保坂先生という存在
「なんもしてねえよ俺らなんもしてねえんだよっ!」
「重いっ、どけテメェっ!」
「はい、おまわりさんちゃんと見てたから二人ともおとなしくして立って、ほらっ」
「「……はい」」
もつれるようにすっ転んだ男女は言い訳を喚きながらおまわりさんに立たせられると打って変わったしおらしさで俺たちから距離を取るように連れていかれた。
「おーい後安くんみんなっ!」
「大丈夫かっ、ケガないよなッ!」
後ろの方から意流風先輩と下城の慌ててスクランブル交差点からこちらに血相を変えてダッシュしてくるのが見えた。
「もしかして、二人が警察を?」
「いや、それは保坂先生だよ。様子がおかしい声に気づいてすぐに警察へっ」
「ほら駅前のすぐ近くに交番があるだろっ」
すぐ後ろで別の警察官と話している保坂先生と町内会長さんの姿が見える。そうか、保坂先生が。おかげで間一髪ぶん殴られずに済んだんだな。後でちゃんとお礼言っとかないと。
「君たちも、一応事情聞きたいんだけど大丈夫? ショックで話せなかったりするなら後からでもいいから」
「あ、いえ、大丈夫です。僕は話せますから、お願いします」
「あ、わたくし達も、大丈夫です」
こっちに近づいてきたおまわりさんの声に我に帰って、俺たちはトラブルになった経緯をおまわりさんに説明した。
*
「うん、事情はよくわかりました。生徒さん達は何も悪くないですね。後はこちらでなんとかしますから、もう大丈夫ですよ」
「はい、よろしくお願いします」
保坂先生と俺たちはおまわりさんへ深々と頭を下げる。おまわりさんもこちらに一礼をしてからパトカーの方へと駆けていった。
「いや、生徒さん達を危ない目に会わせて申し訳ない。せっかく清掃のお手伝いをしてもらっていたのに、しっかりとした安全を確保できなかったこちらの落ち度です」
町内会長さんが本当に申し訳なさそうに俺たちに頭をさげてくれる。その下がる白い頭を見てるとこちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いえ、それは引率顧問として生徒を預かる身である私も同じです。君たち、怖い思いをさせてしまってもうしわけない」
保坂先生も俺たちに頭を下げる。そんな、みんなでバラバラに広がって地域ゴミ拾いをしていたのに全ての生徒の行動に目を配らせる事なんてできるわけが無い。悪いのはポイ捨てをして、暴力まで振るおうとしたあの人らなのに。なんで悪くない人達が頭を下げないといけないんだろう。心中の納得のいかなさはみんなも同じく感じたようで表情悔しく、特に大和屋さんは唇を小さく噛んで身体を震わせていた。
*
ボランティア清掃側と保坂先生、意流風先輩、大和屋部長さんが集まって話し合った結果。清掃作業時間はまだあるが今日のボランティア同好会とお嬢様部合同清掃活動のお手伝いはここで終了することとなった。
「お嬢様部の子達のね。行動理念はとても素晴らしいものだと思っていますからね。よろしければ、今後ともまたご協力はさせていただきたいと思っていますので、またいつかご一緒できればと」
「はい、心あるお言葉をありがとうございます。ご縁がありましたらまたよろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いします」」
お互いに深々と頭を下げ、町内会長さんは優しい笑顔で頷いて足早に去ってゆく。保坂先生はその背を見送ると、集合したボランティア同好会とお嬢様部へと顔を向けた。
「今日はここまでとなってしまいましたけど、みなさん大変よく頑張りました。午後と明日の日曜日は各々英気を養って、元気に明後日も学校で会いましょう」
先生なりの
「あの、先生、皆さん。今日はわたくしのせいで……その」
大和屋さんが俯きがちに前に出て、みんなに深々と頭を下げて謝罪をしようとする。そんな、謝罪をする必要なんてまったく無い。大和屋さんは何も間違った事はしていないじゃないか。むしろ。
「その謝罪は違うっすよ大和屋部長! 君はなにも悪いことはしていない、顔を下げるなんて絶対ダメッ!」
