帰り道の鈍感ミドルキック

「それでは一緒に帰りましょうかぁ」


 部活動の生徒も帰り時刻となった放課後のチャイムが鳴るなか、ボランティア同好会の部室を出ると、スズネちゃんが声と身体を弾ませて下校のお誘いをしてきた。ゆるふわなロングウェーブ髪もにこやかな蕩けた蜂蜜笑顔と一緒に楽しげに揺れている。


「ああ、途中まで同じ電車だったわよね。まぁ、わたしはいいけど、あんたもいい?」


 美咲花はスズネちゃんからのお誘いに頷いて了承すると、眼鏡のつるフレームの隙間を縫ったつり目がちな眼で俺を見上げて確認をしてくる。


「断る理由は無いんじゃないでしょうか」


 もちろん、俺もオーケーでしょう。てか、仲間外れはやめてもろて、寂しくなっちゃうから。


「私は部室の鍵を返してくるから、気をつけて帰るように、と、今日は色々とすまなかったねぇ」

「そうだよう、初対面だっつぅのに後輩使い荒れぇぞぅおマッチせんぱい。貴重な休日をひとつ潰すんだから、絶対に負けらんねえっすよ」

「わ、悪かったよ。藁をもすがる思いだったんだ。私だって朝九時からのウルトラマ──いいや、なんでもないっ。それにしてもボウシくん、君は少々馴れ馴れしすぎやしないかい?」

「そっすかねぇ、まあフレンドリーに馴れ馴れしい芸人根性がボウシさんのアイデンティティてやつなんで、おマッチせんぱいも意外と悪くないと思ってんじゃないっすか」

「まあ、悪いか悪くないかで言えば悪くないと言える竜と輪舞ロンドを踊る破天荒なお姫様の気分だねぇ」

「あっはははっ、何言ってんのか全然わかんないけど、やっぱおマッチせんぱい面白ぇなあ。そういや、地元は学校から近いんすか?」

「じ、地元? 私がいま住んでいるのは光櫛浜ひかりくしはまだけど?」

「マジでッ、アタシと同じッ。なあんだあご近所さんなら言ってくれたらいいのにぃ。こっちはこっちで帰り道の親睦深めましょうよう。帰りにヌードルにキャラメルコーンぶち込みません?」

「ぇ、ええっ、ご近所かどうかは知らないけど。ま、まぁ、いいんじゃないかな。ボッチ帰りも寂しかろうし……ん、ところでなんだいその美味しくなさそうな組み合わせッ、今日の腹いせに罰ゲームというやつなのッッ」


 意流風先輩と下城もあっちはあっちで楽しそうな下校のお誘いを成立させているようだ。


「むぅ、みんな帰り道が一緒と言うわけにはいかないのですねぇ」

「しょうがないわよ、帰り道まったく違うんだしね」

「心がしょぼ~んですねぇ」

「まあまあ、俺たちはいるからさ。ホンワカパッパと元気に帰ろうよッ」

「あ、スズネそれ知ってますよ昔むかしのパパが子供の頃のドラちゃんの歌です。ホンワカパッパホンワカパッパ♪」

「あ〜、二人とも話それすぎると帰る電車遅れちゃうから、お歌はキリのいいとこでストップお願いね」


 美咲花に冗談交じりに窘められて、またしてもしょぼ~んなスズネちゃんにみんなが笑顔になり、俺たちは下校の徒につくのだった。




 *



 ガタンゴトンと揺れる電車の中は帰りも満員御礼おしくらまんじゅうだが、いつものひとり帰りではなく今日は美咲花とスズネちゃんがいるので普段よりは楽しい下校になった。スズネちゃんはゆるふわな口調で楽しくおしゃべりが止まらないようで、美咲花もそれを聞き、口許を柔らかに笑わせながら話を聞いている。


「それにしても、やっぱりヤマヤちゃんでスズネの中ではちょっぴりビックリしましたねぇ今日は」

「わたしから見たら全然ビックリしたって感じには見えなかったけど、やっぱり大和屋部長さんって普段はあんなお嬢様オーラ全開て感じじゃないの?」

「んー、本人の許可が無いから基本はお口チャックしますけど、いつもは髪型も普通ですし、色んなものの掛け算をよくやってますからねぇ、あ、でも前髪を長くして目元はなんでかいつも隠してましたねぇ。うーん、お嬢様部て部活を作って行動してるのは、噂で聞いてましたけど、実際にお嬢様になってるのは初めて見ました。あと、放課後はドロンと消えるのが多かったからその時にはお嬢様部を始めてたのかも知れませんねぇ、今日は真実にたどり着けてスッキリとした探偵さんの気分がよくよくよ~くわかりましたねぇ」

「へー、じゃぁ普段は友達からみても全然違う子なんだね」

「うーん、スズネは友達とは違うみたいなんですよねぇヤマヤちゃん的には。スズネは友達だと思ってるんですけどねぇ。思春期な乙女心は難しいのかも知れません。そんなイケズゥ~な所も可愛いんですけどねぇ」


 大和屋部長さんの事を話すスズネちゃんはとても楽しそうであり、どれだけ大好きかがよくわかる。これで向こうからは友達と認められていないのか。にしては、スズネちゃんの事を大事に思ってそうな節は所々にあった気がするけどな。


