落し物と幸せと
「そうか、スズネちゃんが拾ってくれてたんだ」
諦めて再購入しようと検討していたワイヤレスイヤホンをまさかスズネちゃんが拾ってくれてるとは思わなかった。
「はい、本当は拾ってすぐに渡せばよかったんですけど、ろうえい先輩の持ち物が欲しいな、なんて悪いスズネが現れて渡しそびれてしまいました。新しいワイヤレスイヤホンを買ってろうえい先輩にプレゼントしてしまおうとも考えていたんですけど、この子にはペアになってるもう片方のイヤホンさんがいるんだよねと思ったら引き離すのは可哀想だなって、だからろうえい先輩の元にお返ししようと今日のデートにお誘いしました」
スズネちゃんは「ごめんなさい」というようにペコりと頭を下げた。
「頭をあげてスズネちゃん、あやまる必要はないよ。こうして返してくれようとしてくれてるじゃない。それに、このイヤホンを拾ってくれたおかげで俺はスズネちゃんとデートできたわけでしょ。逆に感謝しないとね、ありがとう」
「感謝されるとなんだか不思議な気分ですけど、ろうえい先輩がそう言っていただけるならいいです。スズネもろうえい先輩とデートできてイヤホンくんに感謝します。ありがとうね」
「ははは、それじゃあ俺もイヤホンにもっと感謝しちゃおうかな?」
色んな感謝が混じりあってなんだかおかしくなって笑ってしまう。スズネちゃんもニコニコホンワカと蕩けるいつもの
「なんだか、こうしてると随分と前から仲良しな友達て感じだよね。そのワイヤレスイヤホンを拾ってくれたあの日が俺たちが初めてあった日で──」
「──随分と前から仲良しなお友達……なんですかぁ。ふぅむ」
急にスズネちゃんが難しい顔をする。あれ、いったいどうしたんだろう? 俺、なにかまずい事を言っちゃっただろうか?
「そうだなぁ、神さまの前だからなぁ、少し欲張りさんになってお願いの前借りしちゃうのも良きかもしれませんねぇ」
「ぇ、ちょっとごめん、なにを?」
手の中のワイヤレスイヤホンを眺めながらスズネちゃんは何やら呟いてるようだが、何かはよく聞こえない。何を言ってるのか聞こうと近づいた瞬間、顔をこちらに向けて彼女はニッコリと笑っていた。
「ろうえい先輩、ちょこっと耳をこちらに向けてもらってもいいですかぁ?」
「え、なんでそんな事を?」
「うぅん、おまじないというかぁワガママというかぁ。とにかく、耳をこちらに向けて欲しいんですよぅ」
「よくわからないけど、まぁいいか。それじゃ、はい」
「ありがとうございますぅ。でわ、えいっ」
何がなんだかわからないがスズネちゃんは悪いイタズラをするような子じゃないのはわかっているから大丈夫、耳を差し出すと彼女はワイヤレスイヤホンを急に耳の奥にキュッと差し込んできた。耳の奥に冷たい感触が伝わり思わずビクッてなると同時に、スズネちゃんの腕が、俺の肩を触り
「んッ」
柔らかな感触が俺の頬に触れた。それが何かと認識するまで、山の木々を揺らす風のざわめきがやけに喧しく聞こえた。いや、これは、俺の心臓の音か。そんな事もわからない程に、頭が痺れて動かない。
やがて、俺の頬を濡らす優しく、暖かい艶やかな感触が離れていった。それは数秒も経ってはいなかったのかも知れないが、俺の時間はゆっくりと流れていたのではなかろうか。その瞬間は、彼女の想いに時を奪われていたのではなかろうか。そんな詩人めいた感想が柄にも無く、頭を巡った。
俺が、ぼうっとスズネちゃんを見つめると、彼女は唇に指を添えて照れた表情をしていた。
「……今のって」
「はい、キスですね。チューとも言いますか」
「わ、分かるけど、どうして?」
「それは、だって」
スズネちゃんが添えた指を離して、唇を揉むように動かし、目を逸らした。頬に桜色が散ったように見え、胸が痛いくらいにドキドキとさせてくる。
やがて、スズネちゃんは柔らかな唇を開いた。
「だって、仲良しな「友達」て言うから」
「え、と」
「ニブチンはダメだってずっと言ってますよ。スズネがろうえい先輩に向けて欲しいのは「
上目遣いなスズネちゃんのいじらしくも愛らしい瞳がこの想いからは逃がさないと強く抱きしめて来るようで俺の身体は動かない。
「でも、ろうえい先輩をスズネの好きという気持ちで縛りたいわけでもないのです」
「え?」
唐突にパッと明るく柔らかないつもの笑顔へと戻って、俺のドキドキとした心を急に離してきた。
「スズネはですね、ろうえい先輩に「幸せ」になって欲しいのです」
「し、幸せって?」
「幸せは幸せですよぅ。スズネがろうえい先輩を幸せにする。もしくはろうえい先輩の幸せの中にスズネの居場所を作る。そのためならこうやって攻め攻めなスズネでろうえい先輩を誘惑してみちゃったりもします。唇はフェアではないのでターゲットはほっぺに決めてましたぁ」
スズネちゃんは自分の右の頬を可愛らしく突っつきながら後ろに下がってゆく。少しイタズラな笑いを見せ片目を瞑り、両指でカメラを作りだして、こんな宣言をした。
「はい、スズネはこれから恋に本気にろうえい先輩の幸せになる事をここに宣言します。心のカメラはカシャリと先輩をロックオンしますからねぇ、お覚悟です」
スズネちゃんの両指のカメラから覗く大きな飴玉のような瞳が閉じられた。あぁ、そんな可愛いく心のシャッターを切ってくる彼女からは逃げられないなと思った。
きっと、俺の幸せの中に君は確実にいるんだなって予感がする。
けど、今はもうちょっと──「友達」の君を見つめていたい。そんな事を言ったら怒られてしまうだろうか?
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