悪びれない悪い大人
「ですからっ、拾ってくださいと言っているんです。いますぐにッ」
怒りを抑えきれずに声を震わせる大和屋さんがお嬢様部の女子二人を後ろ背に隠すようにして、派手なヤンキーファッションの男女の前に立っていた。あの様子は明らかにただ事ではないとわかる。清掃ボランティアの方達もまだこの異変には気づいていない。気づいた俺たちが行かなければ。
「どうしたんんですかヤマヤちゃんっ」
「ぁっ、チネネちゃん」
ひと足早くたどり着いたスズネちゃんの声に、大和屋さんは安堵の声を漏らす。
「あ、なに? また面倒くさそうなガキ増えたんですけど」
脱色した傷みの強い長髪を指で巻きながら
「すみません、いったいなにがあったんですか?」
俺も遅れてたどり着くと、怒りを覚えるその態度にイラとした胸の奥を落ち着かせるように小さく息を整えながら、状況を理解するために肩出しスウェット女の方になるべく平静を装った声を掛ける。だが、白地に黒い模様の入った厳ついジャージ男の方がポケットに手を突っ込んで「あっ?」と俺を威嚇するように下から睨みつけながら割り込んでくる。正直、ちょび髭サングラスに金のネックレスというソッチ系なオジさんの臭いがプンプンとしてめちゃくちゃ怖くて後ろに下がりたくなった。だけど、先輩として後輩達を放って下がって逃げるわけにはいかない。いや、それよりも女の子の前でカッコ悪く逃げ出す自分は無しだ。俺は先輩としても男の子としても、カッコつけて前に踏み出す方を選ぶねっ。
「なにがあったんですか?」
俺はビビる心をしこたまシバき倒し無理やり心を奮い立たせ、もう一度、平静を装った声で同じ言葉を繰り返した。それを面倒くさいと感じたか、ちょび髭サングラスは舌打ちをひとつ返して、大和屋さんへと顎をしゃくった。
「そこのわけわかんねえのに意味不明な因縁着けられたんだよなあ」
「ぃ、意味不明ではありませんッ」
自分に向けられた悪意のありありとした視線に声を震わせながらも大和屋さんは自分の正しさを証明するために一歩前に出て反論をした。
「わたくし達はあなた方がタバコの吸い殻を捨てるのを見ていました。ただそれを拾ってくださいと言っているだけではないですかっ。どうしてわかって貰えないんですのっ」
大和屋さんが指差す地面を見ると、確かにアスファルトの上にタバコの吸い殻が二本転がっていた。
「それずっとそこに転がってたんだけど。なあ?」
「そうそう、おかどちがい? てえやつなあ、わけえ。ィハハハ」
「嘘をおっしゃいっ。わたくし達は見ていたと言っているではありませんか。何度も何度も言っているんですっ。この目で、ハッキリとっ。吸い殻にもまだ新しい火が付いたままでっ、危ないのっ」
「はあ、眼が腐ってるんじゃないのう? その頭と一緒で目ん玉もふざけてんじゃないのう。節穴てやつう。 ゴミ拾うんならマジメにやれっつうの」
「こ、この髪はっ、みんなで、考えて」
「ははっ、みんなで考えた髪なんそれ。バ──」
「──はいはい、よッく、わかりましたァッ」
あまりにも悪びれずにヘラヘラとする男女に悔しさと怒りを隠せずに身を震わせる大和屋さんはそれでも負けじともう一度声をあげようとする。だけど、彼女の真摯な訴えはこの男女の心には響く事はないだろう。
スズネちゃんの間延びしながらも強く立ちはだかるような声が我慢できずと割って入ったのはきっと友だちを傷つけ続ける許せなさからだろう。その語尾はいつもと違うものに感じ、眼だけを笑わせてアスファルトの上の吸い殻に指を差す。
「それでは、タバコを拾ってもらっていいですかァ?」
「ハアっ、なに俺たちが捨てたみたいになってんだ。ふざけんな、
「証拠ですかァ、はいそうですねェ~、タバコを吸う人は気づかないかもですけどタバコの臭いというのは身体に残りやすいんです。オジさんの身体からタバコの臭いがプンプンですし、ここ、見えてますかァ、タバコのひとつに口紅の跡がついてるでしょゥ、そこのおネエさんの口紅の色と同じですねェ、どうしてなんですかねェ?」
スズネちゃんの指摘にグッと息を詰まらせた女の方が視線をわかりやすくさ迷わせた。男の方が「バカ」と晒した肩を叩いて舌を打って苛立ちを強くしている。スズネちゃんは眼を細めて肩を竦め、吸い殻をもう一度指差した。
「はい、確定でいいみたいですねェ。拾ってください」
「ハアッ、なんなわけよわりゃああッ、なあッ!」
男が逆ギレしそうな勢いでスズネちゃんを突き飛ばそうと手を出すのがすぐにわかった。俺は咄嗟に身体をスズネちゃんと男の間に割り込ませる。
「ただのボランティア清掃の学生です」
「ボランティアあ?」
男が顔を近づかせて威嚇をしてくる。俺はそのサングラス越しの威嚇を真正面から受け取らせてもらう。このやろ、意外とつぶらな瞳じゃないのと怖さを別の思考で紛らわす。
「ぶ、部活動ですっ。街をキレイにするっ」
後ろから上擦った甲高い声が前に出てくる。美咲花だ。
「おま、前に出てくるんじゃありません危ないから」
「あ、危ないのはあんたも同じじゃないっ」
ごもっともな指摘ではあるが、こういう時は男の子のカッコつけを見せる時でしょうが、危ない目に会うのは俺だけでいいって事なんです。はい、わかったら下がって、と言って下がるやつでもないんだよなぁ。とにかく俺の前には出るなよ、本当に危ないかも知んないから。
「コノヤロウ、ガキが綺麗どころなオンナ侍らしてハーレムでも見せつけてんのか、あッ!」
男の事線になにか触れたようでイラつきを俺の方へと向けてきた。てか、見ず知らずのあんたもハーレム言うんかよ、急にどこに怒りを向けてんだ。いいから吸い殻を大人しく拾えって。だが、俺に怒りが向かってんならここは好都合かもしれんな。みんなを逃がすチャンスだ。よし、もっと俺に怒りをぶつけてこいっ。
「ぎいどんがっじゃゔぉいっ!」
「あの、なに言ってんのかわかんないし喉痛めますよ?」
「ばおぁっ!
男は俺の胸倉を力任せに捕まえて拳を振り上げた。あ、これ確実に殴られるな。ちょっぴり攻めすぎちゃったか。せめて顔はやめてボディにしてくんねえかな。痛いところは服に隠れた方が目立たないんだよね。
などと、考えるくらいに拳がスローモーションで飛んでくるのが見えた。意外ときれいな拳だな。実は殴り慣れてない感じ。まだ
「何してんだそこっ!」
突然、威圧感のある声が男の拳を止めた。
「や、やべっ」
「止まりなさい、止まれっ!」
男が慌てて俺の胸倉を放して逃げようとするが、威圧の声に竦んだのか足をもつれさせて態勢を崩し女に覆い被さるようにしてすっ転んだ。俺のすぐ後ろから男性二人が走り込んできて男女を捕まえて立たせる姿が見えた。
俺達の窮地を救ってくれたのはパトロール中のおまわりさんだった。
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