ランチタイムガールズコミュニケーションPart1
「け、今朝の
春行の惚けた声が横からなにやら聞こえてくるが、俺は突然の思いがけない教室への来訪者スズネちゃんの姿に頭がパニックです。目と目があって俺の姿を発見したスズネちゃんが人懐っこい子犬が尻尾を振るように大きく手をブンブンとさせている。蜂蜜を掛けたようなトロッとした満面の笑顔。ただでさえ可愛らしい容姿が目を引く彼女の姿はめちゃくちゃに目立ち、クラスのほぼ全ての視線が手を振られる俺へと集中する。
「か、可愛いがすぎる」
「ぇ、でもタイの色一年生だけど、わざわざ二年教室まで来たって事は新しい宇市ちゃんガールズ?」
「いや、ろうえいて言ってるから後安くんの―――じゃないん?」
「ウッソ、それって後安くんの新しいカノジョてわけ? もう一年生にまで手を出しちゃって――――てことっ」
「ガチぃ、ちょい何人目―――なんよ?」
なにやら、聞き捨てならないヒソヒソが聞こえてくる。これこれそこの女子達や、俺はまだカノジョなんてできた事の無いマンだから、何人目もなにもないんですよ勘違いしないでよねっ。
しかし、いまクラスの注目のマトになっている事実は変わらない。美咲花の方を横目で見ると席から中腰立ちになってお弁当を持ったままパクパクと口を動かし明らかにめっちゃ驚いているご様子。そりゃそうなるのはしょうがない、俺だってめっちゃ驚いている。しかし、好奇な視線がイタイイタイッ。これ以上目立つのはマズい予感がするぞっ、よっしここは。
嬉しそうな顔をしているスズネちゃんへと俺は早足で近づく。
「わあぁ、ろうえい先輩も――」
「――ちょいとこっちにおいでませっ」
大きく振ってたお手々をがっちりキャッチして、俺はダッシュで教室から逃げるんだようと明日に向かう勢いでダッシュした。
スズネちゃんの「わわぁっ」という気の抜けそうな声と同時に教室からもやかましいどよめきが響いてきた。
正直、アタイもう教室には戻りたくない気分だわ。
*
「スズネちゃん、いったいなぜうちの教室にいらっしゃったので? そもそも俺の教室がよくわかったね?」
ここまでくれば大丈夫だろうと二年廊下の端っこまで引っ張ってきて、すぐさま質問をすると、スズネちゃんはキョトォンとしたお顔で眼をクリクリッと器用に動かすと口元を押さえてホワホワと笑った。うん、ぶち
「あの実はですねぇ、スズネはミサカちゃん先輩に会いにきたんですよぅ」
「え、美咲花に?」
「ですです、ろうえい先輩に見送られたあの後少しおしゃべりをしましてぇ、何組なんですかって聞いたらB組だと仰ってましたからぁ、わあ同じくB組ご一緒ですぅと嬉しくなっちゃったのでお昼ごはんもご一緒にどうですかって、サプライズ訪問を結構しちゃいましたぁ。ろうえい先輩も同じクラスだったのは嬉しい誤算でしたけどねぇ」
なるほど、だから美咲花もあんなに驚いていたわけだ。なんだぁ、俺に会いにきたというわけでは無かったんですねえ。なんか、美咲花に負けた気がする。なんでしょうか、この敗北感は。
「というわけでぇ、ミサカちゃん先輩をお昼にお誘いしたいのですけどぉ」
「うん、それは美咲花もなんだかんだとっても喜ぶと思うけど、スズネちゃんお弁当は?」
うーん、スズネちゃんはホケェとした「?」顔で何も持ってない両手をフリフリとさせて首を傾げてますね。
「今日のスズネはお弁当の日ではないので食堂にお誘いしようと思ったのですがぁ」
「あ〜、美咲花って学校では毎日お弁当派だからね。食堂は一度も使ったことないよ?」
「がはぁ〜ん、そうだったのですかぁ、ガックシですぅ」
スズネちゃんはフリフリした手を文字通りのガックシとした様子で肩を落として項垂れた。うーん、いちいち可愛い反応をしてくれるんで見てて楽しいです。
「まあまあ、そんなにガックリ項垂れなくても、購買でパンでも買ってくれば一緒にお昼ごはんを食べられるんじゃないかな?」
「あ〜、なるほどぉ、ろうえい先輩あたまイイですねぇ」
