襲来? 真正お嬢様部部長!! (二)


 放課後――ボランティア同好会部室。


「あばばば、私はワタシ、逃げ出したい事もある無邪気なばかりに逃げ出して後輩達に丸投げしたいそれでいいんだよッッ」

「よくねえよ落ち着けっ最上級生」


 弱気テンパリングにガタガタとポルターガイスト顔負けに身体を超振動させているただ今ポンコツぶっ壊れ中の意流風先輩を椅子に括り付けて真正お嬢様部の到着を待つ。


「うぅ、つい興味に引かれて来ちゃった」

「うっはははっ、右に同じくだわ」


 なんだかんだと理由を付けて美咲花と下城も付き合ってくれるようでありがたい。目を放すと意流風先輩がプレッシャーで逃げ出してしまいそうだから、四方を囲むだけでも効果はバツグンだ。

 スズネちゃんの姿はまだ見えないが、先輩のガタ着き速度の激しさを見るにそろそろお嬢様部のご到着時間のようだ。先にお出迎えという事になりそうである。

 微かに規則正しい上履きの音が近づいて来るのが聞こえて来た。だが、その足音はひとりだけのものに聞こえる。


 ――タッタッタッ、キュヵッ。


 部室の前で、規則正しい足音が止まった。どうやら、来たようだなお嬢様部。意流風先輩ほどではないにしても少し緊張してきて、俺たちはゴクリと息を呑む。


 コツコツコツと、リズミカルに扉を叩く音がする。


「失礼いたします」


 凛とした声音が響き、静かに扉が開いた。そこから、フワリと優雅な風が部室に流れてくるような気がした。俺の眼はみやび魅力オーラを放つただひとりの存在に惹き付けられた。

 星校ほしこうの茶色いブレザー制服を見事に自分の魅力に染め上げ着熟きこなし、真っ直ぐに背筋が伸ばされ胸を張るその自信に溢れた立ち姿。同じ星陰高校の制服なのに、彼女が着るそれはまるで上流階級なお嬢様学校の制服のように錯覚してしまいそうだ。確かにその胸元に流れる濃緑色ディープグリーンのタイは一年生の証であるのだが、堂に入った一七○センチはあろうかというシャンと伸びた背丈と大人びた顔立ちはまるで幾つもの人生観を持った歳上のような威厳さえ感じさせる。なぜだか長い睫毛まつげに縁取られた瞳を閉じたまま、スラリと長い手足がモデルウォークで颯爽と歩み、カールされた縦ロールの艷やかな長い黒髪がフワリと揺れている。優雅なお嬢様が俺たちの前に瞳を閉じたまま立ち止まり、濡れ光る薄い唇を僅かに震わせた。


「失礼、お待たせいたしましたわ」


 凛とした真っ直ぐな声を魅惑と響かせながら、お嬢様はカッと瞳を見開く。そこには満点の星が煌めく小宇宙が存在するように思えた。潤みの強い瞳には力というものが確かにあり、俺たちはお嬢様の魅力オーラというものに圧倒されていた。


「はじめまして、ボランティア同好会の皆さま、真正お嬢様部部長「大和屋やまとや 撫子なでしこ」がここに参上いたしましたわ」


 強気な目元を自然に柔らかく笑わせる。それはまるで誰をも優しく包み込んでくれる存在に思えてしまう。横の二人もそう感じているだろうと横目を見るが、シラ〜ッとした美咲花の視線ビームが俺に向けられていた。あれれ、心奪われるて感じてるのはもしかして俺だけかしら?


