだけスープを乗せ。少女の口に差し出したのだった。


 果たしてこの行動は正しいのかはわからないが――昔彼女はこうやってするのが好きだった。ということを思い出した俺はそんな行動を少女にしていたのだった。

 

 さすがに少女はいきなりの俺の行動に一瞬だけ驚いたような表情をしていたが――でも逃げることはなく。少女はゆっくりと小さな口を開けてくれた。それを見た俺はゆっくりとスプーンを少女の口へと近づける。


「――気をつけて飲めよ。熱いかもしれないから。ゆっくりな」


 恐る恐る少女はスプーンの上のスープに口をつけ……温度は大丈夫だったらしく。再度少女はスープの上に口をつけスープを飲んだのだった。そして――たった1杯。ほんの一口だけのスープだったが飲んだ後すぐに少女は俺の方を見てきた。どうしたんだ?と俺が少女の方を見ると。


「……お……い……しい」


 カスカスの声だったが。少女はにっこりしながら俺に言ってきたのだった。


「……」


 少女の言葉を聞くと俺の中で何かがほぐれた。やっと安心したのかもしれない。いきなり慣れないことをしていたから。もし間違っていたら――などという気持ちがあったのだろう。でも少女の声と表情を見たら――俺の身体から無駄な力が抜けた気がした。あと――とっても懐かしい気持ちに何故か俺はなっていた。あの頃のような暖かい時間を久しぶりにこの山小屋で感じていた。ここ数年間は全くなかった気持ちだ。

 

 これが俺とマナのファーストコンタクトだ。

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