やっかいな感情──美咲花サイド
──日曜日はスズネと一緒にろうえい先輩をデートに誘いませんか?
スズネちゃんからわたし宛にそんなメッセが届いたのが昨日の夜の事だった。
わたしはしばらくベッドの上に寝転がってそのメッセを眺め「デート」の文字を何度かスクラッチくじを削るみたいに擦った。なんでそんな事をしたのかはよくわからない。そもそも、なんでわたしと一緒に郎英とデートに行こうというメッセを送ってくるのもわかんない。三人で遊びに行くというのならわかるけど、デートて二文字が引っ掛かる。
──別にわたしと一緒じゃなくても二人で好きにすればいいんじゃないかな? どうしてわたしもなの?
送信を押して、胸の上にスマホを置き大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。胸の奥が変に熱くなってるのはなんなんだろう。よくわからない。
わかってるのは、
(ちょっと、メッセにトゲがありすぎたかな?)
なんであんなにトゲトゲしいメッセを返しちゃったんだろうという後悔が胸を締めつけると同時にスマホが振動した。確認をすると、スズネちゃんからの返信だ。すぐに返信を開く。
──フェアじゃないかなって思いまして
意味がよくわからない。わたしは気づくと短い文章を素早く打って返信した。
──フェアってどういうこと?
何分とも掛からずにスズネちゃんの返信が届く。すぐに開く。
──フェアはフェアです。スズネはミサカちゃん先輩も大好きですから、一緒がよかったのです。スズネは大好きな人達と幸せになりたいのです
結局、何を言いたいのかよくわからない。幸せになりたいてどういうこと、好きな人とじゃなくて「達」の意味はなに?
一瞬「幸せになりたい」の意味を聞こうかと迷ったけど、フリックさせようと押したままの指は止まり、迷った末に打ち込んだ文章は次の通りだ。
──よくわからないままだけど、スズネちゃんの好きにすればいいんじゃないかな。デート、たぶん喜ぶと思うよ。わたしは明日は用事があって無理だから二人で楽しんできて、ゴメンね。
送信を押すと同時に、わたしはスマホの電源を落として眼鏡をケースにしまった。電気を消しシーツを顔まで掛けて瞳を閉じ眠る事に集中した。あそこからなんて返したらいいかなんてまったくわかんなかったから。今のわたしには、わかんないから。
そして、夜が明けて日曜日。スズネちゃんは本当に郎英をデートに誘いに来たようだ。太郎おじさんと話す外からの元気な声が聞こえないわけはない。
しばらくして、二人がデートに行く後ろ姿を二階の窓越しからそっと眺めるわたしは、何をやっているんだろうと手元のクッションを抱きしめた。用事なんて無いのに、嘘をついてしまった日曜日。いったい、何をして過ごせばいいんだろう。
*
夕方──庭の花壇に水を撒いていると、郎英が帰ってくるのが見えた。なんだか、ボーッと心ここに在らずな顔で帰ってくるので思わず声を掛けてしまった。
「お帰んなさい」
「お、おおっ、美咲花ッ、おう、ただいま」
ボーッとした顔がハッとしてわたしに振り向いて、片手を上げて返事をした。なんだか家族みたいなやり取りに笑っちゃう。郎英に「おかえりなさい」わたしに「ただいま」て返すなんて何年ぶりだろう。でも、郎英の目は若干、挙動不審に動いた。それはなにか隠し事をされたようでムッとする。胸の奥の熱さがぶり返して、喉元までなにかが登ってきそうになるのを静かに吸い込んだ空気と一緒に呑み込んだ。
よし、わたしは冷静だ。話しを続けても大丈夫。
「スズネちゃんとどっか出かけたんでしょう?」
「え、知ってたの?」
そりゃ知ってるわよ。あんたが知るよりも前から知ってるわよ。本当はわたしも一緒だったかも知れないんだから。朝からあんなに元気な声を聞いてたら気づくわよ。なんで、隠そうとしてんのよサラっと言えばいいじゃない。
いけない、また胸の奥が熱くなってくる。クールになれクールに。熱を冷まして、冷静に。
「そりゃあね、デートに行けばて言ったのわたしだから」
あれ? なんで、こんなに微妙な嘘を言ってしまったんだろう。一緒にデートに誘おうって言っていたのはスズネちゃんなのに。わたしも素直に言えてない。あぁ、イヤだなこういうの。嫌いなわたしが出てきてる。
「あ、そうだったのか」
どこかホッとした顔をしているように見えた。尖った目をしているかもしれないけど、そう見えた。また、胸の奥が熱い。
「なに、キスでもされたとか?」
「えっッ」
冗談めいて適当な事を言ったら、目を大きくして右の頬を触った。本当にキスされたんだ。そこに、キスされたのね。すっごく、胸の奥が熱くなってきている。
わたしは気づいたら手に持ったホースを郎英に向けていた。
「わっっ、なにをする気でっ」
「別に水なんて掛けないわよ。そんなベタな事するわけないでしょ」
発射ボタンに添えた指の力は寸前まで込められてたけど止めた。郎英をビシャビシャにする意味なんて無い。むしろ、この水を頭からぶち掛けて冷静になるのは……わたし。でも、そんな事したらおかしく見られる。このホースはいらない。
気づいたらホースを放り投げて、郎英にこっちに来いと手招きをしていた。
「ん、なに美咲花?」
郎英はなんの疑いも無く近づいて来た。わたしは、無自覚に郎英の頬を触っていた。無理やりに左の頬を向かせて、スズネちゃんとは反対の方にキスをしてやろうかと思った。それとも、同じ頬に上書きのキスを……。
「いや、美咲花?」
郎英の少し乾いた唇が動く。なんでわたし、郎英の唇を見つめているの?
困惑した顔を真正面に見つめて、何をしようとしているんだと冷静になって、頬を触った理由を考えて、とりあえず郎英の両頬をパチンと叩いてしまった。
「えっっ!?」
「虫が、逃がしたみたいだけど、虫がいたのよ」
何がなんだかわからないといった顔で頬を抑える郎英にわたしは適当な
「あぁ、そっか、ありがとな」
「ど……どういたしまして」
バカ正直に信じてるのかどうかはわからないけど、信じたならそれでいい。わたしは今の関係がいい。拗らせるような行動をとる勇気は無い。なんでもない距離感がたまにバグってる幼なじみが一番いい。わたしは、自分に何かを言い聞かせながらホースを拾いあげて、蛇口を閉めてグルグルと蛇口にホースを巻いて片付ける。後ろを向くとまだ同じ場所で突っ立っている郎英に顔を向ける。
「……深い意味は無いって、言えないのよ」
「ん、それって」
「ッッ、自分で、考えてみれば、いいじゃないッ!!」
言うだけ言って、わたしは家の中へと逃げてしまった。
何を言ってしまったんだと部屋の中で頭を抱えたけど、もう遅いような予感がする。
いや、一晩経てばきっと、いつものわたしに戻れてる。そうしよう。そうじゃないと……ダメだ、わたし。スズネちゃんの「幸せ」にはなれそうもない。
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