「どうみても友達っぽいけどね、ま、本人が認めたくないなら今はそれでいいんじゃないかしら? スズネちゃんのしつこさならいつかは想いを届かせられるんじゃないの」

「そうですねぇスズネのしつこさなら──て、えぇッ。スズネはしつこいと思われてたんですかっ。ガビーンですッ」

「ハハ、自覚なかったのね。でも、慕われるていうの? 意外と悪い気はしなかったから、落ち込まないでよ、わたし達はこんなに仲良くなれたんだしね」

「はぁーい、わかりましたぁ。もちろん落ち込むなんて勿体ない事しませんよぅ。パワードスズネでこれからもしつこく頑張りますッ」

「立ち直り早っ。もう、憎めないなあ本当に」


 スズネちゃんはスーパーロボットが必殺技を撃つようなポージングをして、美咲花はそれを見て可笑しそうに笑っている。今日の朝であったばかりの二人は今日という日が終わり始める夕方にはずっと昔からの友達のように楽しくはしゃいでいる。

 昨日この子に告白された時にはこんな事になるとは思って無かったけど、スズネちゃんにはきっと、人を巻き込んで惹きこむ不思議な魅力があるんだろうな。

 俺もいま笑顔になってしまっているんだろうか、スズネちゃんは俺に柔らかな笑みを向ける。この笑みにはなんだかちょっぴり焦げたパンケーキへひとつ垂らしの蜂蜜を掛けたようなイタズラっぽさがあるなと感じていると、人差し指を顎に当てた上目遣いで真ん丸な飴玉お目目が見上げてくる。


「ふふふ~、しつこい「想い」はいつか届くかもしれないそうですよぅろうえい先輩」


 うーん、これはもしかしなくても俺を好きだというスズネちゃんの「想い」を言ってるんだろうか。いつかはその想いへの答えをしっかりと出さないといけないんだろうけど、今は……。


「はい、もちろん今すぐ応えろじゃないですよぅ。もっともっと色んな好きを重ねていって想いの果実は実らせるべきなんですから。ねぇミサカちゃんせんぱ~い」

「な、なんでそこでわたしに振ってくるのよっ」

「はい、どんなに美味しい果実でも熟しすぎると甘さを持ったまま地面に落っこちてしまいますよって事ですかねぇ?」

「かねぇ。て、例えの意味がわからないんだけど」

「今じゃなくてもいつかわかればいいんですよぅ。スズネはフェアとか平等とかいう言葉が意外と大好きだったりしますからねぇ。妖精さんのフェアリーという言葉は可愛い響きですし、美しく咲く花、白いぼうし、意外と流れる風の心地良さ。今日一日で色んな大好きが増えてしまいましたからねぇ」

「なんか言ってる言葉が難しくなってない?」

「スズネはちょっぴり詩人な気分になりましたぁ。ようするにみんなスズネの大す──あ、そろそろ国岩駅ですよ。乗り換えで降りないといけませんね」


 スズネちゃんは意味深な事を色々と言って、ほんわか元気に電車を降りて行き、俺たちも後に続いた。ホームの階段を上がり、改札口まで来るとスズネちゃんはスマホアプリWESTERウェスタを起動させたスマホ画面をヒラヒラと揺らし。


ICOCAイコカのチャージはまだまだ余裕ありですねぇ。それでは、ろうえい先輩ミサカちゃん先輩。またねのバイバイでぇす」


スズネちゃんは自動改札口を抜けると俺たちへ元気に振ると自由通路へと消えていった。


「結局スズネちゃんは電車の中では最後なにを言いたかったんだろうな?」

「……さあね、わたしスズネちゃん本人じゃないからわかんない。とりあえずあの子のICOCAチャージが万全で良かったんじゃない?」


 美咲花はちょっと澄ました顔で言いながら、先に一番ホームに向かって階段を降りていった。



 *




「なあ、ひとついい?」

「なによ?」


 玖球駅くたまえきをに到着し、美咲花と並んで家近くのセブンイレブンまで歩いてきたところで、ひとつ気になっていた所を聞いてみた。


「ここまで一緒に帰って来たわけだけど、いいわけ。学校でも今日は割と話してた方だし、名前もそっちの方から呼んできたじゃない?」

「なによ、不満あるっての?」

「いいや、むしろ嬉しいよ俺は、ただどうしてかなと思っただけ」

「別に……意味なくなったかなあって」


 美咲花はそっぽを向く。ま、理由はなんとなくわかっちゃったけど。


「美咲花さぁ、一年から急に学校でよそよそしくなっちゃったのって俺のハーレムウワサが原因なんじゃない?」


 美咲花は一年の終わり頃に噂が流れてきたと言っていた。ちょうど美咲花いわくの冷戦状態となる時期と一致している。俺としてはまったく冷戦でもなんでもなかったわけだが、本人が冷戦だと言うので余計な事を言わんでおこう。恐らく、自分がハーレムの一員に思われるのがイヤというよりかは、ただ、俺がこのウワサで傷つくと思って言わなかったんだろうな。俺の自慢の幼なじみ、そういうところ結構あります。


「ありがとな」

「は、いきなりなによ?」


 美咲花が目線だけをこちらに向ける。眼鏡の横から覗くつり目がちな眼がこちらを見つめてくるのを見ながら。


「俺、美咲花のそういう優しいところずっと「好き」だわ」

「──ッッッッ」


 美咲花の眼が大きく見開いて、口端がヒクヒクと震えるのが見えた。ん、どうし──


「そんな思わせぶりなことサラッと言っちゃうから知らんまに勘違いする子増やしていってんでしょうがッ」


 甲高い裏返った声と共に強烈な蹴りミドルがお尻に飛んできた。えぇ、なんで蹴られちゃったんですかボクちん。


「ちょっとなにすんのっ」

「知らんわッ、自分の胸に聞いてみなさいよッ」


 美咲花は肩をだいぶ怒らせて先の登り坂をズンズンと進んで行った。あぁ、元通りとはいかなくてもいい感じになったと思ったんだけどなぁ。やっぱり仲直りまではもっと時間掛かるのかなぁ。トホホ。

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