スズネちゃんは感心するようにパチパチと拍手をする。よせよせ、そんな拍手されるような事なんも言ってないんだからね。
「でわでわ、スズネはパンを買いにぃ」
「あぁ、その前に美咲花と食事をするならひとり紹介しとかにゃいけないやつがいるな」
「はい、ご紹介しないといけない人ですかぁ~」
そう、美咲花は学校でひとりでモクモクとお弁当を食べているわけではない。一緒にごはんを食べる友人がいるのだ。俺にとっても友だちであるとっても楽しいあいつがね。
「うん、おもしろいやつがひとりいるんだよ。まぁ、ほとんどコメディアンみたいな――」
「――おぉい、それはこのオレのことかぁッ」
唐突に背後から響くハスキーボイスと共に膝カックンに襲われた。あぶねぇと、つんのめりそうになる身体をおのれの日頃ちょっぴりだけ鍛えた体幹力で無理やりに耐えてから、後ろを振り返る。
「うっはははっ、よくこのボウシさんの
そこには豪快な笑いで、腰元で上着をキュッと締めるこだわりのファッションスタイルを極めた女芸人。下城ぼうしが口端を片方あげて親指を初代平成仮面のヒーローよろしくサムズアップしていた。
「おのれ不意打ちとは卑怯なり下城」
「おいおい、スキを見せてイタズラをやりたくなる芸人の
疼いた芸人根性には抗えなかったのだと下城は悪びれなくふんぞり返る。まったくう、相手が俺じゃなかったら大変な事になってるかもしれないんだからね。
「ところでおめぇゴアちゃんよう、後ろの激マブカワイコちゃんはどこの誰だよう。まさか浮気なんかあ?」
「おいコラ浮気てなんだよ、俺には浮気を心配されるカノジョなんていないの知ってるだろう。下城、この子は一年の知念鈴音ちゃんだ。昨日ひょんな事から友だちになって、今朝からは美咲花ともひょんな事から友だちだ」
俺と下城の突然のコントにホケケェンとして、まん丸な飴玉お目々で下城を見つめているスズネちゃんをザックリ紹介する。
「なんかひょんな事からを便利に使いすぎてる気もすんが、ミサちゃん&ゴアちゃんと友だちになったという事はこのアタシともお友だちになれる素質ありって事じゃあん。よろしくなあカワイコちゃん」
下城は初対面の壁なんざ取っ払ったフレンドリーさで片手をあげるが、スズネちゃんは下城をマジマジと上から下までジロンジロンと眺め続けている。うーん、流石のスズネちゃんでも下城の陽キャ寄りな性格はフレンドリーが過ぎたか? と思ってるとスズネちゃんがホワワァァンと口元を緩めだした。
「うわあぁ、キレイな人ですねぇ。スズネ、モデルさんかと思っちゃいましたぁ」
「は、はい?」
急にモデルさんと言われてさすがの下城も目がパチクリさせて動揺したお顔だ。うん、俺もたぶん同じような表情をしている気がする。しかし下城をモデルさんみたいだなんて恐らく友だちになってから一度も思ったことは無い。下城もそんな事を言われた事は無いのか数秒間お目目パチクリさせていたがすぐにいつもの「うっはははっ」な豪快笑いでスズネちゃんにツッコミを返した。
「おい、よせよ〜、そんなお世辞言ってもこの口からは小粋なジョークぐらいしか出せねぇぞう」
「いえいえお世辞じゃないですよぅ。手脚がスラァ〜と長くてぇ、締まるところクイッと締まっててぇ、健康的でスレンダーなモデル美人さんだなって思いますぅ」
「おいよせやめろようっ、そんな純粋な眼で見られたこと無いから面と向かって
スズネちゃんのお褒めの言葉に羞恥に悶えて後ずさる下城。うーん、こんな下城を見たのは初めてかも知れない。
「えぇ〜、本当にモデル美人さんですってぇ、え、ろうえい先輩も美人さんだって思ったこと無いんですかぁ?」
「いやあ、モデルと思ったことは一ミリも無いけど、まぁ、キレイな顔だよなくらいは正直――」
「――おぉおいっこらッ、ゴアちゃんがんなこと言うのヤメロヤメロッ、その口からハズいこといったら絶交すっかんなあ、それでもいいんかっ」
なにをそんなにワチャワチャと必死になっちょるのかはわからんけども、下城と絶交するのは正直イヤなのでお世辞なお口はチャック発動します。