「ウㇷ、それにしてもいつもはおひとりでお出迎えですのに今日は部員さんを引き連れていますのね大街ボランティア同好会長さま。てっきり、いつものようなおひとりだけの孤高の部活動をなされているのだと思っていました」


 一瞬、俺たちをグルリ一瞥してから薄く笑う。意流風先輩にはなかなかに挑発的な圧の強い言葉で話しかける。一瞬の感じの悪さを感じたが、それよりも意流風先輩はこの圧に耐えられるのか? ずーっとこのお嬢様部長の恐怖に震えていたが。俺はさっきから返事の無く、ピクリとも反応を示さない先輩が気絶でもしているんじゃないかと後ろを振り返る。


「はは、ひとりだけで同好会と認められるわけはないじゃないか。ヒドイな、ちゃんと部員がいるという私の言葉を信じていなかったのかい大和屋撫子くん?」


 そこには、涼やかな碧眼ブルーアイズを細め、口端を緩く上げた理智的な笑いを魅せるミステリアスガールがいた。

 いや、あなた誰。さっきまでのポンコツパイセンはどこ行ったの? 美咲花と下城もあまりの変わりぶりに眼をまん丸にして顔を見合わせて困惑した表情だ。無理もない、俺だってビックリだもん。


「ウふふ、信じていなかったわけではございませんわ。わたくしの尊敬する大街先輩は孤高なる鉄血淑女ですもの。今日は部員さんを引き連れている事に疑問を持ってしまいましたの。そう、いつもはひとりでわたくしの前にいらっしゃるというのに、ねえ?」


 だが、どうやら大和屋部長さんにとってはこちらの先輩の方が見慣れているようで、優雅な笑みに隠した冷たく光る短剣のような淡々とした鋭利な言葉を口元から投げつけてくる。


「ああ、生憎と一匹の孤独な狼を気取るつもりは無くてね。君の方こそ、いつもの従者を引き連れてはいないじゃないか。ふふふふ、この私と二人きりでおしゃべりでもしたかったのかい?」


 だが、意流風先輩はその言葉の短剣を指二本で受け止めるような余裕めいた表情のまま、言葉の短剣をシュイと投げ返した。


「はぁ、おしゃべり? わたくしと大街先輩が二人きりで? それも悪くはなかったかも知れないですわね。水泡のように消えてしまった儚い夢ではありますけど、次の機会がありましたら……お相手願いますわ」


 その言葉の短剣を縦ロールを指先で弾き流す仕種と共に華麗に裁き、氷の刃を生成するような臨戦態勢で意流風先輩を威圧と見下ろす。先輩も余裕な表情は崩さずに、みつ編んだ金髪の結び目を指先で撫でながら大和屋部長を不敵に見上げる。


「構わないよ、絶世の美少女と二人きりのおしゃべりだなんて、身体の震えがどうにも止まりそうもない。まあ、ボランティア同好会には、私の忠実なる片腕である後安くんがいるからねぇ、二人きりにはさせてくれないだろうさ」

「ゴアクン?……あぁ、そこの殿方のお名前ですのね……ん、ゴア?」


 大和屋部長は一瞬、圧の強い小宇宙の煌めく視線で俺を睨んだように感じたがすぐに興味なさ気に意流風先輩へとクスリとした微笑を向けた。

 こ、恐かったけど、今のなに? 思わず聞きたくなったが、二人のヒリつく戦場バトルリングへと乱入する勇気はさすがに持てなかった。てか俺、意流風先輩の片腕になったつもりは無いよ?


「で、今日はどんなご用事で私に連絡をよこしたのか聞こうじゃないか。従者を侍らせずたったひとりで来た理由も添えてね」

「うふふふ、従者を引き連れているつもりはありませんけど、そうですわね、本題に入らせて――」


 大和屋部長が口を開こうとしたその時だった。


「――はいはいすみませ〜ん、遅れてしまいましたぁ」


 ガラリと呑気に扉を開けてホワワァンとした存在が元気に現れたのは。


「す、スズネちゃん?」

「はぁ~い、スズネが遅れて参上いたしましたよぅ」


 そこに現れたホワワァンな存在。知念鈴音ちゃんが片手をブンブンと子犬の尻尾のように振りながら、こちらへと歩いてくるのが見えた。


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