第3話 冷たい雨の日2

 目の前には今にも生き絶えそうな小柄な子供が居る。助ける……べきだろう。いや、即助けるべきだ。今から俺が小柄な子供を抱えて町へと向かえば――誰かは助けてくれる。手助けしてくれる。教会に行けば必ず助けてくれるだろう。

 だがこの場所からヨイキテンツチッカまで、小柄な子供を抱え戻るとなるとかなり距離がある。その間この小柄な子供は耐えられるだろうか。様子を見る限り猶予はなさそうだ。

 ちなみにこの岩陰から近いのは俺の家。山小屋だ。町まで行くよりはるかに近い。森を抜けたらすぐだ。それに山小屋に行けば暖も取れて多少なりとも食料がある。

 この小柄な子供が助かる唯一の方法。俺の頭に浮かんだ唯一の方法だった。

 自分の出来る行動は浮かんでいる。なら早くその行動を起こせばいいが、俺は自分の過去に邪魔されてまだ手を差し出せていなかった。


 すぐにでもすべき行動は頭の中にあるのに、その頭の中にある行動のすぐ隣には……。


 ――また失う怖さ。

 

 今の状況からして、ここでこの小柄な子供に関わってしまうと。しばらく俺はこの小柄な子供と関わることになるだろう。家出して来たのか。迷子なのかは現状わからないが。でも訳ありなのは今の姿を見ればわかる。少し前の町。俺が子供のころならボロ布1枚の子供がまだ町にも居たかもしれないが。今の町の様子からしてこれはちょっと考えにくい。最近では孤児でもちゃんと町で暮らすことが出来るようになっているはずで、って、ヨイキテンツチッカでは前からか。とりあえず、町中を歩いていれば保護されているはずだ。でもこの小柄な子供はこんな山の中に1人で居る。ここに来る場合町を必ず通るはずだ。

 まあ山の中にいきなり捨てられたという可能性も無くはないが――俺には覚えがある。何を思ったのか居ないことがわかっているのに、ふらふらみんなを探して山の中に入り迷子になった子供の事を――何故そんなことをしたのかは今でもわからない。でも――目の前の事から逃げ出したくなれば意味の分からない行動もするだろう。だからこの小柄な子供も……訳ありだろうと俺は考えていた。


 このままこの小柄な子供に関わると。この子供の世話を多少なりとも俺がすることになるだろう。助けても助からないかもしれない。そうなったら……また失う。そもそも俺に関わった人は……いなくなる。そんな俺がこの小柄な子供に関わっていいのか。

 いや、俺もわかっている。俺に関わった人が全員が全員いなくなるわけではないことを。それに俺の責任ではないと言ってくれる人もいた。でもまだ俺の頭の中には……整理できていない多くの失った友人。恩人——彼女が残っている。


 昔の記憶が一瞬だったかはわからないが俺の行動を阻害していた。考えれば考えるほど、目の前で弱っている。弱っていっている小柄な子供の事が俺は見れなくなっていっていた。俺なんかが助けれるのか……。


「——マナアキ」


 するとどこからだろうか。懐かしく優しい声が聞こえた気がした。もちろん気のせいだろう。この場所に居るはずがないからだ。もしかしたら――一瞬彼女の事を思い出したから記憶の中の声が聞こえたのかもしれないが――その気のせいにより。俺は再度目の前の小柄な子供を見ることが出来た。


 再度見る小柄な子供は――震えている。本当に今にも息絶えそうな状態だ。


『——何を考えているんだ。馬鹿だ俺は』


 俺は頭の中に浮かんできた過去の記憶を無理矢理押し返す。確かに俺はここ最近極力人とは関わっていない。必要最低限の接触のみだ。自分から誰かに接触することはほぼほぼ無かった。なかったのだが、俺は子供の前にしゃがみ声をかけた。


「……おい」

「……」


 俺の問い掛けに小柄な子供は反応しなかった。もしかしたら聞こえてないのかもしれない。雨音も強くなってきていたので、単に俺が小柄な子供の返事を聞きそびれただけの可能性もある。でも反応も出来ないような状態だったら、それだけ危険な状態だということだ。だがまだ生きているのは先ほどからの小さな身体の震えで分かっていた。

 小柄な子供からの返事はなかったが、俺はその場でサッと着ていた上着を脱ぎ小柄な子供にまずかけた。雨具ではないので濡れているが。多少は水をはじいているのでマシだろう。なお、その際に小柄な子供の身体。肌に少しだけ手が触れたのだが。とても冷たかった。ちゃんと触った訳ではなかったが。それでも冷たいのがわかるくらいに、身体が冷え切っていた。いつからこの状態なのかは、俺にわからない。そもそもこんな日にボロ布1枚で、雨に濡れていたらすぐに身体は冷えるだろう。

 数十秒前までの無駄な考え事をしていた馬鹿な奴の頭を誰か殴ってほしい。あの数十秒が小柄な子供の分かれ道だった可能性もある。何をくだらないことで、ちんたらしているんだと。目の前を見ろ。動け。とな。


 俺は薄暗い中。小柄な子供を包むように着ていた上着を着せた。俺と小柄な子供では体格差がかなりあるので、上着だけで十分包みこむことが出来た。そして小柄な子供を上着で包むとすぐに抱きかかえた。びっくりするくらい軽い身体だった。普段運んでいる枝の束の少し重いくらいだ。とにかく軽かった。ちなみに息はまだある。小柄な子供の顔がちょうど俺の耳近くに来たため息をする小さな小さな音が聞こえていた。大丈夫だ。まだ間に合っている。

 

 俺は子供を抱えるとすぐに暗い山道をまた歩き出した。慎重に、でも先ほどより歩くスピードは速く。本当は時間がかかっても町の方へと向かった方が良かったかもしれない。という考えが頭の隅にあったが。少しでも早く雨から逃れ、身体を温めた方がいい気がした俺は自分が住んでいる山小屋へと急いだのだった。


 森を抜けてしばらく登れば俺が住んでいる山小屋だ。山なので町中のように街灯などの明かりはもちろんない。さらに俺は1人暮らしなので山小屋にも明かりはついていない。さらに今は悪天候で夜だ。はじめてここを通る人は山小屋。建物があるなんて気が付かないだろう。でも俺はちゃんと山小屋の場所をわかっている。まっすぐ最短ルートで山小屋へと向かった。


 バタン。


 ドアを開けて室内へと入る。やっと雨から逃れることが出来た。山小屋の中はもちろん真っ暗だ。ぼんやりとしか室内はわからないが――俺はここに住んでいる。だからどこに何があるのかはわかっている。


「着いたぞ」

「……」


 室内へと進みながら俺は小柄な子供に声をかけるがやはり反応はない。でも――まだ息はある。暗い室内を進み部屋の左奥にある暖炉の方へと向かった。

 

 この時の俺は本当に久しぶりに、誰かのために必死に行動していたのだった。数十分前に考えていた事などもう頭の中にはなく。今は小柄な子供を助けるためにだけ動いていた。

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