大和屋部長の下がる頭を強く真っ直ぐとした声を張りあげて止めたのは保坂先生だった。キッと強い眼差しでジッと真っ直ぐ彼女の眼を見つめ両肩を掴み彼女の頭を決して下げさせようとはしなかった。
「あなたは立派な事をしたと誇ればいいんだ。
「そうですよお姉さまっ」
「お姉さまはわたくし達を守ってくださいましたでしょっ」
「先生……あなた達」
保坂先生と大和屋さんが後ろ手に守っていた二人のお嬢様部員、緑川さんと立花さんの言葉に大和屋さんの潤みの強い眼には堪えきれない優しさの溢れた感情が涙の粒となって現れてくる。
「ほらほら、泣いちゃうと部長の威厳が無くなっちゃいますよ?」
「ううぅ、ゥン……ぁ、モモちゃあぁん。ウウゥッ」
「あーもうしょうがないっすねぇマヤちゃんは。みんなの前だからねぇ、ほらぁ」
色んな感情が混じりあっただろう堪えきれない涙の粒を保坂先生は親指で拭って、抱きしめて背中を優しく叩いた。その姿は生徒と先生というよりもどこか年の離れた仲の良い姉妹のようにも見えた。その周りを囲うようにして、お嬢様部の部員さん達も優しく二人を見守っている。
「なんか、ウルッときちゃうねえ、私、大和屋撫子くんの事を誤解してたのかなあ」
「おい、おマッチせんぱいも泣くな泣くな。でも、お嬢様部の子らがどんな子なのかはわかった気がするな。みんな、いい子らじゃんか」
「そうね、ボランティア同好会ともしっかり話し合えば一緒に仲良くやっていけるんじゃない?」
「ヤマヤちゃん、本当にステキな部活を作っていたんですねぇ」
我らボランティア同好会も貰い泣きをする意流風先輩を中心にして、優しく大和屋部長さんとお嬢様部のみんなを少し離れて見守るのだった。
*
「あの……お見苦しい所をお見せいたしまして」
暫くすると保坂先生に背中を押されて大和屋部長さんがこちらにやってきた。頬を赤らめるような表情でジャージの裾をいじりながらモジモジとしている姿はとても恥ずかしそうである。
「なに、恥ずかしがる事はないよ。君の
「……大街先輩。あ、ありが、あり、ありが、んっ、んぅっ。あ、ありがとうございます」
ウルとした涙を即座に拭った意流風先輩が薄く微笑み激励をすると、うまく回らない口を咳払いで慌てて調整した大和屋さんは照れくささを残しながらも嬉しさが勝った柔らかな笑顔でその激励を受け取っていた。
「それとあの、チネネちゃん、後安郎英先輩、柳楽美咲花先輩」
嬉しげな表情のままに意流風先輩に一礼をして、今度は俺たちの方に大和屋さんは近づいてきて
「先程はありがとうございました」
深々と頭を下げてきた。
「皆さんがいなければわたくし達はどうなっていたかわかりませんでした。助けていただいたご恩は生涯忘れませんわっ」
「いやいや、生涯だなんて大袈裟だって」
「そうですよぅヤマヤちゃん。先輩達はヤマヤちゃんと同じように当たり前な事をしただけです」
「こらこら、率先して向かって行った
「そんな事を言わずにこの子の君たちへの感謝を素直に受け取ってあげてくれないでしょうか?」
照れくさく謙遜しあってる俺たちに保坂先生が目元を優しく笑わせながらこちらに近づいてくる。
「先生からもボランティア同好会に感謝を伝えたい。それと、これからもお嬢様部と仲良くしていただけると嬉しいです」
「では、ありがたく感謝をちょうだいいたします。もちろん、同じボランティア精神を志すお嬢様部とは仲良くさせていただきます。ふふっ、いやぁ、もう仲良しだったかなあ? 」
意流風先輩が代表して感謝の意を受け取り、大和屋部長さんにウインクを送る。
「は、はい、もちろん仲良しですわよっ。とても、仲良しですわっ」
大和屋部長さんは強く頷き、意流風先輩のウィンクと言葉を受け取り、嬉しそうな表情だ。良かったなと思っていると大和屋さんは俺の顔をチラリと見て、フィッと顔を下に向けてこちらに一歩近づいてきた。
「あ、あの、そのですね、後安郎英先輩にも、もう一言だけお礼の言葉を」
「ん、俺に?」
はて、改まってなんだろう?