「はいはいスズネちゃんも、嫌がっちゃうからこれ以上は言っちゃだめよ。このお姉さんはね、どちらかというと面白いとか芸人さんて呼ばれる方が喜ぶからね」
「面白いって呼ばれて喜ぶんですかぁ。スズネにはよくわからないこだわりポイントですけどぉ、ピピッとキタ可愛いセンサーでは測れない魅力がこのお姉さんにはあるという事ですねぇわかりましたぁ。それでは改めまして、スズネは鈴音。知念鈴音といいますよぅ。鈴の音と書いて鈴音です。それから、スズネの事はスズネと呼んでいただけると嬉しいですぅ」
「なんというマイペース。鈴の音が聞こえてきそうな鈴音コールの嵐。なんかなぁ、この子がどんな女の子か今のですっげぇわかった気ぃするわぁ」
自由奔放にホワホワマイペースなスズネちゃんに一瞬タジタジとなりながらも下城は両手を前に組んで何度も頷き、負けじと自身の自己紹介をする。
「はじめましてアタシの名前は下城ぼうし。気軽にぼうしさんでもぼうしちゃんでも好きなように呼んでくれよな、ちなみにミサちゃんゴアちゃんとは一年の頃からのダチ公なんだぜッ」
「はい、わかりましたぁ、それではボウシちゃん先輩と呼ばせてもらいますぅ。とっても可愛いお名前ですねぇ」
「あっはははっ、あたしも自分の名前は気に入ってっからそこは褒められて悪い気はしないしない。ほんじゃ、こっちも可愛く鈴音さんの事はスズちゃんとでも呼ぼうかなぁ。そこんとこ、どうだあい?」
「わあっ、スズちゃんッ。とっても可愛いですぅ、その呼び方でよろしくお願いしまぁす。ボウシちゃん先輩」
「よしよし、できれば先輩はない方がいいんだけど、ここは贅沢は言うめい」
うーん、あっという間に仲良くなってしまった。この二人、馬が合うのか?
「あ〜……なんかしろぼうともすっかり仲良くなってるし」
気づけば、俺の隣にはお弁当を持った美咲花がいた。なんだ、心配で見に来てくれたのかな?
「スズネさんのことがね、あんたの心配は一メモリもしてないんだから」
心を読まれてるのかジロォッとした
「あ、美咲花ちゃん先輩」
「おう、ミサちゃん。んだよすっげえおもしれ〜娘つかまえてんじゃあん」
「別に、わたしがつかまえたわけじゃないっての。なんでこうなってるのかわたしにもわからないんだから」
うんうん、意気投合した女子三人が楽しくおしゃべりしてるのはいいもんですなあ。こいつは眼福眼福てなもんです。それじゃ、お邪魔な
「えぇ、どこ行っちゃうんですかろうえい先輩」
おや、スズネちゃんにガッチリと手を掴まれてしまった。こいつはちょいと逃げられない。
「ろうえい先輩も一緒にお昼食べましょうよぅ」
「いやぁ、でも俺、弁当は教室に」
「いやあんた、ずっとその手に持ってるのなによ?」
「手とは……あら、お弁当しっかり持ってる」
どうやら、慌てて弁当持ったまま教室から出てきたらしい。やだ、相当なあわてんぼう。
「はい、これでろうえい先輩も一緒にお弁当いけますよねぇ」
「うーん、でもいいのか美――柳楽さん」
「別に、わたしに許可なんていらないっての。スズネさんがあんたを誘ってるんだから、好きにすればいいじゃない」
「んじゃあ、よろしくお願いしますね」
「わあい、楽しくなりそうですねぇ」
「でも、みんなでお昼するにしてもさあ、どこにするよう、意外と時間食っちゃったから、いいところ取られてんじゃない?」
うむ、いつの間にかデカベンを片手にブラブラさせてる下城が言うことも最もだ。うちのクラスという好奇の目にさらされる場所は論外として、都合よく静かにお弁当が食べられるような場所は……おっ。
「ひとついい場所を知っている」
まぁ、お昼に開いている確証はないけど、あの人なら恐らくお昼はあそこで食べているはず。許可は貰わないといけないけど、たぶんあのお方なら大丈夫じゃないかな。
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