「勝手にハーレム部だとかなんだとか、妙な噂に流されて失礼な事を言ってしまって本当に申し訳ございません。危険を顧みずにわたくし達を守ってくださった先輩が、そんな色欲に塗れた行為をするはずがありませんわよね」
「あ、いや、そんな事は気にしてはいないし、君がどう思ってようがいいんだけどもっ」
「……ん、ちょっとハーレム部てなんすかね? 色欲に塗れた行為て後安郎英くん。きみ、先生としては捨て置けない言葉が耳を貫くんすけど」
「誤解ですよっ。本当になんにもやってませんっ。僕を信じてお願い
保坂先生がジトーッとこちらに細い眼を向けてくるんですけどっ。本当に誤解なんですよっ。
「まぁ、今のは茶目っ気な先生なりの冗談です。そんなハーレム部なんてもんを学校が許すはずがありませんし、それに君はなんというか、そんな女の子に色々手を出すなんて甲斐性無さそうすもんね」
「いや、それはそれで傷つくような……まぁ、誤解されてないならいいんですけど」
不意打ちに砕けた友達のような言葉遣いをする先生に一瞬、ドキッとしてしまいました。ただからかわれただけだと言うことにはホッとしましたけど、一枚も二枚も上手な大人の余裕を見せられるのもなんか悔しい複雑な気分ですわ。
「あ、あの、話はそれてしまいましたけど先輩。改めてお礼のお言葉をもう一度」
大和屋さんがもう一度俺の前に立って頭を下げてくる。いや、もうそんなに──ん?
「ごめん、ちょっと動かないでね」
「は、はい?」
一瞬、大和屋さんの頭に虫が止まりそうになるのが見えた。さすがに虫がいるなんて口に出したら驚かせてしまう。ここは何も言わずにそのまま払い出してあげたほうがいいと髪に手を伸ばす。
「ぇっ──それはっ」
が、逆に大和屋さんを驚かせて仰け反らせてしまった、その拍子に脚を縺れさせて転倒しそうになる大和屋さん。咄嗟に危ないと髪に伸ばした手で大和屋さんの腕を掴んでこちらへと引き戻した。
「ごめん、大丈夫だった?」
声を掛けると大和屋さんのキレイな眼がスズネちゃんに負けないくらいに、まん丸と大きくなるのが真正面から見えた。
「はあッ!」
「わあっ♪」
「いいっ!」
「ああぁっ!!」
傍でイヤにカラフルなボランティア同好会側のお声とお嬢様部の皆さんの黄色いようなピンクいような歓声に耳がキーンとなる。なんなんだと首を傾げてよーく状況を確認してみると、俺は大和屋さんの身体を抱きとめるようにガッチリと支えている……こ、この状況はどう見ても誤解されるやつでわッ。
「ご、ゴメッ」
「いいいイケませんわそんな、わたくしは宇市ちゃんガールでもあって、先輩に興味を持つのは
「お、落ち着いてッ、何言ってるかわかりませんけど、今のは確かに俺が悪かったから戻ってきてえッ」
慌てて身体を元に戻して手を離すがなんだか大和屋さんがおかしくなっている。いや、絶対に俺が悪いんだろうけど……あれ、なんだか肩を叩かれてるような。振り返るとそこには真顔な保坂先生がいました。
「あぁ~、わかりましたよ後安郎英くん。きみ、無自覚な天然ものってやつっすね。ん、それはそれとしてその子の感情をグッチャグチャのスクランブルエッグにするのは許しませんわ」
「ぇ、ちょっと何を言ってるのかよく分からないのですけど。先生、僕の知ってる先生と違う気がします。てか、ムジカクナテンネンてなあに?」
「ん、人間は幾つも知らずに仮面をすげ替えるものですから気にせんでください。それに、君とはまだまだ知った知らないの気安い間柄じゃないでしょう?」
いや、そのすげ替え仮面はとっても気になりますけどねという声を届ける事も無く。保坂モモ先生の圧力に俺は呑まれていったのでした。
その後、町内会長さんが持ってきてくれたお茶をみんなで飲んでから解散したのだが、何だか色んな
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